私はこれから、とある子ヤギさんたちのお話をしようと思う。
あんまりにも可愛くて、その上お馬鹿さんな二匹のお話を。
「はい。じゃあこれ、お届け物。ちゃんと届けましたからね」
うわあっ、と歓声を上げた白ヤギさんが、その感動のままに、手紙にパクつこうとしたところを、渡した手紙を再度取り上げることで止める。
少しばかり恨めしそうな目で見られたのだけれど、…だって、仕方ないでしょう。君、食べている時は幸せそうだけど、食べ終えた後に明らかにショックを受けるクセに。
ままならない理不尽さにやれやれと首を振りつつ、「美味しそうだからって食べちゃだめだよ。せめて、中身に目を通してからにしなサイ」と釘を刺しておく。さて、果たして効果はいかほどか。
「お返事はあの赤いポストに」
「はーい」
返事は大変よろしいが、その手紙が、「ごめんね。前にくれたお手紙、読む前に食べちゃったんだ。もう一回教えてくれないかな」などという類(たぐい)の内容でないことを、切に願う。…もちろん、そんなこと口にしやしないけど。あくまで、心の中だけ。
「えへへー、なんて書こうかな。そうだ、お花を入れよう。押し花にしよう。黒ちゃん喜んでくれるかなあ」
ニッコニコと笑う白いヤギの子どもに背を向けながら、郵便局員に支給される青いキャップを、キュ、と被り直す。
心配だなあ、と思いつつ、私はその場を後にした。
あくる日。
手紙を詰めた青い斜めがけバッグ(これまた郵便局員に支給されるものだ)には、白ヤギさんの手紙が収まっている。これを届けることが、私の仕事である。
…仕事であるの、だが。
「いい加減慣れてくれませんかー」
くろやぎさんのいえ、と書かれた木製の看板の後ろから、顔の半分だけを覗かせてこちらを見ている黒ヤギさんを見つけ、苦笑する。手紙は待ち遠しいけれど、郵便局員のおにーさんはまだちょっと怖い、といったところか。どうでもいいのだけれど、看板で顔だけ隠したって、その細い棒では身体は隠し切れていないのだが、…そのあたりは気の持ちようなのだろう、と勝手に判断する。要するに自分に見られているという意識が無ければそれでいいのだと思う。
いやいやしかし、それにしたって、この警戒っぷりは。
思わず、笑いが込み上げてくる。笑ったら最後、彼との距離は今よりもっと離れて戻ってこなくなりそうなので、我慢するけれど。
「はい、白ヤギさんからのお手紙ですよ」
「白ちゃんから?」
その言葉に、パアッと一瞬顔が輝き、けれども慌ててム、と顔を引き締める。口元あたりがし切れていないけれど、そのあたりはご愛嬌。
どうぞ、と手を伸ばせば、きっかり三秒ほど間を置いて、そろそろ、と手が伸びてくる。端の方をちょんと掴んで、紅玉を思わせる瞳が、くるくるとこちらを見つめる。
大変愛らしいのだが、要するに、離せ、と言いたいのだろうな。
ご要望どおりに手を離してやれば、手紙はそのまま黒いヤギの子どもの手元に。
しばらくジイッとそれを見てから、また私の方を向く。
「………ありがと」
お礼を言われたら、誰だって悪い気はしないだろう。看板の後ろから出てきてくれると、もっと嬉しいのだけれど、この際だ。これ以上は望むまい。
「お返事はあの赤いポストに」
言ってからまた数秒後に、こっくん、と黒ヤギさんは大きく頷いた。
少なくともその姿は、白い子ヤギさんよりかは、多少大丈夫かと思ったのだけれど。
結局やっぱりそうなるのだなあ、と気付いたのはまたまたあくる日。
「郵便屋さーん!」
手紙を取り出す前にタックルされた。小柄だからダメージは少ないけれど、…少ないということは、無いことは無い、という意味でもあるわけで。
つまり、地味に痛い。
あと、それから。
「白ヤギさん、あのですね、私は郵便屋さんではなくて、郵便局員なのですよ」
「うん、ねえ、黒ちゃんから手紙来てる?」
