小ねた
2013/07/20 03:35

これはずいぶん昔の話で、まだ小学校就学前だったのは確かなくらいとても幼い頃のお話である。

その日も私は忙しい両親の都合で休日ながら赤司家に預けられていた。そうして何が原因だったのかは忘れてしまったが、その日私は征ちゃんとケンカ……というよりは説明的に正論を放つ征ちゃんに私が意地張って拗ねたとかいった流れだったと思う。しかも私たちのケンカは総じて下らないことである。まあ、大体私たちのケンカはどっちかが耐えきれなくなってすぐに仲直りするのが常であるのだが。(人生を通じてちっちゃなケンカはたくさんするが、大きなケンカは中3の件くらいである。)

「……征ちゃんのばか」

そうしていつもの通り拗ねてしまった私は赤司家二階の物置となっている和室の空き部屋(この隣の洋間がのちに私の赤司家内での自室(笑)になるのだが)の押し入れに隠れていた。そこには使われていない布団などが入っていて、少し埃っぽく真っ暗なそこで私は膝を抱えていた。私は征ちゃんのことは大好きだったが、それゆえに譲れないことも多く、なかなか頑固な性格だったため、拗ねたときはどこか狭いところで膝を抱えるのが癖のようなものだった。

「(……征ちゃん、みつけてくれるかなあ、気づかないのかなあ)」

見つけてほしくないのに、見つけてほしい。征ちゃんの顔を見たら泣いて謝ってしまいそうだった、でもそれはちっぽけなプライドが許さなくて。ただ目を閉じて心の整理をしていた。夕方のしっとりとした静かな時間が流れていた、遠くで車の音と子どものはしゃぎ声がしていた。

とかなんとかやってたら横になって寝ていた。


バタバタという音がして、目が覚めた。襖の隙間から射し込んでいた光も消えていて、押し入れどころか部屋の中まで暗い時間らしい。あれ?なんでこんなとこにいるんだっけ?と考えていたらお腹が空いた。……腹時計を頼りにすればそろそろ夕食だ。そういえば、征ちゃんとまたケンカしたんだっけ……なんでケンカなんか……。

ガラッ!!

「みつけた!!」
「いた!……征ちゃん!?」
「え、頭うった?ごめん、勢いつけすぎたみたい!」
「だいじょうぶで〜す」

勢いよく襖が開いたて思ったら何かに勢いよく飛び付かれて、そのまま押し入れの奥の壁に後頭部がごっつんこした。地味に痛かったが、犯人は征ちゃんな上にめちゃくちゃオロオロしながら心配されたらなんだか全然痛くなくなったから安心してほしい。

「……一時間も探した」
「ごめん」
「今日ばかりは広すぎる自分の家を燃やしたくなった」
「もやしちゃだめ!」
「心配、した」
「……うん」

ぎゅうって抱きしめられたのが嬉しかった。ケンカして拗ねたとか結構泣いてたとかどうでもよくなって、とにかく征ちゃんの背中をぽんぽんってした。

「そのうち機嫌直して出てくると思ってた、でもどこにもいなくてさすがに焦ったよ」
「びっくりした?」
「うん、でもよかった。ぼくが嫌いになって出ていっちゃったのかと思ったんだ」
「…ふふ!しないよ、そんなの!征ちゃんだいすきだもん!」
「ぼくも、だいすき」

よかったーと笑う征ちゃんに手を引かれながらキッチンに降りていくと、征ちゃんママが笑顔で迎えてくれた。

「あら、やっと見つかったのね」
「…かあさん、実は居場所知ってたんでしょ」
「もちろん。征十郎もまだまだね。目と頭、もっと鍛えなさい」
「……うるさいよ、オバサン」
「なによクソガキ」
「ふん」
「征ちゃん……ねぇママ、今日の晩ごはん…」
「今日はハンバーグよ」
「ハンバーグ…」

実はケンカの内容は今日の晩ごはんについてだったのをそのとき思い出した。ハンバーグは私の好物、征ちゃんの好物は湯豆腐。お互いの好物について言い合ってたらケンカになったという下らないオチ。しかも実は私のほうは「征ちゃんのすきな湯豆腐でいい!」と主張し、征ちゃんは「きみのすきなハンバーグでいいよ」と主張し、なぜか譲り合いになっていたというのは奇妙な話である。

「あなたたち本当にバカップルよねぇ」
「……ばかぷー?」
「ぼくらはなかよしってことだよ。……ちょっとかあさん、言葉に気をつけてよ」
「あんたこそ言葉に気を付けないと今度こそ愛想尽かされるわよ」
「…っ気をつける……」
「征ちゃん……?」
「なんでもないよ。ご飯たべよ、それで食べたら一緒にお風呂入って寝よう」
「今日はわたしお泊まりじゃないの」
「やだ」
「えっ」
「だめ、今日はずっといっしょがいい」
「征十郎、あんたいい加減にしなさいよ」
「……おじさんおばさん、今日も泊まりにならないかな」

本当にうちのお父さんお母さんが出張先から帰れず外泊になり、征ちゃんのおうちにお泊まりコースになるのは蛇足である。その日、征ちゃんは私の手を握って離してくれなかった。

ケンカするとお互い拗ねながらも、背は向けたままどこにもいかないように征ちゃんが私の手を掴んで離さなくなったのはこの後のことである。




もやもやが収まるまで押し入れに隠れるのは私の癖。どこにもいないかもしれない、って肝を冷やしながら家の中を探し回るなんてそんなきもちはこんな幼児の間だけだと思います。