※祈り続けた友情が実を結ぶお話
――わたしはただ、不器用でまっすぐすぎるこのひとを笑わせたかった。
「……お泊まり?」 「そうなんだ〜、パーティーからお泊まり会までが俺らの計画なんだよー。ね、上柿ちん?」 『そうなのよ。明日休日な上に部活もオフでしょ?』
そしてさらにはうちの両親が今夜は不在なので、わたしたちだけで「家族」らしくわいわいできるというわけだ。うちは幸い広い和室も予備の人数分の布団もある上に、帝光中から徒歩で行ける近さに家があるということもあり条件としてはこれ以上ないものだったのである。まあ、わたしが帝光に入ったのは徒歩で行ける距離だからって理由なんだから当たり前なんですけどね。
「赤ちん、今日お泊まりダメだったりする?」 「いや。八重さえよければ特に俺が断る理由はないが。だが、残念だが俺は泊まる用意を何も、」 「赤司、先週の週末に何をしたか覚えているか?」 「先週?先週は紫原とお前の家に泊まりで勉強会を……ああ、」
なるほど、と征十郎が心底呆れたというような表情で小さく肩をすくめた。ふふ、わたしら伊達に1週間かけて綿密に計画立ててないからな!
「お前の分はきちんと用意してあるのだよ」 「あのとき着替えを洗ってやるから置いていけと言ったのはそういうことだったか。しかもこの1週間なかなか返さないから訝しく思ってはいたが」
ちなみに泊まりはしなかったけど先週はわたしとさつきで成績がいまいちなテツヤ大輝涼太の3人の宿題に付き合っていた。もう全然進まなくてすっごく疲れた。
「そういうわけで、赤司くんもお泊まり会参戦しますよね?」 「ああ、もちろんだ」
征十郎も参戦してくれるらしく今回の計画はすべて大成功でほっとした。征十郎がやわらかい笑みを浮かべる。それがわたしはとてもうれしい。敦と真太郎がめちゃくちゃほっとしたような表情を浮かべていること征十郎は気付いているのかな。あの二人はね、親友のあんたをずっと心配していたんだよ。だから、だんだんと感情豊かになっていくあんたに心底安堵し、今日改めて新しく生まれ変わったかのようなあんたを心からうれしく思ってるんだろうね。
「やった〜!!!みんなでわいわいお泊まり会とか俺初めてでうれしいっす!!」
そして涼太が心底うれしそうなゆるゆるな表情で叫びながら大きく飛び跳ねた。はは、相変わらずあんたは喜びを大げさに表現しすぎだよ。その表現力をちょっと征十郎に分けてあげてくれよ、まったくさあ。そんな涼太にテツヤが「喜びすぎですよ黄瀬くん、うるさいです」とたしなめているけどあんたも十分うれしそうですが。そんなテツヤに涼太と大輝とさつきが声を合わせて笑っていた。
『さあ、みんな!!お風呂と寝る準備するから後片付け手伝ってねー!』
*
食器洗いをさつきと涼太に、食器の片付いた机を拭いたり使用した和室の片付けを親友三人組に、食器運びを手伝ったあとにわたしの部屋に置いていたみんなのお泊まりセットを取りに行くよう大輝とテツヤに任せ、わたしはお風呂を沸かしたり、さつきの分の布団をわたしの部屋に敷いたり、みんなの分の布団の在処を三人組に指示したり。食器洗い組はもうすぐ終わるようだったし相棒コンビはもう荷物を運び終わって食器洗い組の手伝いをしていたし、わたしのほうも一通り仕事は終わりあとはお風呂の湯がたまるのを待つくらいなものなので、みんなのためのバスタオルを用意して運びながら、片付けを完了させ和室でお布団の準備をしているだろう三人組のところへ寄ることにした。
「紫原、緑間」
そうしてふすまの向こうから聞こえてきた征十郎の真摯な声色にぴたりと動きを止めた。
「――ずっと、心配してくれていてありがとう」
本日何度目かという征十郎のありがとうに、わたしは胸が切なくうずいた。
「俺が今まで周囲と軋轢を生まず孤立しなかったのは正直お前たちのおかげだと思う。今日いろいろあって、改めて思ったんだ。俺はおそらく、お前たちと友人にならなければ、そして八重と出会っていなければ、きっと……」 「赤司」 「赤ちん」
――ああ、今ようやくあんたちの思いは実を結んだね。ずっと、見守り続けてた小さな小さな芽は今ようやく花開いてとめどない輝きに満ちる。よかった、本当によかったね真太郎、敦。
「俺らは何もしていないよ、赤ちん」 「その通りなのだよ。俺たちがどうこうした覚えはない」 「だが、ずっと心配してくれていたのだろう?」 「うーん、でもね、別にさ俺たちだけじゃないよ」 「そうだ、なにも俺たちだけではないのだよ」
――わたしはただ、不器用でまっすぐすぎる征十郎のことを笑わせたかった。そして、そんな征十郎を見守り続けたやさしい友人たちにも、ずっと笑ってほしかったんだ。
