黄瀬くんが一軍に昇格してから一週間とちょっと、二軍の練習試合に同伴した日から黄瀬くんから「黒子っち」と呼ばれるようになったが、その不可解な呼び名にもようやく慣れてきた頃のこと。


「あああ!もう外周まじしんどいッスー!!!」


黄瀬くんはそういってダウンしたが、ここにキミよりももっと死にそうになっているひとがいるんですが。今日も今日とて、さすが強豪校といった血反吐吐くような厳しい練習についていくのが精いっぱいなボクだが、さすがに入ってきたばかりの黄瀬くんもいまだに慣れていないようだった。そりゃまあ、どれほどセンスがあるといっても体力や筋力とか基礎能力はこれから身に着けていくしかないわけで。


「まあ、でも……そのうち慣れますよ」
「うわあああ!黒子っちが死にそう!」
「そんな元気あるなら、……まだ大丈夫そうですねキミは」


こちとら息も絶え絶えで本当に意識が飛びそうなんですけど、まだまだゆとりがありそうでいいですねキミは。ボクなんて一軍入ってもうすでに数か月なのにこの鬼メニューにいまだに慣れないでいるというのに。ああ、本当に嫌になる。しんどい。


『黒子ー。大丈夫?ほい、ドリンクとタオルー』
「上柿さん、…ありがとうございます」
『おらよ、黄瀬にも』
「え!なんか俺の扱い雑じゃないすか?!」
『……気のせいじゃね』
「気のせいですよ、いちいち喚かないでください…」
「死にそうなのに目だけは蔑みに満ちてるっすよ黒子っち…!」


黄瀬くんは本当に扱いやすいですね。最初はかなり馬鹿にされていたようですが、この前に練習試合を機にどうやら認められたらしく何故か青峰くんの次にまとわりつかれる毎日です。でもまあ、今までにないタイプで本当にいじりがいがあるなあなんて、ボクと上柿さん、そして赤司くんと三人でくすくす笑い合ったのは記憶に新しい。「お前ら三人が笑うとかまじ怖いからやめろ、ドSトリオが」と青峰くんに悄然とされましたが一体なんのことでしょうかね?まったくボクには分かりませんね。


『でも黄瀬も馴染めたみたいでよかったね』
「っす!あ、でも赤司っちに目が合うとにやりと笑われるんすけど、あれ何なんすか…!?」
『…あー。黄瀬、覚悟した方がいいね。赤司の悪ノリはもはや凶器よ』
「えっ、凶器!??」
「黄瀬くん…世の中には知らないほうがいいこともあるんですよ…?」
「何なんすか二人ともー!!!」


黄瀬くんがキャンキャン吠える様はまさに犬のようですね。どうやら上柿さんも同じことを思ったようで、黄瀬くんの頭をワシャワシャと撫でまわしていました。とはいっても身長差がかなりあるので背伸びして爪先立ちで、ですけど。上柿さん、かわいすぎです。


「上柿に頭を撫でられるなど、いいご身分だな黄瀬?」


あ、ラスボスがやって来ちゃいました。


『ちょっと、赤司、離してよ』
「だが断る」
『…まあ、赤司が楽しいならそれでいいわ』


上柿さん、そこは抵抗しましょうよ…。赤司くんは今までにないほど生き生きした満面の表情で、後ろから上柿さんの腰を抱きかかえているが、上柿さんは楽しそうな赤司くんに基本的に弱いのでなすがままになっている。まあ、赤司くんがなぜあれほど楽しそうなのか本当の意味を理解はしていないんでしょうね、上柿さんは。別に赤司くんは「だが断る」発言をしてご満悦なわけじゃないですよ、キミに触れているからですよ。


「上柿さんは案外あほですね」
『なんだと、黒子』


鈍感にもほどがあるってことですよ。ボクの気持ちにも、赤司くんの気持ちにも、キミは全く気付いていない、解っていない。まあ、そんなところもキミのかわいいところなんですけどね。


「そういえば、黄瀬」
「は、はいッス!」
「一軍には慣れたか?」
「え、…いや、練習的にはまだ、っすかね」
「ふむ、そうか」
「…え、なんすか赤司っち」


赤司くんはそれからいつものラスボスのような笑顔でこう言い放った。


「それならお前が慣れるまで、血を吐くほど俺たちがめいっぱいしごいてやるから」
「…え……?」
「覚悟しておくことだな、黄瀬?」
「え、………ええええええええええええ!!?」


未だに赤司くんに抱きかかえられたまま上柿さんが『黄瀬、涙目じゃん、ざまあ』と笑うのでボクも思わず笑った。ああ、本当にバカなひとですよね。本当にキミは素直じゃないんだから。


「黒子っち上柿っちー!!赤司っちってなんでこんな怖いんすかー!!!!?」
「キミも男ならやるしかないです、腹括ってください」
『やだ、黒子男前……!』
「上柿っち、ときめいてないで俺を助けてー!!」
「これしきの脅しで泣くなどこれからの戦いで生き残れるのか。俺は心配だぞ、黄瀬」
『うん、今日も赤司が楽しそうで何より』


黄瀬くんは未だに泣きわめいていてうるさいし、赤司くんはいいこと言ったと思ったら今度は厨二発言ですっかり楽しくなっちゃっているし、上柿さんは上柿さんでそんな赤司くんを菩薩のようなまなざしで赤司くんに微笑みかけているしで、とにかくカオス。そんな様子にボクも笑った。


「黄瀬くん、キャンキャン喚かないでください。うるさいです」
「キャンキャン!?ひどいっすー!!」
「黄瀬くん、お手」
「挙句には犬扱いっすか?!」


黄瀬くん、キミは気付いていないのでしょうね。赤司くんが言った本当の意味を。


『赤司、あんた素直じゃないのな』
「さて、なんのことかな」
『本当にかわいいな、あんたは』


赤司くんは、既にキミを認めている。きっと、きっと、キミがここまで来るのを待っているんですよ。ボクらのところまで上がってくるのを、ね。キセキという光のひとつに迎え入れる用意を、赤司くんは既に準備して待っている。


「うわあああん!!上柿っちー!黒子っちがいじめるっすー!!」
『撫でてやってもいいけど、赤司がまとわりついて離れないから無理だわ』




続・ようこそ、きみがさいごだ
130118
「いやいや、黄瀬くんが泣いたのはボクのせいじゃないですよ断じて」
『こうして黄瀬の犬ポジションは確立されたのであった』