私と宮地は友達以上恋人未満の関係だった。高校三年間、男女の境なくたくさんバカやった。とても楽しかった。でもそれももうあと数ヶ月で終わってしまうのだ。高校を卒業後、私は関西の大学に行くつもりであるから、東京の大学に進学をする宮地とはそうそう会って遊ぶことももうほとんどないだろう。

「宮地〜。ここ分かんないっす!!」
「ああ!?おま、さっきから何回同じようなとこで躓いてんだ!」
「だって分かんねーんだって!数学ヤバい……」
「お前の志望してるとこ、数学必須なんだろーが。おら、さっさとシャーペン持て」
「んー」
「いいか、ここはまず微分して……」

明日は大事な二学期末テスト。進学希望の受験生である私たちにはとても重要であるが、宮地が青春を捧げたバスケの高校最後の試合ウィンターカップも目前でもあり、今が宮地にとって何よりも意味のあるとても重要な期間であることはただの友達の私でも分かっていることだ。だけど、そんな大事な時間を私との勉強に割いてくれていることが、私はどうしようもなくうれしかった。

「ね〜。宮地、もうちょいでウィンターカップだね」
「いいからお前は次の問題解けよ。手動かせ、手」
「今回もちゃんと応援に行くからね。頑張ってよ!」
「……おう」

当たり前だバカと宮地がつっけんどんに返す。ああ、好きだなあ。閑散とした図書室にシャーペンがカリカリとノートを滑る音だけが響く。主に受験生が利用する専用の自習室もあるが、図書委員の特権で私が学校で自習する際はいつも図書室を利用させてもらっている。職権濫用だが司書の先生は了承済みだから、まあいいのだろう。暖房の効きが悪いのか、手が冷たくてセーターの袖口を引っ張る。手のひらを口元に持っていって息を吹き掛ける。テスト前なのでいつもうるさい野球部の発声もなく静かだった。寒い。ああ、冬だなあ。

「苗字、お前手を動かせって言ってんだろうが。ふざけんなよ、もう教えてやんねーぞ」
「んー。冬だなあって思って」
「ボケっとすんな、刺すぞ」
「ほほお。やってみ、ほらぁ……って痛ぇ!シャー芯って地味に痛い!!」
「痛くしてんだろうが。ほら、さっさと終わらせコラァ」
「やんっ!痛い痛いよお!ああんっ!!」
「変な声出してんじゃねぇよ!!いいからやれって!」
「もぉ、清志のいけずぅ」
「よし、歯ァ食いしばれ苗字」
「サーセンっしたぁ」

ものすごい眼光で睨みつつ、ぐちぐちと未だ文句を垂れている宮地を笑うと軽くビンタを頂いた。地味に痛い。私女なのに結構容赦ない。それだけ距離が近いのだと思えばうれしいけれど、でもそれと同じくらい女の子扱いされないことを寂しく思う。ま、だからこそ三年間女子の中で一番近くにいれたわけだけど。でももうあと少しで、それも終わってしまう。卒業して、離ればなれになってしまうのだ。楽しい時間が終わってしまう。

「あのさあ、宮地」
「今度はなんだ、刺され足りねーのかドMめ」
「いやん。そんなドSな宮地が好きよお」
「うるせー、さっさと問題解け」
「そんな宮地が、好きだったよ」

パキ。宮地のシャー芯が折れる。無言のままカチカチとノックして新しい芯を出す。宮地は無表情で、何も言わない。きれいなアルファベットが並ぶ宮地のノートに三年間で何回お世話になったかな。定期テストがある度に大嫌いな数学を教えてもらった。宮地が解説してくれる時いつも、ごつごつした男らしい、だけどとてもきれいな宮地の指を見つめてた。あの指にいつだって触れてみたかった。あの指に、触れられたかった。あなたを忘れる自信がない。

「もう知ってると思うけど、私は宮地がずっと好きだった」
「は?つーか、なんで過去形なんだよ、おい」
「高校三年間あんたに怒鳴られたり殴られたり、遊んだり一緒に笑い合ったり、あんたとたくさんバカやれて、」
「うるせーよ、……黙れ、苗字」

せっかく勉強を教えてくれているのにいつも茶化してごめん。真剣な表情の宮地を見てたらドキドキしちゃうんだ。全く恋する乙女なんて柄じゃないってのによ。静かな空間で好きなひとと二人っきりって、おどけずにはいられないくらい恥ずかしい。とかいいつつ、テストがある度に図書室を使えるよう司書の先生にお願いしてたのは私だけど。だから味をしめて、去年も今年もなにがなんでも図書委員になっていたのは宮地には秘密である。テスト期間で部活がなくても残って自主練していた宮地と一緒に帰りたくて、わざわざ一人残って勉強して待ち伏せしたりとかもした。そんなだから、多分ずっと前から宮地にはバレていただろう。それでも友達として仲良くし続けてくれたことが、うれしくて、ずっと悲しかった。