「黒子も青峰も黄瀬も桃井も、そしてもちろん上柿も、みんなだ」 「みんなみんな、ちゃんと赤ちんの友達だからね」 「……ああ、そうだな」
ああ、なんてあたたかで、やさしい友情なんだろう。
「というか照れくさいからそう何度もお礼など言わなくていい」 「ほんとー!ていうか当たり前じゃん俺ら親友だもん。ね、赤ちん?」 「…ああ、そうだな。悪かった、なんていうかこういうことにはどうも慣れていなくてな」 「んー、そっかあ。でも別にこれからそれは慣れていけばいいんじゃね?にーちゃんもねーちゃんも弟たちも、おかんもいるじゃん。ねー?おとん」 「はは、そうだな。仕方ないから上柿のいう「家族」ごっこに付き合ってやるのだよ」 「ふふ!そうだな、少なくとも今日は俺たちは楽しい楽しい「家族」だったな!」
わたしはね、あんたのその笑顔を見られただけで本当にしあわせだよ。みんなと出会えて本当によかった。やさしくも厳しい真太郎と、のんびり穏やかな敦と、不器用でかわいい征十郎と、男前強かなテツヤと、やんちゃでおバカな大輝と、騒がしいわんこな涼太と、そして明るく元気なさつきと。ああ、こんなふうにみんなと本当に「家族」みたいに仲良くなれてよかった。どうかこの輝きがこの先もずっと、わたしたちの未来を照らしてくれますように。決して、やがて訪れる別れが彼らを傷つけるだけのものではありませんように。
『このバカ息子がー!!!』
――今、こんなふうに笑い合えるみんなの笑顔が、どうかどうか、いつか消えてしまいませんように。いるかどうかも分からない神様、どうかお願いです。
「……わ!八重!?」
ばっ!と勢いよくふすまを開けて布団の上で心からの笑顔を浮かべる征十郎に勢いよく抱き着く。抱えていたタオルが舞う中、突然に飛び込んできたわたしに驚いた征十郎がバランスを崩したためふたりしてきれいに敷かれた布団の上に倒れる。
「…八重?どうしたんだ?」 『ね、征十郎』 「……なんだ?」
首に腕を回して征十郎に抱き着いまま、すっかりわたしの下敷きになってしまっている征十郎の表情は見えないけれどやっぱり声色は困惑しているみたいだった。しばらくしてから征十郎の手がひどくためらいがちにそっとわたしの背中に回るのを感じて小さくほころぶ。
『「家族」ってあったかいものでしょう?』
何をやっているのだよ突然に!!と真太郎の怒声が聞こえていたけれどわたしがそんな言葉を口にしたので怒りの言葉を飲み込んでそっと口を閉じたみたいだった。説教はあとで聞くからさ、せめてもう少しだけこのバカでかわいくて、いとしいこの子を抱きしめさせてね。
――俺はね、家族に愛された記憶がないんだ。
だからわたしは愛され慣れてなくて頑なで不器用なあんたがいつか小さなこどもみたいにやわらかく笑えるように、あんたを親友として信じて傍らにあるみんなのやさしさにちゃんと気づけるように。
「ああ、そうだな。お前のおかげだ八重」
ねえ、それをわたしやみんなは、ずっと願ってきたんだよ。敦も真太郎、テツヤも大輝も涼太もさつきも、みんながね!
「ずる〜い!!俺もまざるー!!!」 『ぎゃああ!人の上に乗るな敦ー!!』 「ちょ、さすがに二人は重いだろう!!」 「えー?ほらミドチンも突っ立ってないでさー!!」 「ちょ、ふざけるな紫原!何をす……ぎゃああ!!」 「キミらはさっきから何騒いで…って何してるんですか」 「俺抜きでおっもしろそうなことしてんじゃねーよ!!俺も混ぜろー!!!」 「わああい!じゃあ私もー!ほらテツくんもー!!」 「仕方ないですね。では赤司くん、がんばって耐えてくださいねー!」 「そして最後を飾るは俺っすー!!どーん!!!」
ちょ、ふざけんなよお前ら!!わたしの下で征十郎が虫の息なんですけど生きてますかねこれ。わたしも上に6人もの人間が乗ってるので相当重いですけども!!!
「お前らふざけるな!!さっさとどけないとお前たちでも殺す!!!」 「わー!赤ちんが怒ったー!!」 「いい加減にどけるのだよお前ら!赤司に制裁を加えられたいのかこのバカ共!!」 「ふふ、ざまぁみろですよ赤司くん!」 「つーか、ノリで飛び込んだはいいけど野郎ばっかでむさくるしーわ」 「一番ノリノリだったくせによく言うよ大ちゃん!!」 「えへへー!もう少しだけこうさせてほしいんでもうちょっと我慢してくださいっすー!!」 『わたし、しんじゃうよこれまじで』
"Home, sweet home" 8 130315
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