赤司征十郎くんはお隣のお屋敷に住む一人っ子の男の子だ。

「あれ、征十郎くん?」
「!」
「どうしたの、こんなとこで」
「あ、お、おかえりなさいなまえさん!!」
「ん?ああ、ただいま。もしかして、出迎えてくれたのかな?」
「ん!」

にこーっ!と笑う征十郎くんは大変おぼこい。あ、いや征十郎くんは勿論れっきとした男の子なのだが、女の子ように愛らしいのだ。ごくごく幼い頃から女の子のように端正で繊細で可憐な容姿をしていた。実際、私もしばらく女の子じゃないのかと本気で疑っていたくらいだ。鮮やかで艶やかな赤い髪に、意志の強そうなお揃いの赤い瞳、新雪のような白い肌、薔薇色の頬。うん、何が言いたいかっていうと征十郎くんは超っっっかわいいということだ。将来が実に楽しみである。

「小学校はどうだった?楽しかった?」
「んー、あんまり」
「えっ、お友だちができなかったの?」
「そうじゃないけど……」
「じゃあ、どうして?」
「ん……なまえさんがいないから」

ぎゅうっと私の手を握りながら見上げ来る征十郎くんがかわいすぎて、なんだかいけない趣味に走りそうだった。いやいや、落ち着け私。冷静になれ。女子高生が小学校に入学したばかりの美少年に、だなんてそれ何て犯罪。罪状はよく分からないが倫理の壁が分厚く私を戒めることは歴然である。ああ、ちくしょー。抱き締めて頬擦りしたい。

「あー、でも私これでも高校生だからねー」
「……ぼく、はやくおとなになりたい」
「え?いやー、高校生はまだ子ども……っていうか大人ってそんないいもんじゃないよ、征十郎くん」
「でも、ぼくははやくおとなになりたいよ。だって」

あー、受験も就職もめんどくさい。頑張りたくない、就職したくないー。ずっとモラトリアムでいたいー。私ってばまじでニート予備軍だよなー。とかぐだぐだ考えてたら家着いちゃったわ。

「だって、そうしたらなまえを僕だけのものにできるだろう?」

そんな私の隣で、征十郎くんがいつものかわいらしさを全く含有しない怜悧な口調で恐ろしい発言をしていたことに気付かなかった。




そもそも私と征十郎くんは一回り近く違う。さすがに11歳も違うと姉どころか母のような眼差しを向けてしまうことがしばしばある。

征十郎くんのお父さんはとても忙しい人らしいし、征十郎くんのお母さんは産後の肥立ちが芳しくなかったようで征十郎くんを産んですぐ亡くなってしまった。とても美しい人だったのを覚えている。お隣の奥さんとは挨拶程度ではあったが、今時の近所付き合いの一般レベルよりはかなり親しくしてもらっていたように思う。というかお隣のお屋敷にお嫁に来た美しくてやさしげなお姉さんに、小学生だった当時の私が付きまとったという方が正しい。

それなりに仲良くしてくれていたお姉さんが赤ちゃんを授かったと聞いた時、私はまるで自分のことのようにおおはしゃぎしたのを昨日のことのように覚えている。一人っ子だったこともあり、まるで自分に弟か妹ができるかのような気分だった。そして生まれてきたのが征十郎くんだ。産後の肥立ちが芳しくなかったためお姉さんの入院期間は長く、なかなか帰ってこなくて不安に思い始めた頃、退院し帰って来たお姉さんが抱いていた小さな玉のような赤ん坊に私は心奪われた。なんてかわいい生き物なんだろう!と毎日飽きもせずお隣にお邪魔していた。そして征十郎くんが一歳になる前にお姉さんが亡くなってしまったあともそれは続いた。

「なまえさん!お勉強教えて!」
「いらっしゃい、征十郎くん。うん、いいよ。じゃ、私の部屋行こっか」
「ほんとう?ありがとう。お邪魔します!」

にこにこと微笑む征十郎くんがかわいすぎて、私の頬は限界まで緩んだ。かわいい!まったくもって世界一かわいい!

「でも征十郎くん?今日はヴァイオリンのお稽古の日じゃなかったの?」
「ああ、先生が急に来れなくなったらしいんだ。だから、だいじょうぶ!」
「へー、そうなんだ。そうだ、今日泊まる?今日の晩御飯はグラタンらしいよ」
「ほんとうっ?泊まりたいです、おねがいします!」

すっかりご機嫌になった征十郎くんは廊下をスキップしそうな勢いで軽快に歩いた。私と繋いでいる手をゆらゆら揺らしている。あ〜、やばい。かわいすぎるよ征十郎くん!

「あ、お家に連絡したほうがいいよね?いつもみたいに征十郎くんがする?」
「ん、ぼくが自分でするからだいじょうぶ」
「はーい」

二階にある私の部屋に入り、いつもの定位置に征十郎くんを座らせて、征十郎くんがもっと小さい頃から好きだった兎のぬいぐるみを手渡す。これ、実は私が抱き枕にしてるぬいぐるみなのだが、何故か征十郎くんはこれがお気に入りなんだよなー。男の子とはいえまだまだお子様だなあなんてかわいく思う。うん、ずっとかわいいままでいてよ!

