※才能ある背中についてのお話
語り手:「「おとん」の俺なのだよ」



「早く乾杯しよーぜ!いい加減のど渇いたわ」
「こら紫原!乾杯していないのに勝手に飲むな!」
「一口だけだから〜」
「ほら、紫原。グラスを出せ、注いでやるから」


おにぎりにサンドウィッチ、揚げ物類、コンソメスープ、スパゲッティ、シーザーサラダにポテトサラダ、などなど。主な品目はこんなところか。運動部所属の育ち盛りの男子中学生7人という大所帯のためか、どちらかというと質より量を優先したらしく、盛り付けもわりと豪快だ。そのあたり上柿の性格がよく出ている。とはいっても正直どれもおいしそうで、そのボリュームに目の前の数人が目を輝かせていた。青峰がさっきから唐揚げから目を離さんのだが、その量が一気になくなるわけもないというのにさすがに見すぎだろう。見張らなくても誰もとったりしないのだよ。


『ゆで卵はね、テツヤが作ってくれたんだよ』
「えー!テツくんすごーい!!」
「ありがとうございます。ゆで卵を作るときはボクを呼んでください、完璧に仕上げてみせます」
「いやいや、キリッ!じゃないすよ!なんすかそのキメ顔ー!」


紫原がつまみ食いをしようとしていたのでついその手を叩く。睨んでもダメなのだよ。乾杯してから食べ始めるのが筋だろう、いいからもう少し待て。


「上柿、支度はすんだか?」
『もうちょいー』
「とりあえずいいからとにかく乾杯をするのだよ、お前もこちらに来い」
『はーい』


桃井や黒子にお皿などを運ばせたあと、とりあえず全員を席に座らせてひとりだけ料理を温めたりしていた上柿に呼びかけると『これで最後だから、ちょい待ち』と振り返り笑った。そんな俺たちのやり取りを見た桃井が「きゃー!本当に夫婦みたい!」と意味の分からない奇声を発するものだから、俺は横にいる赤司と黒子に恐ろしいくらい睨まれてしまった。相変わらずこの二人の嫉妬は厄介かつ怖すぎなのだよ!!おい桃井!「そういえば八重ちゃんミドリンみたいなひとと結婚したいって言ってたもんね!」などとお前はまた余計なことを!!赤司と黒子どころか黄瀬や青峰、紫原まで不機嫌になったではないか!なんだ、この孤軍状況は。両側から無言の殺意がびしびし突き刺さってくる…完全に座る位置を間違えたのだよ!!


『お待たせ〜これで最後よ〜』


そうしてようやくやって来た上柿に二人の視線は瞬時に移ったおかげで、針の筵状態から解放され小さく安堵のため息を吐く。まったく、嫉妬深いところどころか刺すような視線まで全く同じなど「双子」という配役が最早皮肉どころじゃなくなっているのだよ!


「おーし!じゃあ始めっか!!」
「早く〜!お腹空いたよ〜」
「ふふ!むっくん、よく耐えたね」
「わあい!!まずは乾杯っすね!」
「ほら、緑間くんも冷や汗かいてないでグラスを持ってください」
「相変わらずお前は精神的プレッシャーに弱いな」
「お前ら誰のせいだと思っているのだよ!」
『なにケンカしてんのか知んないけど、さっさと始めようよ。みんなグラスを持って』


上柿がそうやって笑むのを見た赤司がやさしく目を細める。お前が、どれほど赤司にとっての救いだったか、そして今なおどれほどあいつに深く想われているかを本当にお前は少しも分かっていない。それは黒子や黄瀬、また青峰や紫原、ひいては桃井においてもそうだ。あいつらが一体どれほどお前を大切に思っているか。赤司のその気持ちがどの種類のものかは俺には判断はつかないが、だがそんなことはどうでもいいことだ。その絶対性と唯一性は本当に揺るぎがない。世界中の誰より、赤司はお前が一等大切なのだよ。


『副主将であり「おとん」である真太郎、乾杯の音頭をお願いしまーす』


だから、俺はこいつのそんなところを誰より認めているのだ。俺は、俺たちは、ずっと心配していた。誰にも負けたことがないという、赤司のこと。いつかお前が誰かに負けてしまった時、お前が唯一盲信する存在意義が失われた時、孤独で空っぽなお前は一体何を思い、何を信じるのだろうか。


「……何故俺なのだよ」
「他に誰がいんだよ、いいからやれよ」
「ミドチン早く〜!!」
「さっさとお願いします」
「ふふ、ミドリン照れちゃってるー」
「さあ緑間っち!お願いしまーす!」
「緑間、俺からも頼むよ」


――赤ちんはいつもまっすぐだから、俺はいつも赤ちんの背中を守ってあげたいと思うんだ。


いつか紫原が言っていた時のことを、何故かふと思い出された。よく勘違いされるが紫原は決して、赤司が怖くて恭順しているわけではない。そこにあるのは、絶対的信頼と友愛と、そしてすべてを許し見守るあいつならではのやさしさ。俺はそんなふうに理解している、紫原は否定するかもしれないが。紫原が、親友であるという赤司の才能と信念を信じて、ずっとその背中を守り続けていくというのならば。


