強姦
名前変換あり
出来るだけ息を殺して、口からも鼻からも漏れる空気を手で押さえて。薄暗い押入れの中で、見つかるな、見つかるなと繰り返す。このまま審神者殿が帰ってくる夕刻まで時が過ぎたら良い。あわよくば石切丸が迎えに来てくれたら良い。心臓がばくばくと高鳴っているのすら、煩くて、煩くて。
***
もともと刀であった石切丸の管理をしていた巫女の、なまえと申します。九十九神の石切丸が降りてからは、審神者殿の許可を得て二週間に一度ほど石切丸を伺うことが私の習慣になっておりました。石切丸は本当に、刀そのものの男でありました。そして、審神者殿の所へ通ううち、他の刀達ともお知り合いになりました。可愛らしい短刀や、美男揃いの脇差や打刀、どの刀達も私たち人間と同じ姿をしているのに、その性格は人を超え、私たちの人生を眺めるのでした。私はもともと刀そのものが好きでありましたので、刀達のことはすぐに好きになりました。しかし彼等も人間の形をしているので、苦手な"人"もまたおりました。強いて挙げるならば、岩融殿。彼の豪傑さには、気が引けてしまう時が多々ありました。
いつも通り審神者殿の所を訪れた際にございました。石切丸は遠征に行っていると留守番らしき加州清光殿が囁き、後ろから出てきた大和守安定殿が審神者殿も本丸を出てていて夕刻まで帰らないと仰りました。仕方なく帰ろうかと思いましたが、審神者殿に託けのあった私は夕刻まで待たせて頂くことにいたしました。客間に通されてお茶菓子を頂き、持ってきた本を開いていると、客間の障子がからりと音を立てて開き、顔を上げた私は障子の向こうの岩融殿を見ました。彼もまた、留守番だったようです。
「なんだ、なまえ、来ていたのか!」
「お邪魔しております」
どかどかと部屋の中へ入ってくる岩融殿に、私は本を畳んで置きました。岩融殿は私の隣に腰掛けると、いつも通りにかっと笑われました。私は控えめに笑顔で応えます。上機嫌の岩融殿は、私の頬を長い爪でつ、と撫でました。
「お前はたしか、女だったな」
「はい、そうです」
「審神者も刀も男ばかりでなぁ、俺が見たことがある女は、お前だけだ!」
「私は平均的な女ではございませんよ。世の中には様々な人間がおります。男も、女も、一様に皆同じ者はおりません」
「しかしなぁ、俺にとって女はお前なのだ」
いきなり何の話をするかと思えば。岩融殿は一層にかにかと笑って、私の頬に添えていた爪をしまいました。私もあくまで笑顔で、彼の話を聞きます。
「俺も男として姿を得たからには、試してみたいことがある」
「と、申しますと?」
「人というのは、まぐわいをするものだ。俺も試してみたい」
「ご冗談を」
雲行きが怪しくなってまいりました。岩融殿の手が私の肩を掴みそうになって、私は身を捩らせ逃れました。そのまま座っていた座布団から身を浮かせます。
「まぐわいとは、愛し合うものがするものです。私と岩融殿では出来ません」
「そうしたら、お前と俺とで愛し合えばいいだろう!」
岩融殿の目が、獰猛にきらりと光り、その閃光に私は身震いしました。そして、客間から一目散に逃げました。岩融殿がのっそりのっそりと後ろから私を追いかけます。私は岩融殿が見ていないのを確認し、近くの部屋の押入れに逃げ込みました。襖を閉めてしまうと中は暗く、私は出来るだけその闇に身を溶かそうと努力致しました。
「ひぃっ」
「なにをしているのですか?」
細く開いた襖の向こうから、紅い目が覗きました。背筋が凍る思いで身を縮めると、その目は呑気に私を窺います。今剣殿でした。私は押入れの中で、声を潜めました。
「たすけ、て、ください」
「どうしたのです?」
「追われているのです」
「だれに?」
「岩融殿に、です」
たしか岩融殿と今剣殿は仲良しでした。岩融殿をなんとか説得してくれれば良いのですが……。私がどう説明しようか考えあぐねていた次の瞬間、今剣殿は信じられない行動をとりました。
「いわとおし!なまえはこちらです!」
「ヒッ!」
どたどたと大きなものが近づいてくる音がします。私は今剣殿に構わず襖を閉めました。足音が近づき、部屋の前、押入れの前、ぴたり、と止んで。地響きのような音を立てて、襖がゆっくりと開きます。開いてしまいました。
