水差しの唇



四日目、種は芽吹いた。
清純で健康的な土から覗いた芽の妖艶さに、僕は感動すら覚えた。誘う言葉も知らずに、彼女は行為を怖い夢だと例え、鍵を開けてその夢を誘い込んだ。あの恥ずかしそうな甘い甘い表情に、僕は(もう一度言うが)感動せざるを得なかった。
芽吹いた芽には水をあげなくてはならない。そうすれば水が欲しくて芽はさらに葉を伸ばす。葉を伸ばせば、もっと水が得られることを教え込まなくてはならない。最初の頃は心と身体がばらばらになって、こんなことは望んでいないと思うものだ。けれど水を与え続ければ、心も身体も一様に水を求めるのだ。
ベットの上でぐったりと横たわるなまえを眺めながら、僕はくだらない例え話を思案していた。彼女が何度絶頂したか僕にも彼女にもわからない。それが女の快楽なのだ。いつ絶頂し、いつ絶頂していないのか、それすらも曖昧になる。その感覚をきっと彼女は好きになる。僕は持ってきたタオルで後片付けを始めた。まず身体の汗を拭ってやり、口周りと液でぬらぬら光る恥部をタオルで拭ってやる。衣服を整えてやり、風邪をひかないように掛け布団をかけた。本当はシーツも交換した方が良いが、それは今は出来そうにないので諦めた。

「おやすみなさい。なまえ」

「…………」

応えるのは寝息のみ。そっと髪を撫でて、部屋を後にする。もう一度この部屋に来ることを夢想しながら。
自室に戻り、寝間着に着替えると疲れがドッと出た。緩やかな気怠さに、ベットへごろりと寝転がる。柔らかいベットに包まれていると、彼女の淫猥な顔が浮かぶ。僕はベットの端に放っておいた、彼女の身体を拭いたタオルを手繰った。

「ん、ふぅ……」

彼女の匂いがする。髪の匂い、汗の匂い、そして愛液の匂い。彼女を形作る全ての匂いがする。自然に局部に手が伸びる。陰核を、ちろ、と撫でるように触り、そのまま確かめるように押しつぶす。快感が背中を登る。彼女にしたように指を動かすと、彼女と同じ快楽を得ることができる。彼女はこうして、こんなふうに感じ善がっていた。その事実が、僕を果てしなく興奮させた。

「ん、んん、んんっ」

タオルで鼻を塞ぎながら、手を激しく動かす。彼女にしたことを超えて、手はさらに激しくなっていく。こんな風にもっと激しく責め立てたら、彼女はどんな顔をして善がり狂うのだろう。そんな興奮が、僕の頭の中を占めていた。

「ん、んーーっ」

軽く身体を絶頂へ追いやり、くたりと脱力する。そのまま鼻先に持っていたタオルで局部を拭った。次はどんな風にしてやろうか。絶頂しても手を止めず潮を吹くほど責め立ててやろうか、貝合わせをしてやろうか、それとも道具なんか用意して無慈悲に快楽を覚え込ませようか。想像しているうちにまた身体が蟠って、僕はまた局部に手を伸ばした。夜は長い。

***

それからの彼女と僕の関係は、夜の面を持つこととなった。授業中僕が彼女を窺い、目と目が合ったら、夜の合図。僕が目を合わせたまま無音で、待っていてくださいね、と笑うと彼女は頬を赤らめた。目が合うのが一瞬であっても、その夜の彼女の部屋に鍵がかかっていることは無かった。そして必ず寝たふりをして、必ず僕を待っていた。行為自体は僕が献身的に彼女に快楽を与えるものであったが、決して彼女が高圧的に僕に行為を要求することはなく、ある意味で逆に夜伽のような意味合いすら感じられるようだと僕は思っていた。献身的に身体を捧げてるのは、彼女だ。しかし彼女も、この行為を望んでいない訳ではないことは確かである。何故なら彼女はいつでも、僕のことを眺めていたから。そんな関係を続けて、半月が過ぎようとしていた。
もう一つ変わったのは、彼女と肌を合わせるようになって、姉様と寝ることは止めたことだった。もともと僕が望んで姉様と肌を合わせていたものだから、僕に姉様との行為の必要が無くなったその時から僕等は離れていった。そしてそのことで姉様と気まずい関係になることは無かった。僕は姉様との行為をやめてからも相変わらず、毎日屋上で姉様と初等部の妹である小夜と一緒に昼食を取った。その時も啀み合うなんてことはなく、ただ話をする方ではない僕等は、心地よい静寂を感じていた。
全てが上手くいっていると、思っていた。

「……江雪姉様に、彼女がいるの、知ってる?」

「……?なんです?」

昼食を取り終えて姉様がお手洗いに立った時を狙って、小夜が僕に囁いた。そんなことは初耳だった。けれど、それが本当なら僕との関係を断ち切れて姉様も清々してることだろうと僕は安心した。姉様は恋人と、僕はなまえとの関係を続けたらいい。

「僕はてっきり、女の子が好きなのは宗三姉さんだけかと思ってた」

「恋愛は自由ですよ」

「姉さんのクラスの、ほら」

「……ええ、」

「なまえさん、姉様と付き合ってるって」

後ろ頭をがつんと殴られたようだった。なまえが?どうして?僕は呆然として小夜を眺める。

「宗三姉さん?」

「いえ、なんでもありません」

今夜、そう今夜、彼女の部屋へ行こう。僕は、それ以上何かを考えることはできなかった。問い詰めるつもりも無い、しかし知らん振りするつもりも無い。僕はただ、彼女に会いたい。ただ、それだけを強く思った。
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