「じゃあちょっと飲み物入れてくるね。ココアでいい?」
「うん、ありがとう」

にっこり笑う征十郎くんがかわいい。かわいい、かわいすぎる。は〜、今日は久しぶりのお泊まりか〜。征十郎くんのかわいさに悶えすぎて脳内沸騰しなけりゃいいが。




パタン、と静かにドアが閉まる。それから姿勢を崩し、持って来ていた携帯を出し、目当ての番号に電話を掛ける。

「もしもし、柳井か?僕だ」

征十郎様、と返事をした柳井が何か言う前に先手を打つ。とやかく言われるのは面倒だ。それにさっさと切らないとなまえが戻ってきてしまうしな。

「今日は帰らない。明日の朝帰る。それだけだ」
『また苗字様のお宅でございますか。お言葉ですが本日は旦那様がお帰りに、』
「うるさいな。父さんはどうせ今日は帰れないよ。東城との取り引きがうまくいってないらしいからな」
『……ですが征十郎様、本日はヴァイオリンのお稽古のはずでは。花本先生に仮病の連絡を入れたのは征十郎様でございましょう?そのようなことは……』
「赤司家の後継者にあるまじき愚挙だと?しつこいぞ、柳井。何度大きなお世話だと言わせる気だ。普段はその後継者とやらをちゃんと演じてやってるんだから偶にはいいだろう。そうでなければ割に合わない。もう切るぞ、僕は忙しい」

征十郎様!とくだらない文句がまだ続きそうだったので、聞かなかったふりをして通話を切った。有能な執事も時には煩わしい。花本先生には悪いことをしたような気もするが、まあいいだろう。なまえにしばらく会わないと本当に病気になってしまいそうだからな。兎のぬいぐるみを抱き締めれば、ほんのりなまえのにおいがした。僕を落ち着かせるやさしい香り。

「おまたせ〜、征十郎くん。熱いから気を付けてね〜」
「……ありがとう、なまえさん!」

なまえのことが生まれた頃からずっと好きだった。母はもうなくとも、父は不在がちだろうとも、僕は寂しい思いをしたことはない。なまえがずっと傍にいてくれたから。大好きななまえ。誰よりも、唯一の肉親の父よりも、世界で一番、僕の大切なひと。

「あのね、なまえさん……」
「ん?どうしたの、征十郎くん」
「お勉強始める前に聞きたいことがあるんだけど……」
「え、なあに?征十郎くん」

だから、僕はずっと考えていた。このひとをどうやったら僕の元に繋ぎ止めておけるのだろうと。もう少し年齢が近ければもっとやりようがあったかもしれないのだ。小学生がまさか高校生の眼中に入れるはずもない当然の事実が悔しい。

「この前、男の人といっしょに帰ってたよね?」
「えっ、んー……ああ!新田くんかな?」
「そのひと……なまえさんの、なあに?」

頭脳が発達すればするほど歯痒さは増す。自我だけは一人前に強いのに、年齢は相変わらず幼く、身体の成長も遅い。彼女にはどうあっても釣り合わない。早く、早く、大人になりたい、ならなければ。でもその前に誰かに奪われてはまるで意味がない。

「へ?いや……ただのクラスメイトだよ。ちょっとその日は遅くなったから送ってくれたの」
「ふぅん……なにそれむかつく、ズガタカ」
「え?」
「……なんでもないよ」
「それでそれがどうかしたの、征十郎くん」
「……ううん!なんでもないの!ごめんなさい、変なことを聞いて」

なまえが不思議そうに首を傾げる。さらりと揺れる髪も、そのかわいらしい表情も、何もかも僕のだ。だから、早く大人にならなくちゃ。それまで、誰も盗らないで。僕の、世界で一番だいすきなひと。

「ぼくね、おとなになったら、なまえさんと結婚したいんだ!だからね、それまで待っててくれる?」
「え!本当?」

あれ、意外と好感触?

「やくそくしてくれる?なまえさん」
「……えへへ、結構うれしい」

どうやら幼い子どもの戯言だと思っているらしい。残念、本気も本気だよ。忘れたりなんかしない、約束を違える気なんてさらさらない。

「征十郎くんが勉強を頑張って、いつか強くてかっこよくてやさしい男の人になったら、お嫁さんになってあげるね?」
「……ん!わかった!」

言質は取った。あとはどう外堀を埋めていくか。ああ、早く大人になりたい。

「ふふ、楽しみだなあ」
「……僕もだよ、なまえさん」

手始めにまずは誰よりも強い人間になろうか。誰にも負けない、誰よりも強い人間に。ねえ、そうしたら僕のこともっとちゃんと見てくれるよね?


(なんちゃって)しょたおね!

131028
ショタ赤司

そんなこんなで無敗伝説。ショタらしくすべきか、赤司らしくすべきか。それが問題でした。