「みつけたぞ」
岩融殿の大きな口がそう動いたかと思うと、私は掴まれて押入れから引っ張り出されました。そのままころころと畳を転がって、そのまま仰向けになりました。岩融殿はそんな私を強引に起き上がらせ、口を吸いました。舌が割り込んできます。
「……んーーっ、」
「っく!?」
入り込んできた舌に歯を立てると、岩融殿は顔を離しました。そして恐ろしく怒った顔をして、私の鼻を摘みました。苦しくなった私は口を開け、待ってましたとばかりに口を吸われます。岩融殿の恐ろしい顔に、私には抵抗など出来るはずもありませんでした。
「いわとおし、ふとんをひろげましたよ」
「おお、助かったぞ、今剣。それにしてもまさか、俺の部屋に逃げ込むとはなぁ?なぁなまえ?」
優しい口調でも岩融殿の動きは乱暴で、脇腹を抱えられた私は布団の上へ倒されます。いくら布団の上でもその衝撃に私は翻筋斗打ち、そんな私に構わず岩融殿は私の上に馬乗りになると、再び私の口を吸いました。大きな手が、私の身体を服の上から這います。私は必死で岩融殿の胸を押しましたが、力の差は歴然でした。
「岩、岩融殿、よしてください!まぐわいなどと!私となどと!ん、ふぅ……っ」
「うるさい、黙っていろ」
私の非力な叫びなど、その恐ろしい眼光に比べたらなんの力も持たぬのです。大人しくなった私の袴を乱暴に乱して、岩融殿はにっと笑いました。露わになった私の胸元に爪を伸ばして、くっくっ、と喉の奥から笑い声を漏らします。
「俺は爪が長いからなぁ。暴れられると手元が狂うかもしれんなぁ」
「……っ」
私はこくこくと無言で頷くことしか出来ませんでした。岩融殿の掌が、指が、爪が、つぅと私の肌を撫でます。勿体振るように、疼きを与えるように。悪戯に脇腹を登ったかと思えば、胸の先を掠めて鳩尾の臍周りを回り、股関節を下っていきます。背筋をぞわりとしたものが伝い、私は息を止めました。指はまるで柔らかさを確かめるように、ぞわり、ぞわりと茂みを爪で梳きました。私は恐ろしくなって、岩融殿の袈裟を両手で掴みました。
「指でお前を啼かせてやるのは、俺には無理だなぁ」
「も、やめましょう……」
「ああ!?何か言ったか!?」
「っな、なんでもございません」
「ねぇ、いわとおし、ぼくがいますよ」
まるで楽しい遊びに仲間外れにされたみたいに今剣殿は手をあげました。それを聞いた岩融殿は、にぃぃと笑みを深めて私を抱き上げました。はらり、はらりと私が動くたびに床に衣服が落ちます。上着だけになった私を後ろから抱き上げ、両足を抱き込んで岩融殿は私の恥部を今剣殿に晒させました。まるで赤子のおしめを変えるような恥ずかしい格好をとらされた私は大声で怒ることも、泣き喚くことも許されず、ただしくしくと泣きました。何しろ男に恥部などを見られることなど、初めてのことでしたので。
「今剣、ツビは泣いているか?」
「いいえ、でも、なかせてみせます」
「ひぃ……」
今剣殿の唾液で濡らした指が、恥部をぬらりと撫でました。そのまま少しずつ馴染ませるように、指を前後左右に動かします。私は一心不乱に泣きながら、時折嗚咽を漏らしました。だから、知らなかったのです、それを眺める岩融殿が眉を顰めていることなど。岩融殿が、私の首筋を長い爪で撫でました。
「うるさいぞ……」
「うっ、ぐす……っ」
「泣くのをやめろ。でないと、ここに痕がつく」
「ご、ごめんなざぃ……っ」
「まったく、いわとおしはたんきですねぇ」
苛立った岩融殿の声、私の嗚咽の声、あっけらかんとした今剣殿の声、そして、次第に涙を流し始めた私の恥部の音。私の恥部は大分熟れて、今剣殿の指をずっぽりと3本咥えていました。その様子は私にも、岩融殿にもしっかりと見えているのです。私はもう、恐ろしいやら恥ずかしいやら、綯い交ぜの気持ちの中で一所懸命口を真一文字に結びました。ただ、早くこのとち狂った行為が終われば良いと願いながら。
「今剣、もういいぞ。もう充分だ」
「ついに、ですね!いわとおし!」
「ああ、本当は口取りもさせようかと思っていたが、まぁ、良い」
