『一番付き合ってるのが想像できるのはね?』
きみは知らない。俺は未だきみと遠い。俺が一番みんなの中で仲良くなって日が浅くて、そうしていつも一緒にいる親友の青峰っちとか、うまく立ち回って一番近くにいようとする赤司っちや黒子っちよりも、ずっと俺は遠いんだ。手を伸ばしても、あまりにもみんなが強敵すぎるし、あるいはきみは気付いてすらくれないんだ。くすぶり続けているこの強い思いを。焦がれれば焦がれるほど、思いは増すばかり。
『やっぱり、青峰かなって思うな』
――どうして、きみはいつも俺だけのものにはなってくれないんだろう。
「えええええええ?大ちゃんなの!?」 『うん、やっぱ一番付き合いが長いから、よく知ってるしね』 「…やっぱり、そうなんだ?」 『うん?まあ、なんとなくだよ?一番隣りにいるのが想像できるかなってことだけよ?』 「八重ちゃんと大ちゃんが……!!!!」 『おい?さつき?さつきちゃん?ひとの話聞いてる?』
そのあとの八重っちの弁明なんて耳に入らなかった。これは、仮の話だ。もしも、の絵空事のお話。決して彼女が青峰っちを好きなわけではない。それでも、いや、むしろだからこそ俺はショックだった。きみが一番親しい人物として思い浮かべるのはやっぱり、青峰っちなんすね。ざわざわと胸が波立つこのわだかまりは、嫉妬というよりも悔しいという気持ちのほうが、正直強い。ああ、俺の隣りでうれしくも戸惑い、眉間にしわを寄せて彼女の言葉を懸命に咀嚼しようとしているこのひとに、苛立ちと憎しみしかわいてこないっす。
「黒子」 「はい、赤司くん」
あーあ、俺、知らない。今日の被害者は、あんたっすね?青峰っち。双子がタッグを組んだようです。ご愁傷さまー!
「…さて、俺の言いたいことは分かるか?青峰」 「げ!あ、赤司、なにキレてんだよ…?落ち着け頼むから!!!」 「往生際が悪いですね、抵抗はしない方が身のためです」 「テツゥーー!!!お前まで俺を売るのか相棒?!」 「さて?相棒を裏切ってはいけないのはなぜでしょうか?むしろ、ボクはキミに裏切られた心境ですが?」 「そういうわけだ、青峰。俺たちのために謹んで塵と化してくれ」 「塵?!!」
いつも俺ってこんな立場なんだなーと冷静に観察しつつ、微妙な心境になりながら既に冷や汗だらだらな青峰っちに心の中で合掌をした。ああ、哀れ、青峰っち。
「黄瀬ェエエ!助けろオイ!!!」 「えー?いやあ、お断りっすわあ。こうなった二人を一番敵に回したくないのをよく知ってんの俺だし。ていうか、俺も結構ぷんぷんっすからね?!」 「きめえええ!しね!」 「失礼な。ていうか、逃げても無駄だと思うッスけど」 「そのとおりだ、本気で俺から逃げられると思うのか?」 「キミの考えはボクにはお見通しですよ」
そうして立ち上がり逃げ出そうとした青峰っちの正面に赤司っちが先回りし、背後には黒子っちが既に立っていて、ついに完全に退路を断たれた青峰っちはその顔を真っ青に染め上げた。あ、でも、青峰っち色黒だからあんまワカンネーっすわ。そうして赤司っちが青峰っちにアンクルブレイクの要領で、器用に床に転ばせたかと思うとさらに青峰っちの肩を押して床に背中までつかせていた。ああ、こっちサイドに立つのも悪くないっすねえ。いじめられるよりも、いじめるほうがやはり俺の性格には合ってるっすわ。
「黄瀬くん」 「はいっす、黒子っち!」
まあ、つってもこの二人の前じゃどうあっても従うのが一番無難な方法なんすけどね!!
