※「ただいま」と「おかえり」のお話
傍観者:「三男と双子の四男、ボクです」



『今夜だけだけど、わたしたちはひとつの「家族」です!!』


その言葉は、隣りで眉間にしわを寄せている彼には、果たして一体どんなふうに、その頑なな心に響いたのでしょうか。無表情を取り繕おうと、動揺を外には出さまいと、平静を装おうとして返って余分な力が入ったその両手が小刻みに震えていること、キミは気付いているんでしょうか。ふふ、やっぱりバカだ、キミは本当に大バカだ。だからボクもそんなキミに気付かないふりをしてあげますよ。きっと、バカみたいにプライドの高いキミは恥ずかしがって絶対に認めたがらないんでしょうから、ね?


『どうか今日だけ、わたしのわがままに付き合ってほしい、今日だけでいいからさ』


わがまま?そんなまさか。それはあなたのやさしさであり、そのあたたかな愛情の発露ゆえのものなのしょう?ただ、ただ、不器用な彼を笑わせたいがために、胸いっぱいのしあわせのため泣かせたいがために。それは、あなたのわがままなんかじゃ決してないんです、あなただけの願いなんてそんなバカなことはありません。だって、あなたが前に「家族みたいだ」って言葉を誰ひとり嫌がらなかったのは、つまりはそういうことなんです。それはボクの「片割れ」だけでなく、この「家族」全員が受け入れ、望んでいることなんですよ。たとえいつか終わる刹那の仮初めだとしても、ボクらは。


『ひとりひとり「おかえり」と「ただいま」を、お願いします』


こんなにもあたたかくやさしい「家族」になれた、そんなみんなと出会えてボクは本当に幸福です。みんなと出会えてよかった。出会うきっかけを作ってくれたのは相棒、同じコートに立つ理由を与えてくれたのは「片割れ」、そしてボクに改めてそんな出会いのありがたみを教えてくれたのは、あなたです。出会いは意味と可能性、幸福を生み出し、止むことなくずっとボクらの道をあざやかに光り輝かせ、きっとこれからも彩り続けてゆく。


『まずは、おとんに。お疲れさま』
「ただいま、なのだよ。だが、俺もおとんではなく「下の名前」で呼べ」
『はいはい、真太郎、おかえりなさい』


そういってメガネを指でそっと押し上げながら、彼は口元で小さく笑った。


『次に長男、敦。お疲れ』
「ん〜、疲れたー。約束通りご褒美あとでちょうだいねー」
『はいはい。とにかく、おかえり』
「ん、ただいまー」


ふわふわとここまでうれしそうにキミが笑うのは、本当にめずらしいですね。


『じゃあ、次、長女さつき。ありがとね』
「う、ううん!こちらこそありがとう、八重ちゃん!」
『こちらこそだよ、ありがとう。あんたはさっき一回うち入ったけどね、おかえり』
「ふふ、ただいまー!!」


明るくやさしい言葉と共に彼女が上柿さんを抱きしめると、上柿さんもやさしく微笑んだ。


『次は次男大輝、鬼ごっこリーダーお疲れさん』
「おー、これでお前の飯がまずかったらキレっからなァ」
『心配すんな、まずくはないはずだよ。とにかく、おかえり』
「タダイマー」


彼がなんとも照れがちに棒読みでいうものだから、みんなでつい笑ってしまった。


『さて、次は三男だけどとりあえず後回し。四男テツヤ、来てくださいな』
「はい」
『はは、あんたもさっき入ったけどね、おかえり』
「はい、ただいま、です」


ああ、意外とどうしてなかなかくすぐったいもんですね、やっぱりどうしても照れてしまいますよ。


『五男、末っ子涼太、お手』
「それ子どもじゃなくて犬扱いじゃないっすかー!バカー!!」
『はいはい、ごめんごめん。鬼ごっこ疲れたでしょ、お疲れ』
「うす!でも、楽しかったすよ!ただいま!!」
『そう、ならよかった、おかえり』


そこを外さないとはさすがですね、さっきのよりも大きな笑いが起こったというのに、言われた本人だけは涙目なことにやっぱり思わず笑った。


『さて、お待たせしました。本日の主役!』


上柿さんがあんまりうれしそうな笑顔を浮かべるものだから、ボクもみんなもつられておんなじ表情を浮かべる。それぞれがきっと思うのは安堵と幸福と、それを与えてくれた彼女へのいとしさと。やっぱりこんな「キセキ」みたいな貴重でしあわせな出会いは、ここにいる誰かひとりでも欠けていたら叶わなかったことなんですよね。みんな、揃ったみたいにおんなじ表情。あーあ、これじゃあまるで本当に家族みたいじゃないですか。


『鬼ごっこ疲れたでしょう、お疲れ』
「いや、まさか。俺があれくらいでへこたれるわけがないだろう?」


ふふ、「双子」ねえ。性格とかも勿論ですけど、どうせ主に身長で当てはめたんでしょうけどねえ。そもそもボクと彼が小さいわけじゃないですよ、普通です普通。周りのひとたちが総じて化け物みたいにでかいだけですよ。本当に心外です。