軽くスルー。私個人としては、結構こだわりがあったりするのだけれど、当然のごとく白ヤギさんには興味もない話。わかってはいても、少しばかり傷心。
「はあい、ありますよー。ありますともー。ちょっと待ってくださいねー」
心に負った傷から、ちょっとやさぐれた気分になる私を、いったい誰が責められようか。
今日も今日とてぱんぱんな青いバッグから、白ヤギさん宛ての手紙を引き抜く。
「はい、どう―――食べちゃだめですよ」
今度は取り上げる以前に、渡さなかった。渡せなかった、と言い換えてもいい。むしろその方が的確だ。なぜこの子は手でなく口を開けて待っているのだろう。
だというのに、やっぱり私はエメラルド色の瞳に、恨めしそうに見つめられる。心なしか、柔らかそうな耳も下がり気味だ。
ああ、なんたる不条理。
絶対にこの子、渡せば最後、読む前に食べてしまうに違いない。それならば。
「いっそここで開けばいいのに」
「え?」
「え?」
しまった。心の中だけと決めていたのに、口が滑った。
白ヤギさんはぱちくりと目を瞬かせる。それから、「それ、すごくいいアイデアだと思う!」と手放しに喜んだ。あれ、結果オーライ?
受け取った手紙の封を、いそいそと開け始める。その中に入っていた手紙を取り出すと、ふわりといい香りがした。静かな自然の香りだ。
白ヤギさんは、手紙を掲げるようにして、目を通している。しばらくそのままジイッと見て、見続けて―――
「この前のお手紙、食べちゃったんだって。だから、もう一回書いて、って」
「そうなんですか」
まったく予想外ではないことが、こんなにも悲しいとは。
「でも僕、この前、食べちゃってごめんねって書いたの」
「でしょうねえ」
思わず本音が零れた。けれども白ヤギさんは気にした様子もなく、ただただしょんぼりしている。
「郵便屋さんは、黒ちゃんの前のお手紙の内容、知ってる? そしたら返事を書けるのに」
もし私がそれを知っていたら、それは職権乱用というかなんというか、ともかくマズイでしょう。あと郵便屋さんではなくただのしがない郵便局員です。
―――と、それはかろうじて飲み込んだ。
代わりに、緩く首を横に振って答える。
それから、にこりと笑って見せた。
「でも、きっと黒ヤギさんは、君からのお手紙だったら嬉しいですよ」
だから手紙には、また新しく、伝えたいことを書いてはいかがでしょう。たとえば、前の手紙はあまりに美味しそうで食べてしまったこと。たとえば、こちらは今ぽかぽかの陽気で気持ちがいいこと。たとえばはきっと二匹の間にはたくさんあることだろう。
白ヤギさんはまたぱちくりと目を瞬かせて、それから顔を綻ばせた。
「うん、そうする! ありがとう、郵便屋さん。ふふ、今度のお手紙はなんて書こうかな」
その嬉しそうな顔ったらない。こっちまでつられて頬が緩んでくるのだから。
あんまりにも嬉しそうで、…だけど私はあくまで郵便屋さんではありませんからね。
こんな風に。
食べて、お返事の内容を訊ねて、やっぱり食べて、またお返事の内容を訊ねて、たまあにリセットして。
二匹の愛すべき子ヤギさんは、今日も今日とて、相手のお手紙を待ち望んでいるようですよ。
そこまで喜んでもらえるというのは、郵便局員冥利に尽きる、といったところでしょうか。
‐‐‐‐‐コメント‐‐‐‐‐
『岩鏡のコカゲ』の岩月クロさんから相互記念小説を頂きました!
いつも素敵な小説を書かれているクロさんが、なんと白ちゃん黒ちゃんをイメージして書いて下さいました。嬉しくて涙が(ρ-;)
郵便局員さんとのやり取りや、お互いを想っている可愛らしい白黒などなど…情景が見えてきてクロさんの言葉の選び方に惚れ惚れしています(*^^*)
この度は相互をして下さり本当に有難うございました。これからも宜しくお願いします!
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