※赤司と鬼ごっこをするお話
主犯:「次男の俺だぜひゃっほうっ!」



珍しくもバカみたいに上機嫌な赤司を緑間と上柿が挟んで、仲良く談笑する様子に俺とテツは顔を見合わせた。俺らの後ろを歩く黄瀬とさつきはくすくすきゃあきゃあ言い合っていた、相変わらず並ぶとより一層うぜぇなこいつら。コンビニに早く着きたい紫原はひとり大股で先頭を歩いていたが、先ほど上柿にもらった菓子を貪りながら最後尾にいる三人にちらりと視線を向けていたから、多分思っていることは同じなんだろーなァ。いや、むしろあるいは紫原が一番深く思いやっている。


「……分かってんのかねぇ」


こいつらがこんなにも心砕いていること、実際本人様は。


「多分、半分も分かっていないと思います」
「だろーなー。そういうのは鈍感だからな、あいつ」
「受け取り方が下手というより、ただ慣れていないだけなんでしょうね」
「……はは!ほーんと、そういう当たり前なことは全然ダメだよな、あいつ」


なんでもできるくせに、いつだって勝者であることを誇っているくせに、そんな当たり前のことをあいつはきっと学びとってこなかった。いや、あいつの場合、教えられなかったという方が正しいのか。そんな当たり前のことを、誰もあいつに教えてやらなかった。


「いいんだよ、それで。別に遅くなんてねーし、これから知っていけばいいんだからさ〜」


俺やテツに歩調を合わせた紫原は視線をこちらにくれることなく、前だけを見てそんな言葉をもらした。ああ、そうだな、そりゃそうだ。


「だから、赤ちんには上柿ちんが絶対必要なんだよ」
「そうですね、ボクもそう思います」
「……なるほど、な」


だから紫原はいつも赤司に上柿を譲るんだろう。本当は自分だって上柿が好きなくせにかまってほしいくせに、大体は赤司を優先させやがるんだ。時々、不自然なほどに。だが、それは緑間も同じこと。


「なんで、って顔してる」
「は、俺?」
「うん、峰ちんが」
「……お前時々変に鋭いのやめてくんね?」
「青峰くんもたまに確信つくので、ひとのこと言えないと思いますが」


そうか?お前の察しのよさや緑間の親心には負けると思うぜ?紫原が少しの沈黙のあとに、口に含んでいた菓子を全部咀嚼してから、ゆっくりと口を開きなんともあたたかな回答を示した。


「赤ちんはさ、俺の初めての親友だから」


そうやって笑う紫原に、俺とテツは視線を合わせて多分同じことを思う。初めてこいつらと会った時、まだテツも上柿も黄瀬もいなかった初めの頃、無表情で気味悪ぃ赤司と、それを守り支えようとするかのように常に傍らにいた紫原と緑間、最初俺はそれがすごく異質で奇妙で気味悪いと思っていた。だけど、いつからか上柿に出会った赤司からはそんな気味悪さは感じなくなったし、前に上柿が「家族みたいだ」とそう言った時、俺は謎が解けたようにすっきりしたもんだった。ああ、あの二人はずっと、赤司を心配していたんだなと。


「変な言い方ですが、赤司くんは今育て直しをされているんだと思います」
「そういや、緑間も同じようなこと言ってたな」
「子どものように笑ったり怒ったり、子どものように遊んだりふざけたり。難しいことを考えずに、当たり前にあるものを享受したりとか。たぶん上柿さんは赤司くんにそういうことを教えたいんだと、ボクは思っています」
「…ん、俺もそう思う。赤ちんは……「愛情」を、「家族」を知らないんだって、よく分からないんだって、前に言ってた」
「だから、だからボクらは上柿さんのいう「家族」を目指していこうじゃないですか、きっととてもすてきです」
「目指さなくても今の段階で、既に言われて違和感ねぇ域だけどな」


だから俺は仕方ねぇから協力してやろうと思う。上柿がおかんで、緑間がおとんで、さつきが姉とかなんか癪だけど、まあでも紫原がにーちゃんで、赤司やテツ、黄瀬が弟っつーのも悪くねェ。仕方ねぇから俺がにーちゃんやってやるよ。そんで、一緒にいたずらしたり、かわいがったりいじめたりしてやっから覚悟しろよ弟共、俺は容赦しねぇからな。俺は小さく口角を上げた。







「紫原、お前菓子を買いすぎなのだよ。帰ったらこれから夕飯だろう。こら、早速開けて食べるんじゃない!」


コンビニで両手いっぱいの菓子を買って抱えている紫原はかなりご機嫌であったが、緑間が親みてーな茶々入れるもんだから、ほれみろ、せっかくの上機嫌ががた落ちじゃねぇか。一気に不愉快そうな顔してやがる。


「ミドチン、うざい」
「うざいとはなんだ、うざいとは!俺はお前のために……!」
「そーいうのがうざいってわかんねーの?おバカ?」
『まあまあ、カッカしないのあなた』
「誰があなただ誰が!」
『紫原』
「……ん」
『わたし、今日がんばったから、できたら、さ?』
「ん、分かってる、これだけだから〜」


上柿には素直に忠告を聞くのは相変わらずだな、まあ緑間の言い方がうぜぇのもあるんだろうけど。そんな三人の様子を何故か眩しそうに惚けて眺める赤司が傍らにいた。まあ、多分その頭の中にあるのはただひとつ、羨望なんだろうけど?


