※あの子が双子を甘やかすお話 犯人:『だって、バカみたいにかわいいんだもの』
『ツンデレ乙』 『6人の子持ち乙』
それは、ある日の昼休みのことだった。緑間が机の上に置いていた数学のプリント、ちょうどその時持ち主は席を外していた。そして偶然居合わせた赤司と黒子は顔を見合わせ、いたずら心を見事にシンクロさせた二人は、お互いの視線を交えてにやりと笑った。
「赤司黒子おんどりゃああああ!!!」
そうして、いつもの悪ノリのテンションで双子はプリントにそれぞれ冒頭の文章を落書きし、そんな現場を幸か不幸か押さえた緑間が鬼の形相で憤怒の感情を露わにした。残念ながら、冒頭の言葉をしっかりと落書きされたあとのことではあったが。ただ、やさしさなのか単なる偶然なのかちゃんと消しゴムで消すことのできるシャーペンで書かれていたことは、ある意味不幸中の幸いといったところだろう。
「はは!緑間がキレたぞ!」 「ふふ!逃げますよ赤司くん!」 「ああ、行くぞ黒子!」 「はい、赤司くん!」 「待てこのクソガキ共!!!!」
そして、スタートしたお昼休みの追いかけっこ。その後、いたずらっ子二人は、自分のクラスで午後の微睡という迫りくる眠気に打ち勝とうとひとり戦っていたわたしの元にやってきて、至極楽しそうな表情でなんだか眩しいくらいだった。あー、もう、なんなのよ、あんたら。ほんと無邪気っつーか、若いっていいですねえ。
「というわけで、上柿!」 「というわけで、上柿さん!」 「庇ってくれ、般若緑間から逃げているんだ」 「匿ってください、鬼の緑間くんが追ってきているんです」 『はあ?あんたら今度はなにしたのよ』 「ふふ、ちょっといたずらを、な」 「ちょっとからかっただけですよ」
そうして事情を一通り説明してくれたのはいいけれど、ツンデレはともかく6人の子持ち、ねえ。わたしの考えた疑似家族設定をいつだったかみんなに話したとき、なにやらみんな無性に納得してくれて、さつきも「それすてきだね!」と賛同してくれたんだったなあ。ただ、わたしと緑間が夫婦ということにはなにやら不満げなやつらも何人かいたけど、でも別にわたしがおかんポジにあることに不満があるわけじゃないらしいからな。うん、相変わらずよくわからんやつらだ。
『はあ、あんたら本当仲いいな』 「なかなか緑間の形相はおもしろかったな黒子」 「はい、写真に収められなかったのは残念ですね」 「はは!そうだな、勿体ないことをした」 『…楽しそうで、何よりだわ』
本当に、なによりだよ。赤司が笑うのを見て、わたしと黒子は少し瞠目しつつ視線を合わせて、それからお互いに笑った。ああ、本当に楽しそうでなによりね。
「ああ、こんな子どもみたいなことをしたのは初めてだ!なかなか、案外楽しいものなんだな」 「…ならよかったです。ボクもなかなかに楽しかったですよ、赤司くん」
そんな赤司に黒子はほっとしたような顔で微笑む。だけど、わたしはそんな黒子の表情にも、ほっとしているんだよ。あんたは、きっとそのことには気づいていないんでしょうけど。
*
それから、緑間が追ってくることに気付いた二人は、わたしに笑いながらお礼を言った後また仲良くどこかへ行ってしまった。次は、紫原のところにでもいくのかな。紫原はいつでも、あの二人、特に赤司の味方なのだ。そして、そのあとはきっと青峰と黄瀬のところで、青峰にはいたずらのことを無邪気に語って、「なんで俺も混ぜねーんだよオイ!」とか言われて次のいたずら計画を立てるかもしれない、あるいは末っ子黄瀬を仲良くいじめるのかもしれないね。
「上柿、赤司と黒子は」 『もう行ったよー、ちょっと遅かったね』 「…そうか」
やっと到着した緑間は乱れた呼吸を整えながら、現在は空席であるわたしの前の席の椅子に腰を掛けて、眉間にしわを寄せつつため息をひとつ、零した。
「どうせ、今は紫原のところだろうがな」 『だろうねえ。でも、いいのか?もう』
緑間は少し逡巡したのだろうか、少しだけ沈黙を示したのちメガネをくいっと上げながら、少しだけ困ったように笑った。
「まあ、……仕方ないだろう、あんな子どもみたいな表情を見せられて許さないほうが無理だ」
ああ、きっと近くで見ていたんだろう。いたずらをしている二人の楽しそうな表情も、わたしの元にやって来て浮かべた無邪気な表情も、たぶんどちらも。次に紫原のところへ行くだろうと予想していた緑間が、双子が一番にここにやって来ることを予想していなかったはずがない。それに赤司はともかく黒子の足で、追いかけてくる緑間を振り切り、かつ逃げ出すまでの猶予があるほど緑間を引き離すことはまずありえないだろう。ああ、本当に、あんたは。
