小ねた
2013/04/29 19:30
ボクがそれを目撃したのは、冬の訪れを匂わす、秋の傾いた頃のこと。
「……」
放課後、ミーティングが終わり、自分の教室に向かう途中、窓から強い茜色の夕日が射し込む教室で、窓際の席で机に肘を付いて顎を支えながらどうやら眠っているらしい女の子に、我らがバスケ部の天才がキスをしているところ。
「……黒子か」
目撃されたことに対して別段恥ずかしがるでもなく、また影の薄いボクが近くにいたことに大して驚くでもなく。いつものポーカーフェイスを保ちながら、赤司くんは愛想笑いを浮かべる。
「見ーちゃーたー、見ーちゃーたー」
「ふふ、別に困らないが?」
「なんですか。もっと焦るなり何なりしてくださいよ」
そうか、それはすまないね。とにやりと笑う彼は相も変わらず余裕綽々で。あーあ、まったく面白くないですね。
「キスは、しないんじゃなかったんですか?」
ボクがそう問うと赤司くんは少しばかり目を見張って、未だに中途半端な体勢なまま眠っている彼女から視線を外し、ボクを見た。
「人前だろうが普通に手は繋ぐし、ハグもする。だが、付き合ってはいないから、キスはしていない」
「……」
「この前、そう仰っていませんでしたか?」
それから合点がいったかのようにゆっくりと表情をやわらげる彼は、再びやさしい視線を彼女に戻す。夕日に包まれたふたりは、なんというか神秘的なまでに美しくて。青春、それで片付けるにはあまりに甘酸っぱすぎない光景ではないだろうかと、ふとくだらない考えが過り、ボクはやはり苦笑するのです。
「そうだね、確かに言ったな」
「キミにしては我慢が利かなかったんですか?」
「ふふ、そうだな、そうかもしれない」
きっと、キミが敢えて関係をはっきりさせない理由はそんなところにあるのだろう。まあ、ボクとしては知ったこっちゃないですが。
「あんまり、きれいだったから」
それだけ言い訳すると、彼は再度彼女に本当にいとおしそうな視線を注いで、穏やかに笑む。やさしげな微笑みは、赤司くんは本当に本当に心から彼女が好きで好きで堪らないんだと、そんなことが一目で解るくらいで。茜色の夕日は、ふわりと彼を包み込む。わずかに寒さを含んだ風は、ひらりと白いカーテンを揺らした。
「それに、キスしたのは額だったからセーフじゃないか?寝ているからバレてないし」
「そんなこと言ってると、実際付き合い始めたら人目も気にせずキスしまくりそうですね、キミ」
はは、と笑う彼はきっと今、未来に思いを馳せているんでしょうね。変わらず、最愛が傍らにある幸せな未来。
「バレたら怒られてしまうからな、内緒だぞ?黒子」
あの史上最強な天才・赤司くんも、ただの恋するひとりの少年なんだな、と。やっぱりボクは苦笑しながらも、小さく頷くのだった。
ボクのくだらないこの予言が当たっていたとボクが知るのは、高校生になった時の、まだ遠い先のお話。