彼がその報を受け取ったのは、寂寥誘う傾きたる秋の夕暮れ、彼が単身洋行していた折のことであった。

燃え盛る炎のような赤い瞳を持つ彼、赤司征十郎にはかつて生涯を共にと誓い合った女がいた。だがそれも今は昔。女は何年も前に約束を違え既に別の男に嫁いでしまっていた。彼が受け取ったその報せ、それは死が二人を別つまで、いや死が二人を別つとも来世も共にと一度は約束したその女が危篤であるという、赤司の生涯の友であり、またかつては義兄になるはずだった男からの無念無念の書簡であった。赤司は炎の瞳を苦痛と悲哀に染めて唇を噛み締め、それからその手紙を胸に掻き抱くと、誰よりも何よりも愛した、またなおも変わらず愛する女の名を呟き途方に暮れた。

「……千加子」


▼紅の

時は維新後、帝国は西洋化を志向し、政治、法、思想、文化などのあらゆる面において維新開化が目まぐるしい程に急速に進行していた折のこと。

炎の赤を瞳に宿し、赤司征十郎は今生に生を受ける。大晦迫る冬の日のことであった。前日に深々と積もった雪は紫の光を帯びて幻想的な風情を纏い、またその深雪の白さは天女の纏いし羽衣のように殊更の白さであった。美しきあけぼのの刻に、のちに神童と言わしめられる炎の子は生まれる。父は士族、母は下位華族であり、赤司家はその界隈では有数の分限者として有名な御家であった。

父母は我が子が宿した炎を見て、げに烈しき色彩に僅かばかり怯みはすれども、いとしき我が子に相違なしと一心にその深き慈愛の情を注いだ。彼らは息子をその炎ごと愛したのである。やがて父母の愛を一心に注がれた炎の子は雪のように白い肌、天の糸のような気品ある毛髪を持つ美しい少年になった。同時に、歳を数えるにつれ年々に燃え盛る瞳の炎はやがて怜悧さを盛んに宿すようになった。英国留学を果たした学士である彼の学問の師が舌を巻くほどに彼は聡明で、大層優秀であった彼の数々の評は甚だしく、件の神童という評はそのうちの一つである。

さて、数々の評の中に神童と双璧をなすもう一つの評。これが父母の愛を一心に注がれながらも彼が晴らすことのできずにいた辛苦の根源であり対象であった。幼き頃より苛まれ続けていたその言葉は幼い赤司にとって忌まわしき呪詛、賢しき彼が父母以外の人間を信用するを拒ませた原因。真しやかに囁かれる無配慮な世間の噂に幼い赤司はずっと傷付き俯かされて来た。俯くことなく頑強な自尊心を以て顔を上げることを妨げるその色を忌々しく思う自身の弱さに羞恥心は抱けれど、この世に生まれ落ちて以後刹那とて消えることなきその赤き炎は寧ろ瞳の奥に強さを増すばかりに燃え上がりぬ。才気溢れる彼は尽きぬ炎の強さを瞳に内包していた。赤司征十郎はまさしく炎の子であった。

彼が忌まわしく思っていた炎を愛していたのは父母のみであった。しかして赤司が愛するのも父母のみであった。が、それも彼が数え年九つを数えるまでのこと。彼は自身の炎が熱情によって至上の盛りを覚える少女に遂に相見える。平生、怜悧で冷静、時には子どもらしからず冷酷ですらあった赤司が彼女に出逢い、恋慕の情を抱いてのち覚えた身を焦がすような烈しき感情が、初めて彼を熱い血潮の巡る生きた人間にせしめたのだと表しても相違なかった。炎の子は、恋を知ったのである。

その少女、名を黒子千加子、赤司征十郎と同じく九つの華奢な少女であった。彼女が赤司に向けた花のほころびのようなやさしいその微笑を、赤司は生涯、たとえ彼女が約束を違え彼を裏切ったという事実はありとも、決して決して忘れることはなかった。


彼女は僕の生きる証だった


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