『ふふ、そうか、やさしいね、おとん?』 「やかましい、誰がおとんなのだよ」
そのやさしさは、本当にバカみたいにあたたかいね。
『不器用な赤司と壁があった黒子ね。今はもうすっかり楽しそうでよかったよねえ』 「……そうだな」
――俺は、「愛情」というものを知らない。
かつて、わたしが出会ったばかりの赤司はあまりにも頑なだった。にこりとも笑わない表情の乏しい人形みたいなやつだった。誰かに心を開くこともできず、誰も信じず誰も頼ろうとしないみたいに。だからひとを愛することなどない、ましてや自分は愛される資格なんてないんだというように。まるで自分一人だけで生きているみたいに。
『それはやっぱり、あんたたちが心を砕いているおかげなんじゃないかな』 「…そうだな、そうかもしれない。紫原も赤司のことを心配していたのだよ、ずっと」 『黒子のことも、時々青峰は距離を測りかねていたよなあ』
――ボクは、「影」でしかないのでしょうか。
いつか、黒子が小さくもらした言葉は悲しいほど切なかった。黒子が自分の運命を割り切るまで、どれほどの時間を要したのかを私は知らない。黒子はいつだって弱みを隠そうとするから。消えてしまいそうな儚い言葉に、祈りを託すように呟くだけ。だから、わたしはせめてあいつの言葉をいつだって掬い上げてやりたいと思ったんだ。
『……わたしね、あんたらのそんな友情がうらやましいわー。いいなあ、あんたたちは』 「何を言っているのだよ、俺こそお前がうらやましいのだよ」 『え?うそ、一体どこが?わたしは、何もしていないと思うけど』
だって、だってさー。わたしは見守っていただけ、見ていただけ。ただ、それだけだもの。コートの中で一緒に戦うことはできない、同じ立ち位置に立つことはできない。だから、ただいつか折れてしまったとき一番に気付いてあげられるように、見守っていただけにすぎない。そんなわたしの考えを感じ取ったのか、顔をゆがめた緑間はため息をつきながら、わたしの頭を勢いよくぺしりと叩いた。ちょ、おい、DVですかおとん。
「バカか、お前は」 『はい、バカですが』 「バカだバカだと思っていたが、ここまでとはな。口にしないと解らないほど暗愚とは思わなかったのだよ」 『なにそれひどい』 「俺たちだって結局は何も変えることはできなかった、ただ見守り、手助けしてやることくらいしかできなかった」 『…でも、そんなあんたらのやさしさに、ちゃんと赤司も気づいていたと思うけど』 「そうだな、そうだといい。だが、やはりあいつを変えたのは、お前だ。お前に出会って初めて、赤司は心動かされたんだ」
いつか紫原が泣きそうな顔で微笑んでいた時のこと。
――上柿ちんがね、人形だった赤ちんをちゃんと人間にしてくれたんだよ。
いつか青峰が羨ましそうに目を細めていた時のこと。
――テツが吹っ切れたのは、たぶんお前がいたからなんだろうな。
ああ、そうだといい。ただ、わたしの存在がみんなの力になるのなら。
「あいつらのあの空虚な瞳にきらめきを与えたのはやはりお前なのだよ、上柿」
頑なで不器用なあんたたちがやわらかく子どもみたいに笑えるように、時々は我慢することなく弱みをさらして泣けるように。
『…わたし?』 「ああ、だがそれは他のやつらにも言えることだ。…あいつらは本当にバカみたいに頑なところがそれぞれあるから」 『そうだね、そうかも』 「だから、どうかあいつらの傍にこれからもいてやってくれ」 『……緑間』
そういって目じりを下げて笑う緑間の表情はひどくやさしい。ふふ、本当に親みたいなこというなあ。毎日毎日、いたずらされたりして怒らされて、ハチャメチャなあいつらに胃痛や頭痛を催されながらも、やっぱり心配で心配でたまらなくて、やさしく傍で見守っているね。ツンデレで時々ひどく分かりづらいけれど、友達思いの緑間のやさしさを、ちゃんとわたしは知っている。
「お前の存在そのものが、あいつらにとっての光だ」
だからわたしは、そんなあんたたちがとてもいとおしい。
her motherhood 130227
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