迷いの蛇口


なまえの部屋は電気が付いていた。携帯を持ったままベットに寝転がる彼女は僕をぼんやりした顔で眺めていたが、はっと気がつくと目に力が戻って、むくりと起き上がった。僕は構わず、ベットへ上がる。

「……」

「……」

何か言い出そうとしているのか彼女は僕の手に手を伸ばして、でも触れる前に引っ込めた。戸惑いの顔は良い。けれど僕は彼女から何かが聞きたい訳ではないのかもしれないと、僕はここへ来て初めて思っていた。彼女が、姉様と彼女が交際していることを僕が知っていると思っていても、知らないと思っていても、彼女に僕を否定して欲しくも無かったし、肯定して欲しくも無いのだ。僕は自分で思っていたより大概我儘で、彼女に否定されたくないし拒まれたくない。しかし、僕でない人と恋人同士になってまで、僕との行為を肯定するような阿婆擦れではないと信じたかった。だから僕は、彼女がそれ以上何も言わないように、唇を塞いでしまう。彼女はいつも通り顔を逸らして、行為を拒むような姿勢をとってみせる。

「ねぇ、しましょう」

「……宗三ちゃ、」

「いいえ、します。貴女は、僕と」

行為に怯えるような彼女の目が好きだ。彼女の否定も肯定も、僕の唇は食べてしまう。舌で口の中を弄るだけで、彼女はひくりひくりと身体を揺らした。初めて行為をした頃はイヤイヤをするだけだったのに、随分淫らになったものだ。僕が時間をかけて躾けた、僕だけが知る体。この身体を姉様が知ることになるのだろうか。僕以外の人が、この身体を。

「あ、やぁ……っ」

後ろに倒れた彼女に馬乗りになって貪るようにして唇を奪う。彼女は戸惑いがちに僕の目を窺った。寝間着を捲り上げると、彼女は小さな声でまたやぁ、と呟いた。それが否定でないことは知っている。彼女に誘われるまま胸に手を伸ばし、こねくり回す。噛みつくように唇ばかり強請っていたら、彼女は顔を逸らした。

「今日は、その、」

「……ねぇ、キスを」

「あの、宗三ちゃん……」

「なまえ」

「っ、ひぁっ!」

何も、何も言うな。否定するな、僕を拒むな!下着の上から彼女の陰核を押しつぶすと、彼女は善がり声をあげた。そうだ、そうやって快楽に流されてしまえばいい。それでいい、それでいいのだ。貴女は僕に抱かれる、僕に無理矢理抱かれる、否応なしに抱かれる。それを貴女は拒むことはできない。いつも通りの貴女で、そこに姉様なんか、他人なんかいない、変わったことなんかない、僕と、貴女だけ。

「あ、んぁ、ああんっ」

急性に下着を剥ぎ取り、めちゃくちゃに快楽を与える。彼女の口から余計な言葉が出てくることは無かった。可哀想だ、胸が苦しくなる。けれど僕は手を止めることはできなかった。僕は、臆病だ。

「やぁ、ああああっ!」

彼女はすぐに登りつめ、焦点の合わない目からはらりはらりと涙を零す。ああ、僕も泣いてしまったら楽になるだろうか。僕はどうしたいのだろうか。彼女と一緒に荒い息を吐きながら、けれど涙も出なかった。

「は、はぅ……っ」

「なまえ……」

枕元に置いてあった、彼女の携帯がちかちかと光る。メールだ。僕は特に何にも考えず携帯を手にとってメールを開いた。パスワードの入力も無くメールが開く。差出人には江雪左文字、姉様の名前だ。僕は初めて姉様を憎いと思った。僕と彼女を壊すものなんか、無くなってしまえばいいんだ。そう思ってから、そう思ってしまったことに僕は悲しくなった。僕の気持ちはもう二進も三進も行かなくて、駄々を捏ねて泣き喚きたかった。姉様のメールに、僕はひとりでに目を走らせる。