「赤司」
「なんだ、青峰」
「お前はなに買ったの?」
「緑茶とミントガム」
「おっさんか」
「お前のおっさんのイメージはどうなってるんだ」
「コーヒーじゃねーんだな」
「夜だからな」
「ふーん」


そういってカバンの中に財布を入れようとする赤司を見て、ぴこーん!となんかのセンサーが反応する。ははっ!これだ、これだよ!どうやって誘い込もうかと思ったが、これ案外妙案じゃね?俺、さすが。俺、天才!


「あ、赤司〜、お前の財布かっけぇよなあ、ちょっと見せてくんね〜?」
「は?なんだいきなり。様子が変だな、何を企んでいる?」
「い!いや?別にぃ?ちょっと見てみてぇだけで〜」


うがあああ!さすが赤司か!なんでそんな警戒心バリバリなんだよおおお!!バカがあ!いいじゃん、ちょっと見せてくれたって!


「あ!青峰っち、前新しい財布ほしいって言ってたっすもんね!赤司っちみたいな黒いの!」


ナイス黄瀬ェェ!しかも超ナチュラル!意外と演技とかもうめぇよなお前。ほめてやるぞ駄犬。だがそのばちん☆って効果音付きそうな気色悪いウィンクはいらねぇわクズ!!


「そうか。……まあ、いいだろう。ほら」
「お、おう、さんきゅ〜」
「かっこいいっすよね!赤司っちの財布、どれくらいしたか聞いていいっすか?」
「ん?確か、これくらいだったか」
「え!」
「は!」


そうして指で示された数字といかにも高級感溢れる革の財布を抱えて俺は戦慄が走った。お、おいおい!これこんな高ェの!?そんな高ェの中学生が持つもんじゃねぇだろどう考えても!!いいとこのボンボンェ……金持ち乙。


「っふ!もーらったー!!」
「は?」
「行くぞ、黄瀬ェ!」
「は、はいっす!青峰っち!!」


奪った財布は未だ俺の手の中、そのまま強奪して走り去ればさすがの赤司も少し惚けていたみてぇだがすぐに眉間にしわを寄せていた。だがそのあとの表情は早々に走り去った俺には見えていない。つーか本気で逃げねぇと捕まったらまじこわい制裁が待ってるからな!ほんとこえーんだからな!!目的を達するまでは捕まるわけにはいかねぇんだよ俺らは!赤司が今いかに恐ろしい表情を浮かべているかはとてもじゃねぇが、後ろを振り返って確認するなんてことはできねぇ。恐怖で失速したくねぇし!スタミナはともかく走るスピードは一番赤司が早いからな!捕まったら命はねぇぞ俺!!







「緑間っちと紫っち!スタートっすよー!」
「はあ、めんどくせー」
「よりによって何故鬼ごっこなのか、もっとましな方法は思い付けなかったのか」
「愚痴はあとで聞くから、とにかく早くあの二人追っかけて青峰っち助けないと、すぐ捕まっちゃうっすよ!!」


重い腰を上げる二人を急かす黄瀬は青峰が心配なのか少し涙目だった。まあもしも青峰が捕まっちゃったら、その鬱憤の矛先は真っ先に黄瀬にやってくるってのもあるんだろうけど。でも黄瀬はきっとそんなんあれこれ考えてなくて、ただ単純に青峰が心配なんだろうな。


「では皆さん、15分後に」
「がんばって逃げてね!失敗しないでよー?!」
「うす、じゃあまたあとで!!」
「上柿ちん、俺がんばるからあとでご褒美ちょうだいね〜」
「ちゃんと首尾よくやるから心配はいらないのだよ」


そういって微笑む三人を黒子とさつきと見送った。まあ、青峰一人ならともかく4人対1人の鬼ごっこ、制限時間は15分だからいくら赤司といえどもなかなか財布を奪い返すのは難しいだろう。ただ財布なんだから丁重に扱わないとダメだからな、みんな分かっていると思うけど。


『うちで待ってるからね、必ず成功させような!』


わたしの言葉に、走り去った三人は振り返りはしないものの、それぞれの手の振り方にさつきと黒子と笑った。さて、わたしたちはわたしたちのやるべきことをしようか。あの子たちが帰ってくるまで。


――笑顔で「おかえり」を言う準備をして、わが家で待ってるよ。




"Home, sweet home" 2
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