※黄瀬が笑えるようになるまでのお話
証言者:『すぐになじめたのは、それはやっぱり』



1年の頃からすっかり習慣付いている二年連続同じクラスの青峰とのランチは、去年の冬あたりからクラスは違うが同じ部活である黒子も加わるようになっていた。そして、更に今年春から入部した黄瀬と先ほど偶然遭遇したので、ついでに一緒しないかと誘ってみたのだった。まあ、本人が了承の意を示す前に青峰が無理やり黄瀬の首根っこ捕まえて引きずってきたんですがね。とは言いつつ、黄瀬もぶつくさ文句を言いながらも、なんだかんだ不快そうではないので黒子とニヤニヤしながら顔を見合わせた。


「そういえば、三人は部活以外でも仲良いんすか?」


そうしてわずかに脱力と苦笑を交えながら訊ねられた言葉に、三人揃って目を点にする。……仲?


「ボクと上柿さんの仲は良好ですが」
「交際は順調ですみてーな言い方すんなよ!てか、え!?テツ、俺は無視!?」
『まあ、仲は良いんじゃね?わたしと青峰は1年の春から同じクラスで、そのままずっとつるんでるけど。黒子は最近仲良くなったよね』
「へ〜」


興味深そうに感嘆詞をこぼした黄瀬は、それからなにやら少し憂鬱そうに口を開くから、一体どうしたのかと思い、黄瀬の表情をひとつひとつ注視した。


「三人とは、まあ仲良くやれそうなんでほっとしたんすけど、その……」
「おう?」
「どうかしたんですか?」


曇らせた表情、苦々しげに下がる口角。そして極めつけは、けだるげな双眸。……んん?なんか、うん。悩みでもあるのかな。


『なんか心配事でもあんの?』
「……あー、いや」
「部活のことなんでしょう?とりあえずボクらに話してみませんか?」
「おらおら黄瀬、いいからセンパイに言ってみろって!」


なんすか、センパイって。と少しおかしそうに笑ったあとに、ゆっくりと黄瀬がこぼしたその悩み事とやらにわたしたちは一瞬にして固まってしまい、しばらく沈黙を保ったままその発言の意味をゆっくり咀嚼して、それから三人揃って間抜け面を晒すのだった。


「紫っちと緑間っち、それに赤司っちと、なんか仲良くなれる気がしねーんすわ」


………なんだって?


「はあ!?それ、本気で言ってんのかよ黄瀬?」
「ええ?俺、めちゃくちゃマジっすけど」
「…まあ、ボクも最初少し思ってましたけどね」


紫っちは確かにあんま喋ったことはなかったすけど同じクラスなのに認識すらされてなかったし、ていうかなに考えてるかよくわかんねーし。緑間っちは……とにかく変人だし、赤司っちとか穏やかなのか怖い人なのか未だにキャラがよく掴めないっす……と眉間にしわを寄せる黄瀬を見て、わたしたちはようやく合点がいってお互いの顔を見合せる。


『あんたが思ってるより、あいつらめちゃくちゃ愉快な性格してやがるぜ?』


世間で噂されるみたいに、他の追随を許さないような史上最強な冷たい天才、確かにそれはある種真実ではあると思う。それだけあいつらは数多の羨望や嫉みに晒されつつも、決して折れることなく真摯にバスケと向き合い、血の滲むような努力を積み重ねているのだ。それは、やはり尊敬と称賛に値するのも確かなのである。しかし、それでも普段の素のあいつらは、もっと。


『おバカで楽しくて、うちらと変わらない普通の中学生だよ』


2メートルというサイズと子どものような性格のギャップのある紫原も、変人と周囲から敬遠されがちな緑間も、また誰より天才という肩書き故に常に衆目に晒されてしまう赤司だって。ああ、やっぱりあの三人は確かにちょっと変わってはいるもんだから、そうやってみんなから勘違いされているのかな。そう思ったら、なんだかおかしくてつい笑いがもれてしまう。あーあ、勿体ないな。あの三人を敬遠するひとたちは皆、本当に可哀想だな、なんて。あいつらの本当の良さを知らないだなんて、全くなんと勿体ないことだろう。


「大体、どこをどう見たらそう思うんだよ?最近のあいつらは結構悪ノリばっかじゃねーか」
「いやいや!だから余計分からないんっすよ。赤司っちとか特によくわかんないっす!」
「まあ、最近の彼は真面目だったり悪ノリしたりと、かなりギャップが激しいですからねぇ」


