※桃井とあの子の恋バナを盗み聞きするお話
主犯:「俺っすよー!!」



『え?好きなひと?』


休日の一日練のある日、やっとこさ休憩をもらえて舞台下のところにもたれてだるるーっとなっていたとき、ふと壇上で休んでいるマネージャー二人の話声が聞こえてきた。はっ!!これはまさか恋・バ・ナ!「そーなのー!もう本当に男前だと思わない?!」と桃っちが声を落としているつもりなんだろうけど全く抑えきれていない声量で黄色い声をあげた。そんな様子に上柿っちが苦笑いを浮かべているらしい、そんな様子が手にとるように想像できた。


「顔、きもいぞ黄瀬」
「わあああ!青峰っち!!しーっ!!!」


ちょっと!あのふたりにばれたらどうしてくれるんっすかー!!!ていうか、こんなにイケメンな俺に向かってきもいとか!!!!正直、顔がきもいとか一生俺に縁のない言葉っすよ!…ぎゃあ!ちょ、なんで殴るんすか青峰っちのバカー!全く乱暴なんすからほんとに!!ていうかそんなことはどうでもいい。今は上柿っちのことだ。とりあえず青峰っちの失礼すぎる発言はおいといて、人差し指を立てて静かにするように動作で促したけど、そんな俺に青峰っちの横で俺以上にだるるるううぅぅと疲れ切っている黒子っちが「……黄瀬くんがいちばんうっさいです、……しね」と小さい声で呟いた。しね?!今しねって言ったよこのひと!!!


「黒子っちが疲労で更に冷酷に……!」
「なんなんだよ、お前」
「それで?何がしたいんですかキミは」


小さくため息をつきつつも、体育館の床に寝転がるお疲れモードの黒子っちは俺に視線を向けて問いかけた。


「今、舞台上に桃っちと上柿っちがいるみたいなんすけど、どうやら恋バナしてるみたいッス!!!」


と、俺が二人には聞こえないように慎重に声量を落としつつそういうと、隣に座っていた青峰っちは「ハア?」と顔を怪訝そうに歪めた。一方、俺を挟んで青峰っちとは反対側でダウンしている黒子っちは特に何も言わなかったが、何やらぴくりと小さく反応を見せていた。


「だから、どうだっつーんだよ?」
「え!青峰っちは気になんねーんすか!?」
「どうでもいいだろ、そんなもん」
「……上柿さんの、好きなひと」


黒子っちが小さく呟く声は、耳を澄まさなければ聞こえないほどほんとうに小さくて、あるいは体育館の喧騒にまぎれて聞き逃していたかもしれないほどのものだった。だけど、そのことばだからこそなのか、もしくは単なる偶然にすぎないのかは俺にもよく分からないけれど、隣にいる俺にも、そしてたぶん青峰っちにもそのことばはしっかりと届いた。


「キミは、それが気になって仕方ないんでしょう」


そうっす、そうなんです。はは、やっぱり黒子っちは何でもお見通しなんだなあ。そういうひとの感情に殊に聡いところは本当にあの赤司っちにも勝るとも劣らない。苦笑するしかないっすね。


「あわよくば、聞こえないかなーなんてね!!」


そんなふうに困り顔で笑う俺を横目でちらりと見た青峰っちは眉間にしわを寄せていた。どうせ、くだんねーとか言うんでしょうけどねえ。だけど、口ではそう言いつつも、あんたが本当は彼女が気になって仕方ないってこと、俺知ってるっすよ。いや、俺だけじゃない。きっと彼女以外のみんな、それは知っていることなんだろうなあ。


「…お前、しょうもねーこと考え付く天才だよな、黄瀬」
「は?どういう意味っすかー!」
「そのまんまの意味だっつーの」
「ちょっと、二人とも静かにしてくれませんか。盗み聞きする気はあるんですか、その口縫い付けますよ」


えええ?なに急に元気になってるんすか黒子っちー!!…きっと、男前だ男前だと黒子っちを賞している上柿っちは知らないんだろうなあ。きみのとこになるとそんな黒子っちは手段を選ばないし、ある意味とても賢しいってこと。まあ、それを言うなら赤司っちもかなりあざといっすよね、上柿っちに構ってもらうためなら本当にどんなことも厭わないすからね。そして、そんな二人のぶつかり合いは本当に恐ろしく凄まじい。そして、そんな争いになぜか巻き込まれる俺。何故か二人にいじめられるばかりの俺。そんなわけで、俺はいつも黒子っちと赤司っちには絶対に絶対に逆らえないというなんとも悲しい上下関係が出来上がってるんすよねえ。……はあああ。


