小ねた
2013/08/21 00:04

わたくしが征十郎様とお会いしたのは就学以前のとても幼い頃でした。わたくしの父母もまた赤司家の使用人でございましたので、当時お母上を亡くしたばかりだった征十郎様の養育係としてわたくしの母が抜擢されたご縁で、同じ年頃だった幼いわたくしも征十郎様とお会いするようになったのございます。

なまえ
はい、征十郎様
きみは今日からぼくのものだからね
……?はい

幼いわたくしはその意味を理解できなかったのですが、征十郎様の話し相手として征十郎様自身がわたくしを求めてくださったのです。その当時は両親共々通いで働いていましたが、その一件以来わたくしの一家は赤司家のお屋敷に住み込みで働くようになりました。当時、わたくしが給与をいただいていたかどうかはさすがによく分かりませんが、お仕事というよりは幼いわたくしにはお兄様ができたような気分でございました。

それが変わったのは、わたくしが中学二年、征十郎様が中学三年、ご卒業の折でございます。

なまえ、僕は京都の高校に通うことになった。
……そう、ですか。おめでとうございます。
延いては京都の別宅の方に移ることになった。……僕としては一人暮らしか、せめて寮に入るかするかしたかったのだが、父に反対されてね。
はい……それは残念でございましたね。
意に沿わないと強行してもよかったが、一つ条件を出して結局承諾したんだよ。
まあ……そうでございますか。
――なまえ、僕と一緒に京都に来い。
……へ、あの……京都に、わたくしも?
お前も来年は中三で受験だというのに悪いと思っている。だが、僕はお前がいてくれないと困る。僕付きの使用人として京都へ付いてきてくれないか?

わたくしが正式に使用人として給与をいただくようになりましたのは、征十郎様と共に京都へ行った中学三年の春からでした。別宅では他にも旦那様の手配した使用人が三人ほどいらっしゃいましたが、征十郎様は使用人をあまり使わないこともあって基本的にわたくし一人が征十郎様のお側で仕えておりました。

――そして、わたくしと征十郎様がこのような関係に陥りましたのもその頃でございました。




「どうかしたか?」

閉じていた瞳を開けば目の前で征十郎様が探るような目で、わたくしを見つめていらっしゃいました。

「いいえ……少しもの思いを」
「へえ。……一人前に恋煩いか、なまえ?」
「………」
「……なまえ?」
「………そうかも、しれません…ね」

わたくしは、……私はずっと征十郎様が好きだった。だから、征十郎様がお父上の反対を押し切り、京都に随行する使用人としてではあっても、私を指名してくださったことがうれしかった。もしかしたら、もしかしたら……と願う気持ちが止められなかった。――当時既に征十郎様はあの方との婚約がまとまりかけていらっしゃいましたけど。

「なまえ」
「はい……きゃ!!」
「……僕は今虫の居所が悪い」
「んんっ!……な、にを……いたっ!!」
「やさしくはしてやれない」

にやりと笑う征十郎様に腰を捕まえられて逃げることもできません。元々、拒否権などございませんが。指と指とを絡めるようにして繋がれた手と手が、ひどく痛む。……くるしい、苦しいのです。私は、私はこんなにもこのお方を愛しているのに、この気持ちは決して許されないのです。初めから、叶わぬ恋だったのに、放置して放置して、求められるままに身体まで捧げて、このままじゃいけないと分かっているのに差し出される手をいつだって振り払えなかった。

「……征十郎様」
「なんだ」

――……征十郎も来年にはあの方と結婚する。婚前の火遊びもほどほどにしてくれないと、こちらとしてもあちらに顔向けができない。……君は本当によく仕えてくれた。征十郎の我が儘で大事な時期に中学を転校までさせてすまなかった。本当に感謝している。……それで、実は今回あちらの方……彼女の兄君にあたる方だが……どこでかは分からないがどうやら君に目を留めて気になったらしく、縁談という大きな話ではないが……一度君に個人的にお会いしたいそうだ。あちらの御家自体もそうだが……その方も大変素晴らしい方だから、私としてもいいお話だと思うが。君さえその気になれば私はこの話を進めようと思うのだが。

旦那様のお言葉が繰り返し繰り返し反芻される。ぐるぐると螺旋を描く渦のよう。

「……わたくしは」
「うるさい、聞かない」
「征十郎様、わたくしは」
「黙れ」

……ああ。あなたはさようならさえ、言わせてはくださいませんか。


赤司くんとメイド 3