と、黒子は遠い目でため息をつくが、口元は笑っていた。


『赤司ね、あれでもかなりいい方向に変わって来たんだよ。前はもっと取っつきにくかったし』


でも噂に聞く赤司征十郎って言えば、それはそれはすごい天才で自分に害のないやつには穏やか的な一面、裏側じゃあ自分の敵になり得るやつには恐ろしいくらい容赦しない、って。と苦い顔をした黄瀬に、遂に我慢できなかったらしい青峰が吹き出した。黒子もぷるぷる震えながら笑いを堪えてて、それがあんまりかわいいからわたしも遂には堪えきれなくなって吹き出した。


「アッハハ!すっげぇ、噂もバカにできねーなァ!傑作だぜっ!!!」
「ふふふ!わ、笑いすぎです青峰くんっ」
「ええ?黒子っちだって笑ってんじゃないっすか!!」
『あははは!もう、だめ!くっそおもしれぇー!!』


上柿っちまでなんですかー!って黄瀬が嘆くから、悪い悪いって謝ると幾分か表情を和らげたけど、黄瀬は眉を下げて拗ねたような表情を浮かべたままだった。


「まあ、その下らねぇ噂も一概に嘘とは言えねーな」
「確かに赤司くんは自分の味方にはやさしいですが、敵に対しては完膚なきまでに叩き潰すくらい容赦ないところありますからね」
『でもな、それはつまりさ?』


黄瀬、あんたは怖い赤司しかまだ知らないからそんなこと言えるんだ。あいつだって普通の男子中学生で、いかに天才といえどもわたしたちと同い年の13歳の少年であることに全く変わりはないのだ。


『身内であり味方であるわたしらにはとってもやさしいって、そういうことじゃん?』


青峰と黒子はわたしのそんなセリフにやっぱり大きく笑った。そうそう、あいつって案外バカなんだよね。分かりづらいっていうか、勘違いされやすいっていうか、なかなか良さを分かってもらえないっていうか。だから、そうやって瞬きを繰り返し驚いてる黄瀬も、きっといつか必ず分かるよ。あんたはもうすでにみんなの、一員なんだから。きっとこれから、分かっていくんだよ。そうして馴染んでいくんだ、今こうやってあいつらとこの前の冬から関わることになった黒子やわたしがそうであったように。


「つーか緑間だって確かにめっちゃ変人なのは変人だけど、その分超おもしれぇやつじゃねーか!」
「まったくですよ。真面目というかバカ正直というか。だからとにかく一番可哀想な役回りのひとですよね」
『保護者ポジションだからなあいつ。最近の悪ノリ赤司の一番の被害者だしねぇ』
「ええ!?保護者ポジションって!」
「もしかしたら緑間くんが一番おもしろいひとかもしれません」


確かにそれは言えるかもしれないよな。なんていうか、からかい甲斐があるというかさ。顔を真っ赤にして怒るところは最高におもしろいんだよね。まったく緑間ってば、なんておバカでかわいいやつなんかね!


「あとそれにつけても、とんでもねぇおは朝信者なんだよな!」
『そういえば知ってる?今日の蟹座のラッキーアイテムがね、某着せ替え人形でさあ!』
「ぶふっ!そうなんですか、朝練の時には全く気付かなかったです!」
「えええ!そんなの緑間っちが持ってたらただの変態じゃないっすか!!」


ぎゃははは!変態!!確かに変態だわー!くっそおもれぇー!!と青峰はひいひい言いながら笑うし、黒子は一生懸命笑いを堪えようとして机に突っ伏してぷるぷる震えていた。かく言うわたしも自分の席の机をバシバシ叩いて笑っていたけども。


「ますますワケわかんねーっす!!」


と狼狽する黄瀬に三人で再び声を上げて笑った。バカね、いつかきっとあんただって分かるに決まってるじゃん。ようこそ、そうやって迎え入れられたおそらく最後の仲間、天才たちと肩を並べられる期待の新星。きっといつか必ず、あんたも馴染めるようになるんだから。そしたら、きっと。


「黄瀬くんも、きっとすぐにこんなことでも笑えるようになりますよ」


――ボクが、そうだったように!


そう付け足した黒子の表情はとても穏やかで、とてもかわいらしかった。




あのひまわりが花開くまで
130424