※紫原と昼下がりにのんびりするお話
首謀者:「あー、しゃーわせー」



ふわふわと、昼下がりのまどろみの中を彷徨う。あー、やっぱ春ってあったかいからねむいよねー。なんて、誰に伝えるでもなく屋上でひとり、頭の中で小さく呟いた。あー、だりぃなあ、ねむいなあ。午後の授業とか、正直やってられない。なんとなく久しぶりに食べたくなった棒付きのキャンディーをがりっと噛んで、目を閉じた。


『おー、紫原じゃんー』


そうして聞こえてきた俺の大好きな声に反応して、くっつきそうだった瞼をこじ開ける。視界の中でゆるく微笑む上柿ちんがいた。


「んー、上柿ちんー」
『あら、なんか眠そうだな。ごめん、起こした?』
「そんなとこ立ってたら、パンツ見えるよー」
『まじで。わりー』


そうして特に怒るでも恥ずかしがるでもなく、からから笑いながら寝転がる俺のとなりに腰を下ろした上柿ちんを見上げる。あー、上柿ちんが傍にいるだけでなんだか気が抜けてしまう。ほっとしてしまう、なんてね。


「照れねーんだ?」
『なんだ、照れてほしいのか?』
「ううん、別に。うるさくなくていいけど、ちょっと残念かも」
『いやん、恥ずかしいー』
「棒読みすぎてつまんねーよ」
『あはは!すまんすまん』


まるで夫婦漫才のコンビみたいにいつも一緒の同じクラスの峰ちんとは一緒じゃねーんだ、なんてふと思う。部活中はともかく学校の間はいつも一緒なのにめずらしー。峰ちんとか黄瀬ちんとかうるさいのがいないからかなんか静かっつーか、穏やかに時間がすぎていくなあ。そういえば俺はあまり上柿ちんとふたりだけっていうのはなかったかもしんないなあなんて、だいぶ小さくなった飴をかみ砕きながらそんなことをぼんやり思った。だって、部活中とかはいつも赤ちんとか黒ちんとか、あと黄瀬ちんのうちの誰かひとりが必ず彼女のとなりにいるから。


『ねー、紫原』
「んー?なにー?」
『このお菓子、あんた好きでしょう?よかったらいる?』
「好きー!いるー!!!」
『ふふ、ほら、どうぞ』
「ありがとー!!!」


ああ。なんて心地よいんだろう。俺、よく考えたら大体は上柿ちんの取り合いとか参加しないもんね。つーか、いつも赤ちんと黒ちんの戦争になってふたりの無双状態になるのが常なのに、黄瀬ちんはよくあきらめもせずに戦争参加するもんだよね。バカなのかあきらめが悪いのかしんねーけど、大体赤ちんが勝つのによくやると思う。先月一軍に上がってきたばっかなのに、さっそくなじんでるのも十分すげーけど、あの戦争に加わろうっていうポジティブさがまじすげー。俺や峰ちんとかは基本的に前線撤退が一番安全っていうの、とっくに学習したっていうのに。


「ねー、上柿ちん」
『ん?なーにー?』


あ、でも、黄瀬ちんの場合は、赤ちんと黒ちんのほうが巻き込んでいじめるのを楽しんでるっていうのが正解かもしれない。きっと、あのふたりはそうすることで黄瀬ちんが早くなじむように気を遣っているってのも少しあるのかもなあ、なんて。まあ、ほぼ十中八九単に楽しいからいじめてるんだろうけどね。


「お昼寝、しよっか」
『へ、ちょ!!うわっ』


もー!急にひっぱるのやめてよ紫原!!って上柿ちんが俺の腕の中でどんどんと叩いて俺を責めるけど、知んねーし。別にいいじゃん、たまにはさあ。


「あはは!いてーよ上柿ちん!」
『ごきげんなのはいいけど、急に抱き込むな!ちょっと肩打ったじゃん!!』
「えー?ごめんってばー!」
『え、ほんとどうしたの、超ごきげんじゃん』


んー?まあ、いいじゃん。ごきげんにもなるよ。だって、だってさ、いつも譲ってばっか、我慢してばっかだけど今は、今だけはちげーもん。今は俺の、俺だけの上柿ちん。やさしくて、あったかくて、俺たちの大好きな上柿ちん。でもさ、少なくとも今だけは俺の腕の中で俺だけに笑いかけてくれるんだから。ね、ただそれだけで。


「ねー、上柿ちんー、このまま午後の授業さぼろっかー」
『はあ?まじで』
「うんー、まじまじ、大マジー」


俺が笑うのを見た上柿ちんは呆れたみたいで小さくため息をついた。だけど、それから花がほころぶように微笑んで、それからさらに大きく笑って了承の意を示した。


『しかたねーなあ!今日はもう悪い子になるかー!』
「あとでうるせーミドチンにばれたら、一緒に怒られてねー?」
『共犯者だから当たり前でしょ、あんたも逃げないでよ』
「当たり前だし」


ああ、なんてあったかいんだろう。すっごく、落ち着くなあ。今日はなんていいお昼寝日和なんだろうか。ふわふわと広がりゆくまどろみの中、まぶたの裏に焼き付いた上柿ちんの笑顔に俺は小さく口角を上げて、今日というしあわせな日に小さく感謝した。あー、そういや今日俺はおは朝で一位だったって朝練のときにミドチンがやかましく喚いてたなあと朝のミドチンの姿を思い出して、そうして今傍にあるぬくもりをただ感じながら、俺はゆっくりと夢の中におちていった。


『おやすみ、紫原』


――ああ、俺いま、なんかすげぇしあわせかもしんない。




それだけで、ぼくは幸福です。
130309
「…………あー、しゃーわせー……」
「ふふ、紫原はずいぶん幸せそうな寝顔しているな」
「二人して授業をさぼるなどけしからんのだよ!!」
「まあ、緑間。せっかく二人とも気持ちよさそうに寝ているんだ、少しそっとしておいてやろう」