貴女の気持ち、読ませていただきました。私の気持ちが重荷になってしまっていたならば申し訳なく思います。少し私のことを話させてください。
貴女を初めて意識したのは、宗三と貴女の部屋に行った翌日でした。貴女はあの日、体育の時間、具合が悪くなった宗三を保健室に連れて行きましたね。私はあの時教室で授業を受けていましたが、校庭にいる貴女のことはすぐにわかりました。私と宗三とあんなことがあった後なのに、貴女は宗三を怖がったりしなかった。あの時貴女はなんて強い人なのだと思いました。貴女の真っ直ぐで誠実な姿勢は素晴らしい。私はあの時から貴女のことを意識するようになりました。貴女を知りたい、あわよくば恋人になりたい。
だから、そう焦らなくていいのです。貴女がそう言うのであれば、今すぐ恋人同士になることは諦めます。今は私と同じくらい私のことを好きでなくても構いません。ただ私のことをもっと知ってください。そうすれば貴女もきっと私のことを好きになるはずです。絶対好きにしてみせます。だから、待っていてください。
またたくさんお喋りしましょう。おやすみなさい。

彼女は、断ったのだ。姉様はそれでも、彼女が好きなのだ。断られても尚、彼女を好きでいると彼女に伝えたのだ。彼女も、姉様も、なんて潔いんだろう。僕はなんだか自分が惨めになった。僕は彼女を姉様に取られてしまうのが嫌だっただけなのではないか。この関係を続けたかった。ああけれど、僕はいったいなぜ彼女にこんなに固執していたのだろう。行為をしたいだけなら別に、姉様で良かったのだ。けれど僕は、彼女と関係を続けたかった。それは、いったいなぜなのだろう。

「メー、ル?」

彼女のか細い声が僕の思考を止めた。やっと息の整ったらしい彼女は、怪訝な顔をすることもなく僕を眺めていた。

「そうです、姉様から」

「…………宗三ちゃん、さ、知って……?」

「ええ、小夜から聞きました」

僕の返事に、彼女はごくりと唾を飲み、ゆったりとした瞬きをした。言葉を選ぶように息を吸い、まるで言おうか迷うように息を吐く。

「私、ね、お断りしたの」

「どうしてですか?」

その問いに、僕がどんな答えを期待していたのか僕にはわからなかった。ただ彼女の答えが、僕がなぜ彼女に固執するのかという僕の問いの答えを齎してくれるのではないかと僕は期待していた。彼女はまたゆっくり息を吸うと、ぽつりと呟く。

「ちゃんと気持ちを受け止めることは、今の私にはできないから」

「それは……」

なぜですか、その言葉を僕は思わず飲み込んだ。そこでやっと気がついた。彼女に言わせたいのだ、僕との関係があったから断りました、と。でも、それは僕のエゴだ。僕が彼女に言わせたとして、それは何の意味も持たない。彼女の言葉じゃない。潔い姉様や彼女と違って、僕はどこまでも狡猾だった。ここまで来てまだ、彼女と離れたくないのだ。

「宗三ちゃんも、こうしてここへ来るの、嫌になったらいつでも言ってね」

「…………」

「今更かもしれないけど、私は、宗三ちゃんが嫌がること、あんまりしたくないみたい」

「…………僕も、です」

「……なに?」

僕の声、聞こえなくて良かった。漏れてしまった僕の本心がもし貴女に聞こえてしまったら、僕は貴女の望まない行為を止めなくてはならないのだ。貴女がこうして僕に溺れてくれるなら、僕は狡猾で、残酷でいい。貴女の嫌がることだって、どれだけだってしてみせる。だからお願いだから、僕から離れないで、ずっとこのままで。

「ねぇ、なまえ、」

「……ん?」

「しましょう?」

「ん、」

僕が迫ると、彼女は受け入れるように目を瞑った。本当に僕は狡猾なのだ。貴女のその顔が、少し嬉しそうに見えただなんて。




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