小太郎は片想いをしているらしい。

「赤司くん!昨日の頼まれもの、これでよかったかな?」
「ああ、もうしてくれたのか。ありがとう、いつも助かっているよ」
「いえいえ〜」

我が男子バスケ部のマネージャーであり後輩でもある苗字なまえちゃん。彼女は同学年なためか征ちゃんとそれなりに親しい。征ちゃんも彼女には親しみやすいのか、あるいは信頼しているのか、マネージャーに何か頼む時はおおよそ一番に彼女に伝えている。キャプテンとマネージャーにしては二人はかなり親しげに見えるのだ。

「ぐぬぬ……!」
「そんなに悔しいならさっさと告白すればいいのに」
「わっ!玲央姉!背後から急に声かけないでよー!」
「あら、単にあんたがあの二人をガン見して視野が狭まってただけでしょう」
「う……だって、苗字と赤司が!」
「付き合い始めるのも秒読みかしらね」
「にゃ!」

そんなふうに焚き付けると再びぐぬぬ!と唸りながら小太郎は半泣きになっていた。ヘタレてる場合じゃないっていうのにこの子は。

「冷静に考えてみなさいよ?小太郎が征ちゃんに勝てる要素って、何があると思う?」
「うるさいよ玲央姉!どうせ赤司には努力したって生まれ変わったって勝てないもん!」
「なんで来世まで負け越す気なの!おバカ!!譲れないとかそういう気概は持てないの男らしくないっ!」
「男らしくないとか玲央姉にだけは言われたくねー!」

うるっさい!それは禁句だ!……いやいや、私のことは今はどうでもいい。

「小太郎、あんたが一つだけ征ちゃんに勝っている部分があるわよ」
「……へ?いやいや、ねーでしょ。だって赤司ってハイスペックすぎじゃん!……って、はっ!!わかった!身長!身長でしょ!!」

……んん。まあ、言われてみればそう、かしら?まあ、そうよね。ただ、喜ぶのはいいのだけど今あんたの背後で地獄耳の征ちゃんが目をぎょわ!って見開いてるわよ……そのワードは征ちゃんにとっての禁句よ……。

「……小太郎、後ろ見てみなさい」
「えー?……う」

征ちゃんが微笑みながら苗字ちゃんに何事かを言い、苗字ちゃんはさながら恋する乙女のように頬を染める。……征ちゃん、完全に禁句を言い放った小太郎に嫌がらせしているでしょ。

「もうやだぁ!なんであんな二人仲良さそうなのっ!」
「う、ん。今のは多分あんたの自業自得じゃないかしら……」
「苗字のバカバカ!何で頬なんか染めてんの!」

苗字は赤司が好きなんかなー……と珍しく哀愁たっぷりに呟く小太郎。そしてさらに追い討ちをかけるように征ちゃんが何やら彼女の髪に触れていた。それはまるで恋人同士のような……正直イチャイチャしているようにしか見えません。征ちゃんが小太郎に向けてニタァと笑いかける。やばい。やっぱり征ちゃんわざとやっているのね……可哀想な小太郎。そして小太郎がついに喚き出した。

「にゃあああぁああ!!なんでっだああ!!」
「うるさいわよ小太郎、苗字ちゃんに気付かれるわよ」

小太郎が手にしていたボールを勢いよくダンダンッ!!と床に叩きつけるように小太郎十八番のドリブルを始めた。相変わらずうるさい。小太郎怒りのドリブル。鬱憤が込もっているせいか普段の十倍はうるさい。征ちゃんとの会話が終わったのか、騒音レベルの音を立ててドリブルをする小太郎を不思議そうに見つめながら、何か用事が出来たのか苗字ちゃんは体育館から出ていった。

「やあ。ご立腹だね、小太郎」
「ふぁっかし!にゃ、んで!」
「小太郎、落ち着いてまずは深呼吸よ」

すーっ!はーっ!とやりすぎなくらい大げさな深呼吸を繰り返す小太郎を征ちゃんがにやにやしながら見ていた。ほんと征ちゃんってば小太郎を煽るの大好きよね。

「あか、赤司ぃいい!」
「うん?なんだい、小太郎」
「どどどどーゆーつもりにゃんだ!」
「小太郎、深呼吸」
「すー!はー!すぅうう!」

征ちゃんはにやにやしている。小太郎はすっかり混乱しているのかあるいは憤っているのか、いつも以上にうるさいくらい感情を発露している。ただ感情が暴走しすぎてまともに言葉を発せれていないのが問題だが。

「ふふ。どういうつもりもなにもただ単に苗字と親・し・く会話していただけだが?」
「ふにゃあ!!俺だって話したいのに赤司ばっかりずるい!」
「はあ?そこは自分で話し掛けに行きなよ。うかうかしていると……」
「な、に!?」
「他の誰かにかっ拐われたたりしてね?……ねぇ小太郎?」
「ぶ!みゃあああぁあぁあ!!」
「小太郎、深呼吸」

すぅうう!はぁああ!とドリブル同様スケールのでかい深呼吸を繰り返す小太郎。はあ、これは相当やきもち妬いてもやもやしちゃってるのねぇ。それにしても征ちゃんってば本当に小太郎を煽るの大好きよね。




「うん、赤司。とりあえず部活終わったら顔貸せや、うん」
「別に構わないが。奢れよ、小太郎」
「集るの!赤司お金持ちのくせに!」
「僕の貴重な時間を買うのだろう?ファミレスでいいぞ」
「……はぁい」

