「俺がお前を変えてあげる」


赤司くんが魔法をかけてくれた日から、わたしの世界は驚くほど素晴らしい輝きを増したのです。


「なまえちゃん?」


ふと、前の単調な生活と今の目まぐるしい生活とを比べて、その違いに改めて感慨深くなっていたとき、横にいたさつきちゃんが少しだけ心配そうな表情で、わたしの顔をのぞき込んでいました。彼女のきれいな顔があまりにも近距離にあったのでとても驚いてしまったわたしですが、なんとか奇声を発するのは堪えました。よく頑張りましたわたし。


「…あ、さつきちゃん」
「なんかぼぅとしてたけど大丈夫?」
「えっ、あ、はい!大丈夫ですよっ!ちょっと、考え事を…」


そっか!なら良かったー!とさつきちゃんが素敵な笑顔で仰るので、なんだかちょっと赤面してしまいます。わたしと彼女は同性ですが女のわたしから見ても、さつきちゃんは本当にきれいで、だけどかわいらしくもあって、明るくてやさしくて頭もよくて、バスケのことも本当に大好きなんだなって分かるくらい知識も豊富で、選手に負けないくらいいつも熱心で。


「どう?マネージャーは慣れた?なまえちゃん」


素敵なさつきちゃん、わたしのあこがれです。


「はい!皆さん、本当に良くして下さって…、わたし、まだまだですけど、一生懸命頑張りたいです」


さつきちゃんが満面の笑顔で、一緒に頑張ろうねー!と抱きついてくれて、わたしはますます赤面してしまう始末です。…ふああ、さ、さつきちゃん……!立派なお胸が当たっております!ていうかお胸だなんて、まったくわたしは変態ですか!と、一人脳内で混乱していると、何やらよく見知った彼と目があって思わず見開いてしまいました。…あれ?


「えっ、あれ?なまえだ!なんでここにいんの?」
「えっ、あれっ?り、涼太、くん…?なんで?え…?」
「それはこっちのセリフー!」


どういうこと?と聞かれても、なんと説明すればよいのやら…?


「せ、先週から、わたしバスケ部のマネージャーに、新しく…な、なったんだよ」
「まじで!俺、バスケ部だよ!」
「…あ、そう、だったんだ……」
「じゃあ、これからはなまえと一緒にいられるんだ!よっしゃー!!!」


なまえー!!と何故だか頭をわしゃわしゃされて、せっかく束ねた髪も少し崩れてしまったかもしれません…!相変わらず涼太くんはむちゃくちゃです。でも、わたしの知っている涼太くんと少しも変わっていなくて、安心しました。


「あれ?きーちゃんが、〜ッスって喋らないの珍しいね」
「あー、それは」
「それになまえちゃんもきーちゃんには敬語じゃないんだね!ずるいよきーちゃん!!」
「うおお、揺らさないで桃っちー!!」
「さつきちゃん、涼太くんが死にそうだから離して……ほわああっ」


さつきちゃんに揺さぶられている涼太くんがあまりにも顔を真っ青にしているので止めようと手を伸ばした瞬間、ポニーテールにして束ねていたわたしの髪の毛が後ろから強い力でぐいっと引っ張られて、わたしはバランスを崩してしまいましたが、どうやら髪を引っ張った張本人さんがわたしを支えてくださったので転ばずにはすみました。それにしてもまた奇声を上げてしまいました。また、しばかれるんでしょうかわたし…。


「確かに気になるところだな」
「い、痛いです……!赤司くんっ」
「気のせいだろう」
「そんなまさか!赤司くんがわたしの髪を引っ張っているからです…!」
「引っ張りたくなるんだから仕方ないだろ」


引っ張りたくなるんだから仕方ないでそう何度も髪の毛を引っ張られては、わたしもつらいですし、何より痛いんです!毛根が悲鳴を上げているんですよ!


