膨らむ蕾



「江雪さん、だめです、私今日は、もう、帰りたいです」

「私は帰りたくないです」

勇気を出して言った一言は、江雪さんに撃ち落とされてしまう。何か言わなくては、このままではいけないのに。私は次の言葉を一所懸命探して、なぜか部屋の前にいた宗三ちゃんに向き直った。

「宗三ちゃん、私に用があって来たんでしょう。ねぇ、江雪さん、今日はここでさよならしましょう。また月曜日、朝に。ね?」

「……なまえ」

「僕は姉様が一緒でもいいですよ」

「ち、違うの、宗三ちゃん。今日私たち、遊びに行ってて……」

なにも知らない宗三ちゃんがそんなことを言うものだから、私はしどろもどろ説明をした。宗三ちゃんが一緒っていうのは無理なんだってどう説明したらわかってくれるんだろう。ない頭を捻って言い訳をする。

「なまえ、僕は姉様が一緒でもいいって言ってるんです」

「だから、違うの、宗三ちゃんの用は……」

「姉様に見せつけてあげましょうよ。僕たちがどれだけ仲良しなのか」

宗三ちゃんの言葉に、はたとその目を見る。一体どういうことなのか、想像して冷や汗が出た。宗三ちゃんと私が仲良しということは、そういう仲良ししか想像できないのだけれど。私の想像が思い違いであればいいと思っていたら、宗三ちゃんが私の腰を抱いた。

「なまえはどこが感じて、どこで気持ちよくなるのか、僕は全部知ってます。姉様に見せつけてあげましょう?」

「……っ、なに、言って……」

な、なんてことを言うんだ。やっぱり思い違いなんかじゃなかった。私の熱が集まる頬に宗三ちゃんが口を寄せると、上から来た何かが宗三ちゃんの唇を遮る。それは江雪さんの掌だった。

「宗三がその気なら、私も一緒で構いません」

「わ、私は、そんなの、」

「さぁ、部屋を開けてください」

「だめ、です……」

江雪さんの言葉に、私は俯く。そんなことできるわけがないだろうが。宗三ちゃんが腰を摩って促すので、ちらちらと宗三ちゃんと江雪さんの顔を交互に見る。宗三ちゃんはにやにや笑って、江雪さんは目を伏せたままムッとした顔をしていた。

「早くしてください。私はあまり気が長い方ではありません」

「……っ!」

目線を上げた江雪さんの低い声と恐ろしい目。もたもたしている私に業を煮やした江雪さんは、とても冗談を言っているようには見えなかった。私は急いで鞄から鍵を取り出すと、鍵が回るのすらもどかしい程に急いで部屋を開けた。そのまま宗三ちゃんの腕に押されるようにして部屋に入り、ベットサイドまで歩かされる。江雪さんも付いてきて、向かい合った私と宗三ちゃんの後ろに立った。宗三ちゃんに呼ばれてそちらを向くと、頭を固定されて唇を合わされる。熱い口付けにいやいやと身体を揺すったが、宗三ちゃんが口付けをやめることも、降り注ぐ江雪さんの熱視線が逸らされる事もなかった。後ろから江雪さんの腕が伸びてきて、着ていた上着を剥ぎ取られる。

「ん……っ、ね、ほんと、やめようよ……」

「止めません。姉様に見せつけるまで」

「宗三ばかり、許せません」

「そ、そんなの……」

「いいんですよ、今は私に乱れさせようが、宗三に乱れさせようが関係ないんです。誰に乱れさせられるかより、乱れる貴女が見たい」

何を言われてるかいまいち分かりかねるけれど、私がここで何をされるかは分かる。つまり、その、最初に二人にされた時みたいに、されてしまう、のだ。でも今はあの時とは違う。二人とも、心の底で激しく私を奪い合ってる。わかっているけど、それが自惚れみたいに恥ずかしくて。宗三ちゃんにまたキスをされる。江雪さんの手が前に回ってきて、服の下に潜り込んで私の上半身を這った。思わずくぐもった声が漏れるけれど、宗三ちゃんはお構い無しに何度も何度も唇を貪る。

「ふふ、姉様、いいでしょう?僕が躾けたこの身体、柔らかで、感じやすくて」

「なにを……誰が触れても、この身体はなまえのものです」

肩越しに牽制し合う二人に構わず、私はとても立っていられなくて宗三ちゃんにしな垂れかかった。宗三ちゃんは私を優しく抱いて、ベットに腰掛けさせる。カットソーを脱がされて、宗三ちゃんの手が腰のあたりを撫でてくる。隣に座った江雪さんに名前を呼ばれたので振り返ると、唇を奪われた。

「ん、んんっ、」

肩紐をずらして、ホックを外さないまま胸が下着から溢れさせられる。脱がされるより恥ずかしくて抵抗しようにも、江雪さんが唇を合わせたままで許してくれなかった。宗三ちゃんが溢れた胸に吸い付いてくるので、その刺激に身体をよじった。江雪さんの手が脚を登って、スカートの前を捲り上げられる。さっきもされたけど江雪さんのキスはすごく巧みで、私は思わず江雪さんにしがみついた。