「三年間本当に、めちゃくちゃ楽しかったよ。私、幸せだった」
「うるせー。黙れって言ってんだろうが、アホ」
「頑張ってる宮地が好きだった。大学でもインカレでバスケ続けるんでしょ?遠いところからだけど、応援してるから」
「苗字」
「今までありがとう」

静寂が苦しい。宮地が困ってるのがありありと分かってしまって、泣けばいいのか笑えばいいのか分からない。ああ、私、やっぱり宮地と友達になれてよかったな。宮地がそっとシャーペンを置いて、やっとこっちを見た。隣同士で座ってるのに、こんなに近くにいるのになんだか遠く感じるなんて、変なの。

「……はあ〜。いきなり何言うかと思えばめんどくせぇな。轢くぞ」
「あはは。うん、三年分今日こそ轢く?」

呆れたようなため息。三年間、何度もされた。轢くぞって何回も凄まれたけど、当たり前だが実際轢かれたことは三年間一度もないけど。むしろ轢かれてたら大事だけどさ。

「……適当なこと言うなボケ、目潰しすんぞ」
「ふは。ごめん」

明日から気まずいかなあ。でもそれもあとちょっとのことだ。期末テストが終われば宮地は本格的に部活最優先になるだろうし、それが終わって年が明けで少ししたらすぐにセンター試験。それが終わればあとは自由登校になるから、卒業までほとんど会うこともないだろう。もう、今日しかなかった。今日言わないと、私はきっと後悔する。ちゃんと告白して、ちゃんと気持ちを整理して、ちゃんとこの気持ちを忘れないと。そうしなきゃ卒業なんてできないと思った。言葉少なだった宮地がついに口を開いた。

「……ハア、くそ。つーかふざけんなよ、お前」
「ふざけてなんかないんだけど。真面目も真面目、大真面目だが」
「大体、お前はいつもそうだ。いつもいつも好き勝手言いやがって。人がせっかく勉強教えてやってんのにぐだぐだうるせーし」
「す、すみません」
「頭は回らねーくせに口だけはくるくるくるくる回しやがって。お前は、いつもいつも!部活で忙しいの分かってたからこっちは三年間我慢してたのにお前はそうともしらず無意識に煽ってくるし」
「へ……?」

ん?あれ……?なんか途中からおかしな方向に行ってないか。あれ、三年間我慢ってなに。煽ってって、つまりそういう意味で、だよな多分。……いやいや、そんなこと私はした覚え全くないけど何の話だこれ。

「つーか!なにただの男友達に抱きついたりしてんだよ俺じゃなかったらお前まじで刺してたわシャーペンどころじゃねーぞボケ。涙目になるくらいじゃすまねぇからマジ泣きさせるくらいだかんな。いつもいつもふざけやがって。こっちは三年分色々溜まってんだよ、今日こそ許さねぇからな」

は!ちょ、なにっと口にしようとしたが、口にする直前に突然目の前が真っ暗になる。宮地が突然マシンガントークを始めるわ、言ってる内容は意味不明だわで私がすっかり呆然としている間に、どうやら宮地の手のひらで何故か目元を覆われ視界を奪われたらしい。意味が分からない!なに、なんだって?ボケって罵られたことはかろうじて理解できたが未だ脳は混乱したまま、真っ暗な視界に私は狼狽するばかりだった。そして、なんだか、あれ?もしかして宮地、すごく至近距離にいないか。あれぇ?

「え?えっ?なんなの!意味が分からないんだけど!」
「だから、黙れって言ってんだ、バカ」

目元は覆われたままで顔を上に上げられる。遠くに感じていた宮地との距離が。

「……いい加減キスさせろ」

ああ、きっと私も宮地も今、林檎のように真っ赤っかな顔をしているんだろうなあ。未だ目元は覆われたまま、うれしくて、それになんだか宮地がバカでかわいくて、私は笑った。

「ばーか」


春 夏 秋 冬


あなたを忘れる自信がない。だから、たとえこの先、将来のため遠距離になってもきっと大丈夫だろう。開かれた視界の中、顔を真っ赤にして拗ねたような顔をする目の前の宮地の表情を見て、私はそう思ったのである。


131110
BGM:「春夏秋」