小ねた
2013/08/18 19:05

夏の揺らめく陽炎の向こう、彼女は泣いていた。

「……あかしくん」

落とし込まれた音はとかく清浄であった。それでも、己の生を時の中に刻み込むかのように途切れることなく己が生を謳う蝉の声に飲まれて消えていく。彼女が、泣いている。いや、泣いているように見えた。確信などは持ち合わせていない。

「――ごめんね、さようなら」

その言葉が俺の耳に届く刹那、きみは泡沫のように消え失せる。世情の廃頽と同時に、俺はあまりに多くを喪った。その中に大切なものは一体いくつあったのだろう。胸の内に並べてひとつひとつ数え上げることも今の僕には難しかった。瞼の上に甦り、この心を潤し彩るは。

あかしくん、あかしくん

もう戻らないものばかりだった。夏が、また今年も死んでいく。揺らめく陽炎の中にあの日のきみがいやしないかと僕は愚かなる期待を乗せて彷徨うばかり。この手にあるのはもう、ただひとつ縋りついた矜持のみである。きみはまだ、どこにも見当たらない。

どうして、変わってしまったんですか。

別れを告げられる前に、自ら終わりを選んだのに僕は今も悔いを捨てられない。ただ今も切なる白い永遠のうちにきみの微笑みを見る。やわらかな愛しいその声は今も僕を救う。が、けれどそれと同時に責め立てる。何故、何故、と。

――何故。それは俺が誰よりも知りたい。

今でも、僕は、俺は、きみを想っている。それでも、この手は今はもう愛を掴めない。兎を追う少女のような純粋なる愚鈍さはもう持ち合わせてはいない。己の声と引き換えに両の脚を手に入れた少女のように愛のために一切を忘れ捨て去るほどの純愛性を貫くには、今の僕には背負うものが多く重すぎる。

「赤司くん、あなたが好きでした」

僕は今でもきみが好きです


ああ、今年もきみを喪った夏が、また灰になる。