「うわああ、赤司っち!」
「なんだ、黄瀬」
「説明するからそんな睨まないでほしいッス!」
「別に睨んでなどいないが?」


そう言ってにやりと笑った赤司くんの表情は何故だかとても恐ろしくて、戦慄が走ったのは言うまでもありません。目の前にいた涼太くんもどうやらおんなじみたいですけど。


「俺となまえ、実は従姉妹なんすよ。お互いの母親が姉妹ッス」
「…そ、うなんです。涼太くんには敬語じゃないのは、……む、昔からよく知っているひと、…なので」


とにかく涼太くんに同意を示したけれど、いつものようにまた吃ってしまって赤司くんに上からとても睨まれてしまいました!あれほど吃るのを直せって言われているのに、わたし動揺するとつい吃ってしまうんです…!特に赤司くんの前だと、何故かうまく話せないんです。むしろ赤司くんの前でこそ気を付けなくてはならないのに、一体どうしてうまくいかないんでしょう?


「さすがに従妹に、〜ッスとかは言わないすよ。なまえも敬語じゃないのもそのせいッスね」
「…そうなんです」
「ふぅん」


そういえば確かにちょっときーちゃんとなまえちゃん似てるよね!とさつきちゃんがわたしたちを交互に見ながらそう仰る一方で、赤司くんは眉間にしわを寄せて何やら思案されていましたが、どうやら結局は納得してくれたみたいです。


「それにしてもなまえがなんでいきなりマネジに?最近、俺のこと避けてたくせにー!」


そう言う涼太くんに抱きつかれそうになりましたが、わたしのポニーテールを掴んだまま赤司くんがまたわたしの髪を後ろに引っ張ったので、それは回避されたんですがそれにしても赤司くん痛いです。そういえば涼太くんを避け始めたのは小学生の高学年くらいからでしょうか。涼太くんがモテ始めたときやモデルになったときから、周りの女の子が怖かったのもありますが、でも決してそれだけじゃなくて。


「あ、赤司くんが、わたしをマネージャーに誘ってくれたんです!!」
「え、赤司っちが?」


きーちゃんは一週間風邪で休んでたから、そういえば知らないんだね。とさつきちゃんが相づちを打ちました。一週間前にこのバスケ部にマネージャーとして入部した日に、赤司くんがバスケ部の面々にわたしを紹介してくださったとき確かに涼太くんはその場にいなかったんですが、なるほど、涼太くんはその頃風邪でお休みしてたんですか。それでずっとお見かけしなかったんですね。それで今日全快し久しぶりに部活にいらっしゃったら、従妹のわたしがいて大変驚いたでしょう。何せ中学生になってからはほとんど接触していませんでしたし。


「俺が苗字を誘ったことに何か問題でもあるのか?黄瀬」
「え、いや、ないッスけど…!」


赤司くんは涼太くんを睨んでいますが何故なのでしょう?それにしても、いい加減わたしの髪を引っ張るのやめていただきたいのですが赤司くん。


「あ、赤司くん…!離して、ください!」
「断る」
「えっ、えええ」
「お前、あれほど吃るの禁止だと言っただろう」
「はい!すみません!」


そうできるだけシャキッとした返事をすると、赤司くんは少しだけ微笑んでくださいました。


「そう、いい子だ」


それからまるで飼い主さんが言うことをきちんと聞いたので飼い犬を誉めてやっているかのようなかんじで、赤司くんはわたしの頭をなでました。赤司くんに髪の毛を引っ張られるのは嫌いですが、こんなふうに頭をなでて誉めてくれるのは大好きなんです。うれしくてたまりません。


「赤司くん、もっとなでてください!」
「ダメ」
「えええ、お願いします!」
「また今度、お前がいい子にしてたらな」
「はいっ!!」


なまえってわんこ属性だったっけ…と涼太くんが呟いて、横にいたさつきちゃんがきーちゃんとそっくりじゃないと言っていることは、赤司くんに吃るのを直せ、もっとハキハキ話せと叱られているわたしの耳には届きませんでした。




にこにこぷんぷん




ねえ、赤司くん。
あなたはめったにわたしに笑いかけてはくれなかったけれど、だけど時々、あなたはわたしを誉めてくださいましたね。やさしくわたしの頭をなでてくださいましたね。わたし、そのあなたのやさしい手つきが大好きでした。きっともう、あなたがあんなふうにわたしをなでてくれることはないけれど、もうその感触すら思い出せないけれど、わたし、大好きだったんですよ。




130104




〜ッス喋りじゃない黄瀬が難しい。