『今日はあんたを祝いたくて一連の作戦を立てたんだよ。まあ、この「決まり事」についてはわたしの独断で、わたしのわがままなんだけどね』
「はは。そう、だったのか」


ああ、だけど、本当にただそれだけで「双子」に配されたんでしょうけど、単なる遊び心だったんでしょうけど、だけどボクにはキミの考えていることが手に取るように分かりますよ。それは今に限ったことじゃなくて、時々本当にびっくりするくらいシンクロするから、だからボクは理由とか経緯とかはともかく、キミと「双子」なんてのもなかなかどうして悪くないなと、そう思っているんですよ。ねえ、知ってましたか。


『三男、征十郎』


キミは今、笑いたいのに泣いてしまいたくて、どうしていいか分からずに戸惑っているんでしょうね。きっと、その心のうちは葛藤と、慣れない感情の嵐に戸惑っているんでしょう。それが、その心の揺れこそが、キミが今まで知らなかった、与えられることのなかったもの、そのものですよ。だから少し苦しいかもしれないけれど、どうか今はそれに耐えて、しっかりと噛みしめてください、受け止めてください。それが、それこそが、


『おかえりなさい、征十郎』


それこそが、今までキミがずっと切望していた「愛」というものです。


「――ただいま、」


ふふ、今日は本当にキミのいろんな珍しい表情を目撃する日ですね。写真にでも収めておけばよかったです、うっかりしていました。余裕が標準装備のキミをつき崩す貴重な脅し材料にできるところだったのに。かたちに残しておかなかったのは至極残念です。惜しいことをしました、ほんとにね。泣いてしまいそうなほどうれしげな表情で、キミが笑った。


「………ありがとう、八重」


そっとこぼれた言葉は、きっとこんなあたたかいものだったんでしょうね。ボクには夜の静寂に飲まれてほとんど届かなかったけれど、キミが届けたかったひとにはきっと届いていたでしょうからいいんですけどね。彼女がそっと赤司くんを抱きとめて、今まで彼がたったひとりだけで戦い、背負い続けてきた全ての「がんばり」を労わるかのように、その小さく頼りなげな背中をやさしく撫でた。ふふ、キミは本当にバカですよ、本当に大バカ。キミのほしかったもの、キミがずっと心の底で願い続けていたのものはきっとずっとここにあったんですよ、本当にずっと。ただキミが気付いていなかっただけ、それとわからなかっただけ。


『ふっふー!わたしのデカさを思い知ったかね、息子よ?』
「はは。…そうだな、御見それしたぞ八重」
『おっせーよ!!まったく、これだから天才は好かんのよ』
「お前に好かれないのならば俺は天才でなくていい」
『バカねー、嘘に決まってんだろ。天才だろうと天才じゃなかろうと、征十郎は征十郎なんだから好きに決まってるでしょ!!』


ああ、キミの癒やす術がわからないままずっと抱え続けてきた悲しみが消えていく。なんだか、そんな気がしてボクは笑む。これからキミが歩み導く栄光への道、ボクはみんなは楽しみにしていますよ。不器用で、だけど才能あるキミの背中を信じて、きっとみんなこれからも。


「よーし!!んじゃあ、三男の主将就任おめでとうパーティー始めっぞォ!!!」


ボクらは、家族。残念ながらほんものにはなれない今日だけの仮初めの家族。本当は全員普通の、同い年の友人。だけど、だけど今日だけは、ボクらは家族です。あたたかくてやさしい、家族。彼がずっと切望し続けていた愛のあるあたたかな「家族」なんです。


「近所迷惑なのだよ!!少し声量を落とせ!」
「おとんも十分うるさいっすけどねー」
「ふふ、さあ、みんな早くお家入ろっ!」
「「やっと」ですか。……ボクお腹すきました」
「「やっと」だね、待ちくたびれたしぃー」


紫原くんと視線を合わせて、ボクらは小さく笑った。ああ、上柿さんに抱き着いているキミの表情はボクからは見えないですけど、でもキミが何を感じ何を想っているのかはボクには手に取るようにわかりますよ。ふふ、キミ、本当に意外とバカですね。正直いい加減彼女から離れろと文句を言いたいところですけど、でも今日くらいは見逃してやりましょう。今日だけは、キミに譲ってあげます。このボクが譲ってやるんですから感謝してくださいよね。ねえ、赤司くん?


「ふふ。さて、お前たち!しっかり主将の俺を祝ってくれよな?」


前言撤回、今日も今日とて徹底的に争ってやりましょうか。未だに上柿さんに甘えながらにやり、といつもの標準装備付きで笑う赤司くんにボクは宣戦布告の視線をくれてやった。ふふ、いいですね。やはり殊勝なキミよりもそれくらい強かで傲岸不遜な方がキミらしくていいです、こっちも戦いがいがあるってものです。


『そーいうのいいから。とりあえず、みんなでご飯にしようか!』


――今日だけは、ボクらは楽しくもいとおしい「家族」です。


Home, home, sweet, sweet home,
There's no place like home,
There's no place like home.


わが家、わが家、楽しい、いとしのわが家
これに勝る場所はどこにもない
こここそが、俺のたったひとつの





"Home, sweet home" 5
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"Home! Sweet Home!", 1823年イングランドの民謡
作曲:Henry Rowley Bishop, 1786‐1855
作詞:John Howard Payne, 1791‐1852