わたしは幼い頃、シンデレラと人魚姫の絵本が大好きでした。


どちらも魔法をかけられて、そうして今までの世界とは違う異なる世界に踏み出すお話だから、幼いわたしはその魔法がうらやましくて、そしてその魔法に憧れたんです。新しい世界へ踏み出す勇気をくれる魔法。そんな魔法が、わたしはずっとほしかったから。


だけどシンデレラと人魚姫で違うのは、王子さまがお姫さまに気付いてくれるかくれないかってことだと思います。シンデレラの王子さまは硝子の靴を手がかりに、町娘でさらに隠された存在だったシンデレラにたどり着いて、ふたりは結ばれてハッピーエンドを迎えるけれど、人魚姫は最初から王子さまに恋をしていたのに、自分の住んでいた世界だけじゃくて声までも失って王子さまの世界に飛び込むのに、想いを伝えることもできず王子さまに気付いてもらえないまま、泡になって溶けて消える、悲しいお話。


あの頃、わたしはシンデレラの物語も人魚姫の物語も本質的には似ていると思っていました。今までの自分だったら決して知ることのできなかったきらきらした世界、ひかり溢れる世界。シンデレラはお家で隠された存在だったから、お城の舞踏会なんてほんとうに別世界みたいにきらきらして見えたと思うんです。そして人魚姫は、海から陸へ、泳ぐのではなく歩くという形で新たに踏み出した世界、そこはほの暗い深海にはなかったひかり溢れる明るい世界で、そんな違いにとても驚いたんじゃないかと思うんです。新しいひかり輝く世界を、ふたりは知ることができたんです。それが、ほんとうにうらやましくて。


だからシンデレラも人魚姫も、憧れの思いからほんとうに大好きだったんです。







なんて、きれいなんだろう。なんてカラフルで鮮やかな世界なんだろう。どうして、こんなにも輝いていてきらきらしているのだろう!


「ふああああ!!!青峰くん!今のプレー、とってもすごかったです!かっこよかったです!!」
「あァ?」
「今のもう一度見せてください!!とってもすごかったんですっ!!!」
「ハァ?……めんどくせーな」
「お願いします青峰くんっ!!!」


青峰くんは顔を歪めてとても嫌そうにしていましたがそれでも結局はさっきよりももっと素敵なプレーを見せてくださって、「ふおおおお!ほんとうに素敵です青峰くん!!」とつい叫んでしまったわたしを見た青峰くんは、眉間をさらにしわくちゃにして、「たまに練習に来てみればこれかよ」とおっしゃったので、「明日もぜひ練習に来てわたしに見せてくださいね!青峰くんっ!!!」とわたしが返すと、青峰くんは煩わしそうにしながらも少しだけ表情を和らげて、「お前、うっせーとこはまじ黄瀬にそっくりだな」とおっしゃいました。


「最近青峰くん、部活サボりがちなので、苗字さんもっと言ってやってください」
「はい!!!あの、青峰くん!明日も素敵な姿、見せてくださいね!わたし、いつまでもお待ちしておりますから!!!」
「忠犬かオイ!苗字もあっさりテツに乗せられてんじゃねーよ!!」


忠犬だなんて失礼です。そんなつもりで言ったのではありませんよー。とわたしがつい不満に思ったのが顔に出てしまったのか、黒子くんが何故かため息をつきながら、わたしの頭を犬にするみたいにわしゃわしゃしました。手つきが!完全に!女の子に対してするものではありません……!これは黒子くん、本当にわたしを犬扱いしていらっしゃいますね……!


「ふおっ、黒子くん!や、やめてくだ……ひ、ひいっ!!!」
「なに俺以外のやつに媚びを売っているんだ、苗字?」
「いたたた!…あ、赤司くん……!!」


わたしを撫で回していた黒子くんの手から遠ざけるかのように、例のごとく赤司くんはわたしのポニーテールにして束ねている部分を後ろから引っ張りました。それにしても、赤司くんってどうしていつも後ろから現れるんですか?!そしてどうしていつもわたしの髪の毛を後ろから引っ張るんですか?!あと、容赦なく引っ張るので本当に痛くてたまらないんですが……!


「あかあか赤司くんんんん……!」
「何度言えばいいんだ、このバカ。いちいち吃るな」


わたしの髪の毛を後ろから素敵な笑顔で引っ張る赤司くんは、ぐいっとさらにわたしの髪を引っ張って、わたしの顔を赤司くんのほうへむりやり向かせて、そうしてわたしの顔を覗き込んで、わたしの痛がる表情に赤司くんは満足げににやりと笑いました!こわいですとても!!そんなわたしたちを見た黒子くんと青峰くんは、ため息をつきながら遠くに行ってしまいました!いやいや!置いていかないでくださいよ、お願いですから助けてください!


「いたいですー!ほんとうにいたいんですー!!」
「痛くしてるんだから、当たり前だろう?」


なにその素敵な殺人スマイル……!?ああ、赤司くんは本当に恐ろしい方ですね…。赤司くんに関わるようになって一週間あまりですが、未だにこのラスボスのような末恐ろしいオーラに慣れることができません!


「…やはり、ポニーテールを薦めておいて正解だったな」
「えっ?!」
「お前がオイタをしたら、こうやって制御できるだろう?」
「手綱かなんかですかこれ!」


まさかそういう思惑があったなど……!驚愕です、初めて知りました。前髪を切ったあと、「髪型はポニーテールにして一つにまとめろ、そうすればかなりすっきりするだろう」とおっしゃったので、なるほどと思い、特に拒否する理由もなかったのでその通りにしていますので、最近のわたしはポニーテールが定着しつつあります。くくくっと喉を震わせて赤司くんは笑いますが、なんて邪悪でサディスティックな表情でしょうか……?わたしは戦慄というものを初めて覚えました。赤司くん以上に恐ろしいひとなんて、きっとこの先出会うことはないでしょうね!


「冗談だ、かわいいよ」
「かわいいって言えば収まると思ってませんか赤司くん!」
「なんだ、バレたか」
「ひどいです、赤司くん……!」
「だが、その通りだろう?」


赤司くんはそう言って無様にも赤くなってしまっているわたしの頬を撫でました。髪の毛を引っ張るような粗暴さはまったくなくて、わたしの頬を滑る指先はあまりにもやさしくて、わたしはもっと赤面してしまう始末です。ああ、赤司くんはこんなにも簡単にわたしの心を拐い、奪っていく。


「……ふ」
「…赤司くんはひどいです……」
「お前は本当にバカだな」
「……どうせ、バカです」


赤司くんが本当にいとおしげに頭を撫でるから、わたしはつい錯覚してしまいそうになる。ああ、赤司くん。わたしは、わたしは、ほんとうに。


「ああ。かわいくて仕方ないよ、苗字」


まほうよ、どうかいつまでも、とけないでいで。




お願いお願いお願いよ




ねぇ、赤司くん。
あなたは、最高のうそつきでしたね。でも、そのうそこそがわたしをしあわせにしてくれていた。だから、わたしはあなたを少しも恨んではいません。ただ、とても悲しくてさみしいのはほんとうですけれど。だから、いつか、いつか、わたしのこと、思い出してあの時のように微笑んでくださいね。ほんの少しでもいいから、どうか。


「どうか、おしあわせに」


憧れは届かないからこそ、うつくしんでしょうね。




130122