「…テツ、最近まじでこえーよな」
「…正直、赤司っち並みに敵に回したくないっす」
「…そうだな」
「何か言いました?」
「呼んだか?」


おいいいいい!!!なんかやって来ちゃったよ!赤いひとがなんか寄って来ちゃったよ!勘弁してほしいんすけど……ケンカし出したらし出したで、なぜかこの二人俺を巻き込むくせに、タッグ組んだら組んだで、なぜか俺を標的にいじめてくるんだからほんとうに赤司っち黒子っちが揃うと碌なことがねーんすけど。……俺、今日は泣かずにすむといいなあ。


「今、ちょっと盗聴しているところです」
「ほう、なんだ、おもしろそうだな」
「キミにとっても興味深いことですから、とりあえずこちらに座って耳を澄ましてみてください」
「ああ、そうするとしよう」


そうして、なぜか赤司っちも加わることになり、上手(かみて)から赤司っち、黒子っち、俺、青峰っちの順で仲良く座って、女の子たちの会話を盗み聞くという珍妙な状況になってしまった。いや、言いだしっぺは俺っすけどね。ちなみに、今の今までずっと桃っちが喋り続けていたため、上柿っちは相槌くらいしか言葉を発しておらず、俺たちの気になる情報というのは未だ皆無である。……というか、赤司っちもあの言葉少ない説明でよく加わる気になったすよね?だって、事情説明のワードが「盗聴」っすよ。黒子っちとは悪巧み関係では本当に通じ合うのどうなんすかね。悪ノリの波長が一番合うんでしょうけど。ていうか、黒子っち最近ほんと悪ノリしかしてない。


「そういえば、八重ちゃんは好きなひといないの?」


きたあああああ!!!桃っちグッジョブ!!俺が脳内でテンション上げている一方で、並んで座っている他の三人もそれぞれ反応を見せていた。横の青峰っちは何故か顔を強張らせてそわそわしているし、反対側の黒子っちはなにやら黒い笑顔で笑っているし、そしてその向こうの赤司っちはやっと合点がいったのか「ふぅん?」と楽しそうにしていた。


『わたし?』
「ほら、たとえば部活の中でとか!誰かいないの?」
『そうだねー』
「あ!まさかテツくん?!」
『え?』


「ちちちちちがうよね?!八重ちゃん!!」と桃っちが問いただしていて、名前を挙げられた黒子っちは神妙な顔をしていて、横から睨んでくる赤司っちを睨み返しているようだった。こええええぇぇぇよ、ここの無言の攻防!!俺は逆側に座っているので、半分は推測っすけどね。


『違うけど』
「じゃ、じゃあ!!赤司くんとか?!結構仲いいよね?」
『は、赤司?』


いやいや、何でさっきから絶対零度の空気が代わる代わる流れてくるんすか!!!俺と青峰っちがさっきから盗み聞きどころじゃなくなってるんすけど?!


『…赤司は、ないなあ』
「え!!!うそ!じゃあ、誰?!」
『あのさ、さつき。そもそも私好きなひといないんだけど?』
「えええええ?!そうだったの?」
『うん』
「じゃあ、じゃあ!八重ちゃんってどんなひとが好きなの?」
『え?うーん』


……うっわあああ。微妙な空気流れてるー。赤司っちは「ない」と上柿っちが口にした後、黒子っちの勝ち誇った空気と赤司っちの絶句しつつも怒りを纏う空気が同時に流れ出していて、俺と青峰っちはただ余計なとばっちりを受けないようとにかく黙っていることしかできなかった。ほんとこわいっす、この二人の静かなケンカは、ほんとに。


『ただ、結婚するなら緑間がいいなあとは思うけどなー』
「え、ミドリン!!?」
『うん』


緑間っち今席はずしててよかったすねー!!!この場にいたら赤司っちと黒子っちにリンチされてるっすよ。この二人組むとほんとこわいんすからね、俺が言うんだからまじっすからね、大まじっすからね。


「…じゃ、じゃあさ、付き合うなら誰が良いの?」
『え?』


桃っちの、そんな問いかけにしばらく答えはなかった。もしかして、上柿っち、悩んでいるのかな。近さでいうなら、赤司っちや黒子っち、青峰っちには俺は決して勝てない。だけど、だけど、もしもの話でもいいからさ?その答えが「俺」だったらいいのにって思うのはそんなにだめなことだろうか。今はまだ、赤司っちや黒子っちには全然敵わないけど。


『…そうだなあ、あんま考えたことなかったんだけど』
「うん?」
『もしも誰かと付き合うとして、一番付き合ってるのが想像できるのはね?」


――その答えを、どうか。




あゝ、慕情
130225
だって気になるお年頃