「あ、江雪さん……っ」

離した唇と唇に、唾液の橋がかかる。江雪さんは私の顔を見ながら、こくりと喉を鳴らした。ふいに後ろから宗三ちゃんが耳の縁を舐ったので、私は大きな声を出さずにいられない。お腹の奥がきゅんと響く。

「あっ、ん、」

「下、脱いでください」

「ん、やだぁ……」

宗三ちゃんに熱い息と一緒に言葉を吹き込まれて、首を緩く振った。上体を後ろに倒した江雪さんに促されるまま、覆い被さるように私も雪崩れる。体重がお尻から身体に移ったのを良しとした宗三ちゃんが、スカートとパンツをずるりと私の脚から引き抜いた。江雪さんが後頭部を抑えてまた唇を合わせる。宗三ちゃんはわたしの身体をすべすべと撫で回した。

「もう、触ってほしくなって来ちゃいましたね?」

「ん、んんっ……あぁっ!」

宗三ちゃんの手が股座に伸びて、陰核を押しつぶした。いきなりの激しい刺激に私は顔を上げて声を漏らしてしまう。指がぬるりぬるりと陰核を虐める。

「あ、ああっ、あっ、んぁっ」

「ほら、姉様?なまえ、気持ち良さそうでしょう?こんなになって、可愛い……」

「そ、うざちゃ、やめ、あっ、んんっ」

涙目になりながら、江雪さんの上でヒィヒィ声を上げた。江雪さんはというと私の背中に腕を回して、ぎゅうっと私を抱きしめている。こんな、私だけ脱がされて、私だけ気持ち良くなって、恥ずかしいよう。気持ちとは裏腹に脚が開いていって、身体はもっともっと刺激を求めているみたいに動いてしまう。身体の中に快楽が溜まっていって、こんな、こんなに早く、もう、イっちゃいそうになる。

「あ、もっ、だめっ、だめぇ、だめぇっ……!」

身体がくっ、くっ、と引きつって、稲妻みたいに快楽が駆け巡った。なんて叫んだかもわからないけど、何か叫びが出て、次の瞬間にはくたりと全身から力が抜ける。江雪さんの胸に頭を預けて、ゆらゆらと余韻に浸った。江雪さんは後ろに回した手で私の頭を撫でてくれて、それが心地よい。けれど宗三ちゃんの手が内腿をするすると撫でる。宗三ちゃんの責めは一回じゃ終わらない。これはいつものことだった。

「さぁなまえ、もう一回ですよ」

「……いいえ、今度は私の番です」

体勢を変えて、上体を起こしてベットに腰掛けた江雪さんに、後ろから抱き抱えるように座らされる。耳の裏をまるで何かを乞うように啄ばまれながら、股座にその白い手が伸びる。私は怖くなってその手首に手を添えたが、引き剥がそうとする前に快楽が襲ってきた。陰核から湧き上がる刺激はいとも簡単に私を腑抜けにしてしまう。

「んっ、んんっ、」

脚を閉じれば江雪さんの手がより密着するし、逆に開けば目の前にいる宗三ちゃんに丸見えになってしまう。どっちつかずで悶える私を、宗三ちゃんはうっとりとした顔で眺めていた。酷い快楽に思わず口許へ伸びた私の手が、宗三ちゃんの手によって艶っぽい唇の中へ導かれる。美味しいアイスキャンデーを舐めるみたいに、いや、もっと執拗に舌が指に絡みつく。恍惚とした表情で、宗三ちゃんは私の指を愛した。

「感じてください、私の指」

「ん、あ、んん……っ」

「ほら、中に入りますよ」

「っう、あ……」

「熱くて、狭くて、柔らかくて……」

「や、江雪さ、ぁ」

「こんなに涎を垂らして、食いしん坊ですね」

「言わ、な、ンぁっ」

中をぐりぐりと擦られて、背筋に刺激が登っていく。江雪さんの指を中で意識する度に、自分の指先にも意識が移っていく。私の指先は、宗三ちゃんの口の中。熱い舌が絡まって、吸いつかれるほどに狭くて、柔らかい感触が指を伝う。私の中が、きっと、こんなふうになっていて、江雪さんの指が、きっと、こんなふうになっていて。熱っぽく私の指を欲しがる宗三ちゃんみたいに、私の恥部は江雪さんの指を欲しがっているのかもしれないと思うと、私は独りでに高まっていく。恥ずかしい、いけないことだって自覚してしまうから、余計に絶頂が近づく。

「うぁ、あ、ああああっ」

身体中が心臓みたいに戦慄く。くったりと力が抜けた私を、江雪さんは後ろから片手で愛おしそうに抱き締めた。宗三ちゃんは指を唇から出して、手首にちゅっと口付ける。その刺激にすら、ぞわりとしたものを感じてしまう。

「貴女は可愛い人だ……」

「こ、せつさ……」

「私のものにしたい、です。どんな手を使っても」

江雪さんは消えそうなほど小さな声でつぶやいて、私の肩に顔を埋めた。なんと返したらいいか考える前に、張り合うように、また私の返事を食べるように、宗三ちゃんが唇を貪る。