「…仕方ないのだよ。みんな、グラスを持て」


もうとっくに準備して待ってるしー!と待ちきれない紫原が憤慨しているが、まあ待て。せっかく上柿がああいうのだから、仕方ないから俺が締めてやるのだよ。


「今回のことを計画したのは上柿だ、まず上柿に礼を言うのだよ」


俺がそういうと、何人かが笑って上柿に礼を言っていた。っておい、ちょっと待て。何さりげなく黒子は上柿を口説いてるんだ。赤司と黄瀬がやかましくなるからとりあえず今は自重してほしいのだよ!


「先輩たちが引退する前から仕切ることを任されていて、ほとんど主将の任に就いていたようなものだったが、先輩たちも引退し赤司が正式に主将の座に就いて既に幾日か経過している。これからは俺たちが帝光中バスケ部を名実共に牽引していくことになるし、また更に赤司はそんな俺たちをまとめ、引っ張っていくことになる」


――お前があいつの「背中」を守るというのならば、俺は。


なあ、赤司。お前も、知らないのだろうな。


「お前は確かに代表であり、俺たちの先頭に立つ。だが赤司、忘れるなよ。前を行くお前の後ろには必ず、俺たちがいることを」


紫原がどんなにお前を心の底から信頼しているのかを。青峰が自分と真逆の才能を持つお前をどんなに認めているのかを。桃井がお前が重宝してくれている自分の能力をどんなに誇りに思っているかを。黄瀬がこの中に新たに迎え入れてくれたことにどんなにほっとしているかを。黒子が日陰でくすぶり続けていた特性を才能に変え、同じコートに立つ理由を与えてくれたことをどれほどお前に感謝しているかを。上柿がそんな才能あるお前の栄光と幸福を心から願っていることを。


――それならば俺は、あいつが困った時には助言し、あいつが行き過ぎた時には諭し、そうしてあいつが間違えた時は修正する、そんな「横」で支える存在になってやるのだよ。


いつかお前を負かして、お前の存在意義は「勝利」なんてそんなところにはないことを気づかせてやろうと、ずっとライバルかつ目標であるお前に勝とうと俺があくせくしていることなんて、きっとお前は全く気付いていないのだろうな。


「お前は確かに天才だが、お前もひとりの人間なのだからいつか間違えることもあるだろう。その時は、副主将である俺が全力でお前をサポートするのだよ」


そんな顔で戸惑っているお前は、本当にずっと気付いていなかったのだろうな。まったく、いつも悲しいくらい聡いくせに変なところで鈍いのだから。


「俺たちはお前を信じてこの先も付いていく。だからお前はただ前を向いて、これからも突き進め。振り返れば必ず、俺たちはそこにいるのだから」


なげーよ緑間!クサいっすよ緑間っち!ミドチン早く乾杯!当たり前のことをわざわざ言わなくてもいいのにミドリン!まあ、でもバカな赤司くんがようやく気付いたので良しとしましょうか。あはは!さすが真太郎!征十郎フリーズしてやがる!などと、同時に喋り出していちいちやかましいのだよ!


「さあ、主将赤司と帝光バスケ部の前途を祝して乾杯なのだよ!」


俺たちの出会いは全て意味がある、確かに意味があった。紫原が赤司をただ信じたことも、俺がそんな危うげな二人を仕方ないから見守ってやろうと思ったことも、青峰が桃井と幼馴染だったことも、黒子が青峰と出会ったことも、赤司が黒子を見つけたことも、黄瀬が青峰と出会ったことも。そして上柿がそんな俺たちと「家族」になりたいと願ったことも。全てに意味があった、そしてこの出会いはこの先もその可能性を広げていく。俺たちは、終わらない。だからこそ俺たちはこの「キセキ」的な出会いをもっと大切にすべきだ。赤司が作った、導いた、このチームを。上柿が願った、思い描いた、この「家族」を。


「ぷはー!のど渇いてたからまじうめー!!」
「あ、唐揚げおいし〜!!」
「ぎゃー!!俺のお皿から唐揚げ取らないで紫っちー!」
「こら黄瀬!食事中なのだよ、暴れるな!!」
「ゆで卵、めちゃくちゃおいしいよテツくん!!」
「ありがとうございます。赤司くんもいかがですか、ボクのゆで卵」
「はは、そうだな。八重のこの唐揚げを食べたらいただくとしよう」
『あんたらまだまだ食べるものはいっぱいあるんだから、落ち着いて座って食べなさい!』


「キセキ」もやさしさも幸福も、本当は思っているよりも案外傍らにあるものなのだよ。俺は、それを知っている。




"Home, sweet home" 6
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