私の上で交わされる、恐ろしい会話。そうです、まぐわいを無しにしてこの行為が終わるわけが無いのでした。私の淡い期待を引き裂くようにして、岩融殿は私を布団上に仰向けに横たえました。私は、ここで散らされてしまうのでしょうか。
「い、岩融殿、最後の、お願いにございます。このようなことは、誰も、誰も望みません。ですから……」
「ああ!?こんな楽しいこと、誰が望まぬのだ!これ以上興が醒めることを言えば、命はないぞ!」
「も、おぅ……申し訳ございません……っ」
正面から充てがわれた、岩融殿の昂り。ここで殺されてしまった方が、幾分もマシだったのでしょうか。石切丸の柔和な笑みや私を優しく受け入れてくださった審神者殿の顔が浮かびます。恐ろしくて、思わず縋るように覆い被さる岩融殿の袈裟に掴まりました。この男に縋っても、私は散らされてしまうのに。
「いくぞぉ!」
「ア、やぁぁぁあっ!」
「オオオォォォッ!!」
二人分の咆哮が本丸に谺しました。激しい痛みが、私を絶叫に駆り立てます。しかし、岩融殿の地響きのような哮りが、私のか細い声を消し去りました。思わず取り乱し、暴れ回る私を物ともせず、岩融殿は昂りをぎちぎちと押し込めました。覚束ない息もそのままに、律動が開始されます。
「オッ、オオッ、オオォ……ッ」
岩融殿は呻きながら、私を押さえつけて動きます。私は身を割くような痛みに耐えながら、早く終われと呪文のように、譫言のように唱えました。それが言葉になっていたかどうかは定かではありません。または本当にその声は譫言になってしまっていて、唸り魘される声になっていたのかも知れません。
「いわとおし、きもちがよさそうですねぇ」
今剣殿が私に囁くように言ったその時には、もう幾分も痛みも退いて、ひりひりと身体が割かれる感覚を感じるまでになりました。押し込められる度に内臓を押される苦しみが湧き上がり、自然に唸り声が漏れます。ふと上を見上げると岩融殿は恐ろしいことに、尖った歯をギラギラと覗かせて、獣のような呻き声を漏らしておりました。
「オォッ、オッ、アアッ!」
「ん、んぁ、んぅ……っ」
顔に滴る液がなんの液であるかは、もう誰にもわからないことにございました。私の涙であるのかもしれませんし、唾液なのかもしれませんし、また岩融殿のそれであるかもしれません。そして虚ろな私に、じわりじわりと岩融殿の快楽が伝染していくのです。ちりちりと焦れた快楽は、突き上げられるとぶわりと身体を包み、私はぶるぶると震えました。痛みと共存する、快楽です。快楽が強くなる程に、痛みは強くなりました。そして、痛みが強くなる程に、快楽もまた。
「なまえ、いくぞ、いく、いくぞぉ!」
岩融殿の動きは激しくなり、私はガクガクと揺さぶられます。もう、どこが痛いのかもわかりません。そして、岩融殿の昂りが一層中をガツンと穿ち、中でそれは弾けました。私はなんの感情も浮かばず、涙を流しました。
***
暫く荒い息を吐いていた岩融殿は、私に馬乗りになったままくたりと力無く身体を横たえる私を眺めました。私は涙の跡を残しながら、ただ、死ぬことは無かったな、と思っておりました。
「よかったか?」
私は素直に、首を横に振ります。散々なものでした。岩融殿は大きな手で私の頭を優しく撫でるとニカっと笑いました。その笑みはいつもの岩融殿で、先程の淫らな行為が嘘のようでした。
「俺はよかったぞ。お前が一層好きになった!」
「……そ、ですか」
「お前もよくなれば、俺のことを好きになるに違いない。そうだろう?」
「……」
私は特になにも考えることができず、岩融殿の顔を眺めます。返事をしない私に、岩融殿は一層笑みを深めて今度は私の頬を撫でました。
「これからも抱いてやろう。俺の気が向いた時は必ずだ」
「……、」
行為の最中、ちりりと焦れた快楽がやがて純粋な快楽や岩融殿への好意に変わることがあるのでしょうか。その可能性が否めないので、私は小さく頷きました。まぁ、それよりも岩融殿を逆上させない為の方が理由としては大きかったのですが。
「約束だぞ。絶対だ」
でも、そんな幸せそうな顔をするなんて。私は少しだけ、ほんの少しだけ、今までより彼を見直しました。