※みんなでひとつのおうちに帰るお話 観察者:「長男の俺だよ〜」
俺は上柿ちんのことが、とても好き。
「待て黄瀬!いい加減にしないとお前が部室にため込んでいる雑誌全部燃やすぞ!」 「ひい!だめっすよー!あれは俺のお気に入りのやつなんすー宝物なんすー!」 「そもそも部室に置くなあんなもの!それに上柿がほめてくれた号を見せびらかしたいだけだろう!」
赤ちんが鬼の形相で黄瀬ちんを追いかけている。あー、黄瀬ちんも限界っぽいんだけどー、役に立たねーなあもう。ちょっとは持ちこたえてくれてもいいのに。
「峰ちん、黄瀬ちん多分もうアウト」 「しゃーねーなあのバカは!」 「標的交代よろしく〜」 「俺たちは適当にコースを回っているのだよ」
今回のことの主催は上柿ちんだ。発案者は別だけど〜。今日は赤ちん主将就任おめでとうパーティーを上柿ちんの家ですることになっている。だけど、そもそも主役の赤ちんは帰る時から自分だけ少し帰るのが遅くなるっていうたったそれだけのことで遠慮しようとするからもうほんと困った。あの変に遠慮する癖なんとかならないのかな。赤ちんは他人に迷惑をかけることをすっごく嫌がる、恐れるっていったほうが正しいかも。
「ねー、ミドチン」 「なんだ、紫原」
上柿ちんの家の周辺の事前に決めていたコースをミドチンと黄瀬ちんと一緒に走る。あ、黄瀬ちんはもう役に立たねーな。時間はあと3分だし峰ちんがアンカーかな。さっき上柿ちんに限界コールしてたみたいだし。俺もなんかさすがに疲れたしあとは峰ちんに任せよっと。それにしても赤ちん、4人対1人なのにタフすぎ、さすがすぎ。
「俺、やっぱ上柿ちん好きだわ〜」 「…何故それを俺に言うのだよ、本人に言え本人に」 「んー、まあたまにしか言わねーけど」 「俺も上柿っちのこと好きっすー!」 「わかったうるさい。いいから上柿の家へ行くぞ」
赤ちんは俺の初めての親友だった。規格外に背の高い俺、わがままでマイペースな俺、周囲に溶け込めず目立つばかりの俺。そんな俺を赤ちんはちゃんと認めてくれた、会った瞬間から今まで俺を一度も異質扱いしなかった。まあ赤ちんも十分凡人とかけ離れたひとだからってのもあったんだろうけど。初めて、同じ視点に立ってくれたひとだったから。
「俺は上柿っちといるととても落ち着くんす」 「まあ、解らなくはない。あいつにはそういう包容する雰囲気があるからな」
まさにそうだと思う。他人に対して不器用な赤ちんがあんなにほっとするのも、神経質なミドチンが気を許すのも、内と外を分ける黄瀬ちんが落ち着くのも、たぶんそういうことなんだと思う。黒ちんとか峰ちんとかも多分そうなんだろう。それはあの子の魅力で、俺のあの子の好きなところ。
「……笑えるようになったのも、そういうことなんだよね」
呟いた言葉は当人たちに届くことなくただ夏空の中に溶けていく。俺は親友が心配だった、ずっと。だっていつまで経っても気を許してくれなくて、頼ってもくれなくて、ましてやにこりとも笑ってくれねーんだもん。友達がいがなさすぎて、ほんとはすげえ寂しかった。それはミドチンも一緒だったと思う。だって、だってさ、なんでもひとりでこなして全部自分だけでうまく処理して、そして内容なんて関係なく全部完璧に遂行できるからこそ、厄介だったわけで。
――心配するな、俺にできないことはない。だから、大丈夫だ。
何でもかんでも自分で背負いこんで、そして背負い込んだすべてを完璧にこなし、勝利し、一番を獲得して。だからそんな赤ちんは、何でもできる赤ちんは、頼る・頼むってことをずっと知らなかった。それはきっと、そうすることはあの頃の赤ちんにとって完璧を欠くことであり、できないことを宣言するみたいで敗北に等しいものがあったんじゃないかと思う。
――赤ちん、赤ちんは「できること」と「やれること」の違いを分かってないよ。
「赤司に任せておけば大丈夫」みたいなこと、言ってたやつがいる。それが同級生だったのか先生の誰かだったのかは覚えてないけれど、できる赤ちんに何でも押し付けるやつがいたのは確か。だからいつも心配だった。がんばりすぎていないか、許容量を超えてはないかと。赤ちんはなんでも「できる」からこそできてしまうからこそ、可哀相だった。だってまるで、「できない」赤ちんに何の価値もないみたいじゃん、そんなの。そんなの、悲しいよ、寂しいよ。
――わたしさ、みんなはまるで「家族」みたいだなって、「家族」みたいな関係にもっとなりたいって、思ったんだよ。
「愛情」や「家族」というものを赤ちんは知らない。子どもが当たり前に受ける愛情も庇護も自由も何も与えられずに育った赤ちんは感情が極端に希薄で、「できない」ことは罪であるかのように「勝つ」ことで存在意義を保てるかのように。ただ自分だけが自分を守る存在で、たったひとりだけでずっと生きていくみたいで。
