小ねた
2013/08/20 16:38

「征十郎様?」

征十郎はどうやらうたた寝をしていらっしゃるようでございました。先程息抜きにと紅茶をお淹れしましたが既に飲み干されていらっしゃったので、普段も気を付けてはおりますがより一層物音を立ててしまわないよう細心の注意を払いながらお下げしました。頬杖を付きながら目を閉じていらっしゃる征十郎様の相貌は大変お美しいのですが、やはりかすかな疲労のあとが見てとれました。元々お忙しい方ではございましたが、来年には許嫁のお嬢様とご成婚なさるので更に多忙なスケジュールなのだそうです。

そんな征十郎様に少しでもお力添えがしたい、と無力なわたくしはただ唇を噛み締めるしかないのです。

空調のせいか散らばっていた書類を整え、紅茶のカップと共に退出しようとしていたわたくしを、突然征十郎様が引き留めました。

「…ひゃ……!」
「……なまえ」
「せ、征十郎様、起きていらっしゃいましたか……」
「結婚式は来年の十月らしい」
「……は、はい」
「勿論、お前も来てくれるだろう?」
「……わたくしは使用人でございますが、それは…」
「だが僕の幼なじみだ」

にっこりと微笑む征十郎様に戸惑います。

「……しかし」
「お前の意見は聞いていない。これは仕事だと思え。そうだな、交通費衣装代込みで特別給与を出してやろう。僕の命令だ」
「………承知しました」

それでいい、と征十郎様はそっとわたくしの持っていたカップを取り上げ、再び机の上に置きました。そうして、わたくしを引き寄せてわたくしの腹部に顔を埋めるようにして強く抱き締めたかと思えば、そのままお手をわたくしの腰から脚にまでゆっくりと這わせました。

「お前の今日の業務はこれで終わりだ。……あとは僕に付き合え」

わたくしをお膝に置いてゆっくりとした動作でわたくしの制服――シンプルな作りのメイド服――を脱がせ始めた征十郎様にわたくしはただ沈黙で恭順を示すしか選択肢はありませんでした。……このまま、時間が止まるならばわたくしは。いつか、征十郎様がご成婚なさって、そのあとのことを思う。手放さない、が征十郎様の本心だとしても、わたくしの末路は愛人ということになるのでしょう。今も不純な関係のみの、恋や愛とは程遠い関係なのです。

「なまえ」

ただ、征十郎様があんまりやさしくわたくしをお呼びになるから、勘違いをしそうになります。いつか、愛してくださるのではないかと。

「明日はあの女がわざわざ来るらしい。二週間ぶりくらいか。楽しみだな」

フフ、と笑むそんな征十郎様にいつも望みは粉々に打ち砕かれますけれど。

「彼女は実に面白い女性なんだよ」
「そうなのですか」

実は、わたくしにはお見合いの話が出ておりました。征十郎様のお父上である旦那様から直々にいただいたお話なので、おそらく拒否権などあってないようなものです。お相手は、征十郎様の婚約者様に関係のある方なのだそうです。

「でも、やはり僕はなまえの方がいいと思うがな」

征十郎様、もうこんなことは止めにしましょう。その言葉が、今日もわたくしの口から出てきませんでした。


赤司くんとメイド 2