「て、てめ!!離せ、黄瀬ェ!のんきにテツに顎で使われてんじゃねーよ!プライドねぇのかてめぇは!!?」 「いやいや?そりゃ俺にだってなけなしのプライドくらいあるっすよ?でもさあ、正直そんなもんより命の方が大事っしょ?青峰っち、今回は残念だと思って諦めてくださいっす!!!」 「き、黄瀬ぇええ!!!」 「よし、よくやった黄瀬。そのまま青峰を抑えていろ」
床に背中を押し付ける形で仰向けにさせられている青峰っちの肩を押さえてしまえば、そう簡単に起き上がることはできない。どんどん顔色を悪くしていく青峰っちを見て、俺は口角が上がるのを感じた。ざまーねっすわー。そしてそんな俺にすら気づかない青峰っちは、ただ上から見下ろしてくる赤司っちに恐怖の視線を投げかけていた。
「…仕方ないですね、今回はキミに譲りましょう赤司くん。ボクは青峰くんが暴れないように足首抑えてますね」 「ああ、助かる、黒子」 「いえ?そういえば、こんなところにボールがありますけど使います?」 「ふふ、ありがたく使わせてもらおう」
いやあ、やっぱ怖いッスねえ〜。あのコンビ。ボール、しかもバスケットボールとか絶対痛いことになるじゃないっすかあ。それを笑顔でやり取りするあの二人がやっぱ一番こえーっすわ。ああ、今回は俺、泣かずにすんでよかったです。
「お前の知っているように、俺は今まであらゆることで負けたことがないし、だから俺はあらゆることで常に勝者だった」 「……ひっ!!!お、おい赤司!!?」
青峰っちをまたいで立っている赤司っちは、なんと黒子っちから受け取ったボールでドリブルを始めた。ダーンッ、ダーンッ!となんとも恐ろしい音が響く。身体スレスレで突かれているため、いつそのボールが自分に落ちてくるかと青峰っちは尋常じゃなくビビっていた。いやいや、これは雰囲気的にただ肩を押さえている俺でもこえーっすわ。何故か無意味に笑顔なのも余計に恐怖心を煽るし、しかも規則的なボールの音がやけに心臓に響く。
「青峰」 「な!なんだよ!!?」 「さて?無知蒙昧なお前にひとつ、俺が知恵を授けてやろう」
そう言って、にやりと笑う赤司っちはやばいくらい怖かった。さすがにびびってて、抵抗しないだろうと踏んだ俺は、青峰っちの肩から手を引いて、少し二人から距離をとった。
「司馬遷の『史記』にこんな言葉がある」 「…は、はあ?っていうか、ドリブルすんのやめろ!!!オイ!」 「――先んずれば則ち人を制し、後るれば則ち人の制する所と為る」
俺が肩を離したため、起き上がりはしなかったものの、肘をついてすこし上体を起こそうとしていた青峰っちだったが、俺が避けたためにがら空きになった青峰っちの肩、いや顔面スレスレのところに赤司っちがボールを強い力で突いた。そして、それにびびったために力が抜けている青峰っちの肩を踏んで(たぶんそんな体重はかけてないと思うッスけど、……たぶん)、赤司っちはさらにこう続けた。
「つまり、何事も人より一歩先に事を行えば有利であるが、逆に後れると不利になってしまう。常に先手先手を考えて早めに手を打つことが大切であると説いた言葉だ。俺はこれを信条のひとつとして、今まで人生を勝ち抜いてきた」 「ひとを足蹴にして笑ってんなよこのドSが!!!」 「俺が何を言いたいか、分かるか青峰?」 「いいから、分かったからそこどけろよ赤司ィイイ」
ああ、やっぱ、このひとを迂闊に敵に回すもんじゃねーっすわあ。
「――つまり、俺の障害になり得る者は、何人たりとも早々に抹殺するに限るということだ」
ひっ!!!と青峰っちが息を飲み、ついに目を瞑って来たるべき衝撃に備え、またとにかく黙って見守っていた俺や黒子っちの緊張と高揚が最高潮に達したちょうどそのときだった。…あーあ、ほっとしたような残念なような。
『さっきから何やってんのさ、あんたら』
ついに制裁を加えようとしていた赤司っちもぴたりと動きを止めた。少しして、肩の力を抜くように小さくため息を吐くと、ようやく青峰っちから離れて上柿っちのほうへと近づき、彼女と視線を合わせた。
「いや?なんでもないさ。少し、じゃれ合いをね?」 『いやいや、青峰の悲鳴が聞こえてましたけど』 「だ、大ちゃん、生きてる?」 「なんでもないですよ、少し遊びすぎただけです」 「おめえらの少しは行きすぎだバァカ!!!」 「むしろ、俺がいっつもこんな感じなんすけど」
命がいくつあってもこんなん足りねーわ、とげっそりとした面持ちでため息を吐く青峰っちに、なんだか普段の自分を見たようで少し同情する。ねー?あの二人、まじこえーっしょ?
『ほら、赤司、もう休憩終わりだよ』 「ああ、そうか」 『ほら、がんばってな』 「ありがとう、お前がそういってくれるなら世界征服さえやってみせよう」 『世界征服よりも、練習に精を出してくれよ』 「っふ、冗談だ」 『ほら、黒子ももう復活したでしょ?がんばって』 「はい、応援してくれるキミのためにもがんばりますね」 『はいはい、いい笑顔どうもー』 「て、テツくん!!がんばってね!」 「はい、ありがとうございます、桃井さん」
そうやって、赤司っちと黒子っちに微笑みかける上柿っちの瞳はとてもやさしい。青峰っちにはぴしりと頭を叩いて叱咤していたけど、それでも二人の信頼しているような豊かな表情に、俺は胸が焼け付く。――ああ、やっぱりまだ遠いなあ。
『あ、黄瀬』 「え?なんすか?」 『今日さ、練習終わったら暇?』 「え?…特に予定は、ないっすけど」 『この前あんた言ってたアーティストのCD買いたいから、一緒に付いてきてくれない?』
俺ときみはまだ、一番付き合いが浅くて、その距離は他のみんなに比べるとやっぱり遠い。それは仕方のないことで、当たり前のことだ。だけど、それはこれからゆっくりと近づいていけばいい、知っていけばいいんだ。付き合いが浅い?距離がある?そんなの言い訳にもなりゃしないっす。敵は多く、ハンデもあるけれど、それを乗り越えられないほど俺はヤワじゃないし、俺のきもちは他の誰にも負けるつもりはないっす。それこそ、赤司っちや黒子っち、青峰っちにだって!きみを一番好きなのは、俺。それだけは絶対に、負けないし譲れないっすよ!
「もちろんっすよ!!!」
続・あゝ、慕情 130226 「きみを一番好きなのは、絶対絶対ぜったああい!!!俺っすよー!!」 『分かったから、犬のごとく飛びついてくるのをやめなさい』
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