「だからさ、上柿ちんがみんなと「家族」みたいになりたいって言った時、俺めちゃくちゃうれしかったんだ」
厳しくも見守っていたミドチンが父親で、あったかい上柿ちんが母親で、俺が長男で、さっちんが明るい長女で、峰ちんがやんちゃな次男、赤ちんがかわいい三男、黒ちんが強かな四男で、黄瀬ちんがいじめられっ子な末っ子で。もしも俺らが「家族」みたいになれるなら、それはすげーすてきでしあわせなことだと思う。だって同級生の他人と「家族」みたいになれるなんて、そんな出会いはよっぽど珍しくて貴重なものだと思う。
「そうっすね!俺もなんかくすぐったくて、でもめちゃくちゃうれしかったっす!」 「…ああ、そうだな。そして、それはとても貴重で幸福なことなのだよ」
だから、だから、俺はそんなみんなと出会えてよかったと思ってるんだ。
――俺はお前たちと出会えて、本当にしあわせだ。
不器用で、愛され慣れていなくて、まだまだ知らなきゃいけないことのある弟の成長を仕方ねーからおとんとおかんと一緒に、にーちゃんは見守っていってやろうと思ってるんだ。だから楽しいとかうれしいとかそういう感情も、信じ頼るという強さも、少しずつでいいから知っていってね、受け入れていってね。
「さあ帰るぞ、俺たち『家族』の家へ。あいつらが俺たちの帰りを待っているのだよ」
だから、俺は上柿ちんのことがとても、とても好きなんだ。
*
「――ありがとう、みんな」
上柿ちんに抱きしめられながらそう言った赤ちんは今まで見たことがないくらい本当にうれしそうだった。あーあ、こん中で一番付き合いが長い俺だけど、あんな表情今まで見たことねーし。それなのに、上柿ってほんと不思議。あんな簡単にあんなふうに笑わせられるんだと思ったら、やっぱり上柿ちんのすごさを改めて思わされた。だから上柿ちんって好き。
『さあ、みんなお腹空いたでしょ。ご飯にしようか』
そういって微笑んだ上柿ちんは本当に母親みたいだった。ま、さすがに若すぎだけどねー。
「もー、まじ減りだしー!」 「まさか上柿っちの手料理っすか?!」 「げ!ま、まさかお前さつきレベルじゃねーだろうな!?」 「ちょっと大ちゃん!どういう意味?!」 「上柿は料理うまいぞ」 「ボクもいただいたことありますけど、おいしいですよね」 「何、それは楽しみなのだよ」
屍になりつつあった俺たちも回復してみんなで上柿ちんのご飯を楽しみに上柿ちんの家に入ろうとした時、一番後ろにいた上柿ちんが何故かしゅばっ!って効果音が付きそうなくらい俊敏な動きで先頭にいた俺の目の前立ちはだかる。何故か腕を組みながら超ドヤ顔。何それ、何そのひどいドヤ顔。テンション上げ上げモードの赤ちん並みのドヤ顔じゃん。
『待ちなさい、まだわが家にいれるわけにはいきません』 「はあ?何いってんだ上柿」 「つーか、なんっすかそのドヤ顔」 「赤司くんじゃあるまいに」 「なんか言ったか黒子」 「いえ、なにも」
じーっと俺が無言で見つめていたら、俺の後ろから峰ちんたちが覗き込んでやっぱりドヤ顔につっこんでた。っていうか黒ちん口に出しちゃだめ、それ地雷。
『うちでパーティーをするにあたって、いくつか決まり事があります』 「ドヤ顔についてはスルーなんだ」 「話が進まんから、とりあえずツッコミはあとだ」 「そ、そうだね。八重ちゃん、どういうこと?」
ん?あれー?「決まり事」とやらはさっちんも聞いてねーんだ。じゃあ一体どういうことなんだろう?上柿ちんの独断らしいし、とりあえず聞くしかないねー。あとツッコまれたのにまだドヤ顔続けんの?
『ひとつ、今日みんながこの家に入る時、みんなには「家族」になってもらいます』
あ、上柿ちん、ちょっと泣きそうな顔。
『ふたつ、そういうわけで今日わたしは「おかん」です』
――わたしさ、みんなはまるで「家族」みたいだなって、「家族」みたいな関係にもっとなりたいって、思ったんだよ。
『みっつ、なので今日はわたしは敢えてみんなことを「下の名前」で呼びます。あ、でもみんなは別にいつも通りでいいからね』
――そうか、「家族」ってこういうものなのか。こんなにも、
『よっつ、うちに入る時には必ず「ただいま」と言って入ってもらいます』
それは、俺の隣で泣きそうな顔してる「弟」がずっとほしかったものなんだよ、ねぇ上柿ちん?
『今夜だけだけど、わたしたちはひとつの「家族」です!!』
――こんなにも、やさしくて、あったかいものなんだな。
"Home, sweet home" 4 130228
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