閑話T:やさしいねーちゃんは案外こわいって話
『お風呂沸いたよ〜。誰から入る?』 「やはりここは八重と桃井からだろう、先に温まっておいで」 「そうですね、レディファーストです」 「やったー!ありがとう!!八重ちゃん、一緒に入ろう?」 『え?一緒に?』
まじかよとつい驚いて目を見開き聞き返すと、さつきが「私と入るの、いや……?」とうるうるした瞳で上目遣いをしやがるもんだから、つい『いやなわけないでしょ!むしろ役得っていうか!!』となんか変態みたいなことを言い返してしもーた。ちゃうねん、わたしそんな趣味はないですから!
「んじゃ、さっさと二人入って来いよ」 「とりあえず野郎は後回しでいいのだよ」 「ゆっくり浸かってきていいっすからね!」 「いってら〜」
んじゃあ、せっかくだからお言葉に甘えてさつきと一番風呂行ってこようかな。
『ありがとー。じゃあ、さつき一緒に入ろっか』 「うん!やったー!!」 『じゃあ、わたしちょっと着替え取ってくるからちょっと待っててね〜』
いってらっしゃいー!待ってるねー!とさつきから美しい微笑みを向けられて、思わず照れてしまった。なんなんだよ、さつきさんがあまりにも天使すぎて、ときめきつつも落ち込んでしまうわ。さつきとお風呂とか……公開処刑じゃないですかやだー!
*
「みんな、うらやましいでしょ?」
そうやってつい私が勝ち誇った笑顔を向けると、目をかっ!って見開いた赤司くんとテツくんに睨まれ(テツくんに関しては、ちょっと……いや、かなり複雑だけども!)、大ちゃんには舌打ちされ、きーちゃんには「え?!」と驚かれ、むっくんには無言の圧力をもらい、ミドリンには「適当なことをいうな!」と怒られた。
「大ちゃん、当たり前だけど覗いちゃだめだからね!?」 「はああ!?どういう意味ださつきィ!!」 「大ちゃんなら覗きかねないもん!!私が盾になったって八重ちゃんを守るからね!!!」 「うげぇ!お前の裸には興味ねぇよ!!」
と大ちゃんが墓穴を掘った。相変わらずバカだなあ、大ちゃんって。あーあ、本当に単純なんだからー!
「ほう、じゃあ八重の裸には興味あるということか?」 「やめてください、ボクの上柿さんに」 「ふざけるな黒子、俺の八重だ」 「ふざけてるのはキミです赤司くん、彼女はボクのです」 「ちょっとー!上柿っちは俺のっすよー!!!」 「はあ?!ふざけんな黄瀬ェ!!」 「黄瀬ちんのじゃねーのは確かだし!ていうかみんなの上柿ちんだから〜!」
なんてみんながいつもの終わりのない論争を始めちゃったけど、けしからんのだよ!!とミドリンがひとりで憤慨してるの、あのひとたち全然聞こえてないよねー。ていうかね、つい八重ちゃんがいないところでみんなを焚き付けてしまうのは私の悪いくせなんだよね。だってなんだか……私は八重ちゃん争奪戦に参戦できなくていつも悔しいんだもの!!やっぱりみんなは男の子だから、私だけハブられるのは仕方ないのかもしれないけれど、私だって八重ちゃんが大好きなのに!!赤司くんやテツくんになら、……まあ勝てなくても仕方ないのかなって思うけどきーちゃんや大ちゃんなんかには負けたくはないよね!八重ちゃんに抱きついていいのは私だけなんだから!あと八重ちゃんの親友ポジションは大ちゃんなんかに絶対譲らないんだからね!!
「うるさーい!!八重ちゃんは私のなんだからね、いい加減にして!!!」
と叫ぶと一斉にぴたりと静まったみんなが動作を停止して、突然叫んだ私に注目している。ふふ!なーに?その間抜けヅラはー!ほーんと、男の子ってバカでかわいいよね!!
「――私の八重ちゃんを傷つけるようなことしたりなんかしたら、みんなの大事なもの去勢してあげるから覚悟して、ね?」
にやり、と笑う。
『……あれ、どうしたの?なんか空気凍りついてるけど、何かあったのか?』 「八重ちゃんー!おかえりー!」 『お待たせ、さつき。どうかしたの、あいつら冷や汗かいて固まってるけど』 「んー?どうだろう?わかんないなあ〜!!」 『え?あ、そう』
ごめんね、テツくんは例外だからね!!と心の中で小さく謝る。まあ、男前紳士なテツくんだけはそんなことしないって信じてるから大丈夫だけどね。みんなが驚いて固まっているのを横目に、八重ちゃんの手を引いてお風呂へと向かう。わあい!!八重ちゃんとお風呂だー!
「そういうわけだからみんな、あんまり調子に乗らないでよね!!」 『よくわかんないけど、お風呂お先に行ってくるから〜』
未だに疑問符を浮かべている八重ちゃんに気付かないふりで笑ってごまかす。大ちゃんやきーちゃんにミドリンとかはともかく、赤司くんやテツくん、むっくんまでもが顔色を変えるもんだから、してやったり!と思わずつい笑いがもれてしまう。ふふ、テツくんのあんな表情初めて見たなあ!やっぱりテツくんはどんな表情もかっこよくてかわいいよね!!
「……まだ、誰にもあげないんだからね」 『え?なにか言った?』 「ううん!なんにもー!八重ちゃんとお風呂なんてうれしくって!!」
まだまだ大好きな親友の八重ちゃんを誰か渡す気なんてさらさらないからね。幼なじみの大ちゃんにだって、大好きなテツくんにだって、誰にだって。みんなが八重ちゃんのことを大好きなのはわかってるよ。でもね、どうかもう少しだけ、大好きな親友の八重ちゃんを私からとらないでいて。あと、もう少しだけだから。
「…ふふ、それにしてもみんな顔を真っ青にしてかわいかったなあ」
――やさしいお姉ちゃんは案外こわいもんなんです。
"Home, sweet home" 閑話T 130316
|