小太郎は財布の心配をしているようだがノーとは言わないあたり後には引けないのだろう。まあさしずめ彼女のことだろう。タブーを口にしたこともあり今日はいつもの数倍増しで煽ってやったから。面白いくらいに発狂しちゃって、まあ。おもしろすぎる。

「さて、それで?苗字のことなのだろう?」
「分かってんじゃん!赤司ってばこの前俺に協力してくれるって言ってたのになんで!」
「はあ?だから、協力してやってるじゃないか」
「うそつけぇええ!」

うるさい。呼び出した店員に注文を頼むと小太郎は本気で財布の心配をしているらしく顔を青くした。というか実際に確認していた。どうやら今日はあまり持ち合わせがないらしい。僕は一銭たりとも払わないからな。

「で?その文句が言いたかっただけか?」
「いや!ていうかどういうことか聞きたかったの!」
「……はあ。小太郎、お前めんどくさい」
「めんどくさい!?」
「だってそうだろう。僕にぐだぐだ言う前にさっさと苗字に告白すればいいだろう。しかも大したアプローチもせずに周りの男共にぐぬぬ!言っているだけじゃないか」
「赤司がぐぬぬ!……似合わないなあ」
「うるさい。というかお前のような男をヘタレと言うんだよ、自覚ある?」
「ぐぬぬ……!」

小太郎がしばらく唸っている間にドリンクバーにコーヒーを取りに行く。戻ってもまだ唸っていた。安価だからあまり美味しいとは言えないが悪くはない。あまり飲みすぎないようにしなければ今晩眠れなくなりそうだから気を付けよう。そうこうしているうちに頼んだオムライスがやって来る。ああ、お腹空いた。とろとろになっている卵が美味しそうだ。ふむ、ファミレスのメニューにしてはこのオムライスはなかなかうまい。ファミレスなんて昔中学の友人と一緒に初めて行ったくらいなので、実はあまり来たことがないのだがなかなか気に入っている。季節毎に変わるデザートもなかなか興味深いんだよな。

「で、結局お前は僕にどうしてほしいんだ」
「にゃ!……ええっとー」
「あまり彼女に近付くなと?無理だよなあ、僕はあくまでキャプテンとしてマネージャーの彼女に用があるだけだからね。そんな大義名分すら持ち得ない小太郎からすれば歯ぎしりものかもしれないが。自分で積極的に話し掛けるしかないね。というかさっさと告白すればいいのに」
「ぐぬぬ!」

分かってはいるのだろう。分かっては。ただ行動が伴わないだけで。……さて、ご馳走さまでした。次は食後のデザート〜。あ、目の前で小太郎が机に突っ伏した。うじうじうじうじ……はあ。いい加減鬱陶しい。恋する乙女……じゃなかった、恋する野郎?ってのはこんなにも面倒なのか。

「大体何故話し掛けないんだ。まずはアプローチしなきゃだろう」
「みっ!」
「ん?」
「だ、って……恥ずかしいじゃにゃい……!」

苗字が近くにいるってだけで何故かにゃーにゃー噛んじゃうんだもん!恥ずかしいじゃん!と顔を赤くして首を振る小太郎。……きもちわるい。というか話題に上るだけでこの有り様だからなぁ。これが恋する野郎?の破壊力か。ヘタレ以外にもなんか属性付きそう。めんどくさいな。

「ちょっと!携帯弄ってないで真面目に聞いてよ赤司ー!!」
「はいはい。ご馳走さまでした。僕はもう帰るね」
「食べたら食べただけ帰るんかーい!!……ってきっちりデザートまで!?」
「明日の朝練には遅れるなよ。じゃあね」
「赤司ぃいい……って、にゃあ!」

入り口のところできょろきょろしていた苗字を手招きすると顔を赤くしてこちらに寄ってきた。僕は手荷物を持ち、苗字に気付いたらしくにゃあ!と叫んだ小太郎の肩に一度手を置き一喝し、席を離れた。すれ違う瞬間、苗字にも同じく。

「あ、赤司くん……帰っちゃうの?」
「いやいや。立ち会うわけないだろう。……ちゃんと告白するんだよ」

がんばりゅ!と噛んだ苗字の肩にも同じように一喝。やれやれ。恋する乙女もなんてめんどくさい。店の外は思いの外寒く、思わず肩をいからせた。もうすぐ冬か。もの悲しい秋ももう瞬く間に終わっていってしまうのだろうな。

「お疲れさま、征ちゃん」
「やあ、玲央。お前もお疲れさま」
「うまく、いったのかしら?」
「まあ首尾は上々だよ。小太郎が言えなくとも苗字が言うだろう」

協力してくれるんじゃなかったのだなんて全く失礼だよね。僕は最初からめんどくさくても協力してやっていたのにな。

「ふふ。明日から小太郎がにゃーにゃーうるさそうね」
「明日からどころか明日からも、の間違いだろう?」
「あら、ごめんなさい」

むしろ明日からの方が照れた小太郎がにゃーにゃーと倍増のうるささを発揮しそうだな。なんてめんどくさい。リア充とやらはこんなにもはた迷惑なものなのか。うん、また一つ勉強になったな。別に役にも立たない知識だが。まあ、だがめんどくさくはあったがなかなか面白かったし、悪い気分ではない。真っ赤になっていた二人を思い出して笑う。さて。次は苗字にでも奢ってもらおうかな。今度は季節限定のスパゲッティを食べてみたいんだよね。勿論、デザート付きでよろしく!


彼と彼女はどうやら両想いらしい


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