「ん、んぅ……っ」

「ん、は……なまえは僕のものですよ、姉様」

「そうざちゃ、」

「僕のものになりたがってる、そうでしょう?」

私は精一杯力を振り絞って、首を左右に振った。ここで流されちゃだめだと、私の中の何かが警鐘を鳴らす。どこにも目線を合わせないで、ただぼんやりと頭の中に意識を移して、一所懸命に言葉を探す。その言葉は、江雪さんに向けてでも、宗三ちゃんに向けてでもないような、おかしな響きを孕んでいた。

「わ、私は、どっちかのものに、なれない、から……っ」

「というのは……」

「江雪さん、好きで、でも、それは……っ、違うの……宗三ちゃんが好きなのとは、違くて、どっちのほうが、好きか、わからない……けど、でも、二人とも、ものになるのは違う、から……どっちかのものには、なれない……」

ああ、だめだ。ちゃんと言葉にするのは難しい。私はふるふる首を振って、尻すぼみになった言葉を振り払った。なんて言ったら伝わるのかな。江雪さんの指が私の中からつぷ、と抜かれていく。ぴくりと反応してしまう。

「……じゃあ、恋人には到底ならない者に触られて、快楽を得ているんですね?」

「……それ、は……」

「いや、責めている訳じゃないんです。ただ、貴女のそういう所」

淫らで、好きですよ。耳元で囁いた宗三ちゃんは、ニヒルで皮肉めいた笑顔だった。私はもう消えてしまいたいような、言いようのない罪悪感に苛まれる。二人とも好きなのは、きっと悪いことなんだ。私は贅沢者なんだ。言葉にしてしまってから嫌な気持ちが込み上げる。嘘でもどちらかが好きだと言えば良かった。けれど、どちらかを選ぶなんて嘘でも出来そうにないよ。

「それが、貴女の今の答えですね?」

江雪さんがやけにさっぱりとした声でつぶやいた。私は小さく頷きながら、その声色が自分を責めていないことに驚いていた。

「私は前にも言いました、絶対貴女が私を好きにしてみせます、と」

「……はい、」

「まだ、その時では無かったのです。それだけ、です」

「どういう……」

「このような行為は、心が伴わなければ何の意味もありません。心が伴う前に先にセックスをするのならば、心を伴わせるためだと、私は思います」

「……」

「だから、今は、早すぎただけ、貴女の心がセックスで伴わないのなら、私は私の方法で、貴女を手に入れる」

「……っ、」

「私はそこの色狂いとは違うのです」

首筋に、ちゅっと愛おしげな口付けが落とされる。この人は本当に私のことが好きなんだと、自覚してしまう。照れ臭くなって俯くと、心臓の音が大きく聞こえる。

「はやく、私を心から欲しがる貴女が見たい……」

眉目秀麗で清楚で禁欲的な江雪さんから漏れた、寒気がするほど欲望に満ち溢れた声。私がその余韻を感じる前に、江雪さんはベットから降りた。私はそのまま、ベットに腰掛けて、ほけっと服装を直す江雪さんを見上げる。江雪さんは取り出したハンカチで指を拭うと、きりりとしたいつもの表情で私に言った。

「では、また月曜の朝に」

「あ……」

私の返事を待つ前に、江雪さんは部屋から出て行った。残された私の耳の奥で、江雪さんの言葉が谺する。言われた言葉全部が一斉に頭の中に流れる。ただ、ぼんやりとそれを聞いていた。隣から不意に声がする。

「姉様は本当に都合がいい」

独り言みたいなその言葉は、私を現実に戻すのには充分すぎた。宗三ちゃんを見ると、さっきまでの笑みは消えて、ただつまらなさそうに宙を眺めていた。そしてちら、と私を窺って、眩しそうに目を細める。

「姉様だって知っている筈なのに。色狂いの僕なんかより、貴女が淫らでいやらしいことぐらい、知ってる筈なんですよ」

「……そんな、」

皮肉に満ちた言葉。私は詰られているのに、何故か怒りは込み上げて来なかった。それよりも、胸の奥に悲痛な、遣りきれない気持ちが湧き上がってくる。

「僕と貴女は同じなんです。同じものは惹かれ合う、磁石のように、だから、一緒に何処へでも行ける。それは同じものにしかわからない」

「……」

「好きでしょう、僕との時間が」

何も考えずに、反射的に頷いてしまう。頷いてから、宗三ちゃんの嬉しそうな顔を見てから、やっとそれがどういう意味かやっと分かる。私は宗三ちゃんとの時間が好きなんだと、気付かされる。

「もっと、しましょう、もっと気持ち良くしてあげます。姉様には分からない、僕たちだけの世界へ」

宗三ちゃんの唇が、私の唇に重なる。この感覚は知ってる。あとはもう、身を任せて落ちていくだけ。私たちは変わらないで、ずっと変わらないで居られるのだろうか。それを望んでいるのかすらも分からない。けれど、私はきっと好きなのだ、この落ちていく時間が好きだ。けれどそれが何を意味するのか、今の私が知ることはなかった。









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