名前変換なし


朝が嫌いだ。眠い、身体が重い、動けない、怖い。もう何もすることがないのに、しなくてはいけない何かから逃げ出したくなる。しなくてはいけない何かがあるような気がしてしまう。耳を塞いで目を塞いで、布団の中に潜って朝日から逃げている。私が逃げ続けるとだいたい長い戦いの時間は終わって、昼ごはんを知らせる燭台切の声が聞こえる。私はそろそろと布団から這い出して、みんながそれぞれうどんなどを食べてる隣で生クリームたっぷりの昼ごはんを食べる。そこから私の1日が始まる。

会社勤めをしていたのはつい一ヶ月前のこと。審神者と社会人の二足の草鞋を履いていた私は、昼間は会社に行き、夕方から歴史改変を目論む組織と皆と一緒に戦っていた。しかし順調だった私の生活は一変、変わってしまった。ある朝、私は寝坊した訳でも、交通機関が遅れた訳でもないのに、あろうことか会社に行けなくなってしまった、行かなかったのだ。大事な仕事があって休めない日だった。昼になると私が来なかったことを心配した上司から電話があった。上司は私を責めなかった。しかし私はその日を境に会社に行けなくなった。どんなに怒られても、慰められても行けなくなった。仕事に行けないことを悩んで夜も眠れなかった。仕方がないから病院に行って来なさい。そう言った上司の言葉で渋々病院に行ったら、会社に行くのをやめなさいと言われた。会社は私に病気が治るまでの充電期間をくれたが、私は申し訳無くなって会社をやめた。審神者業に没頭しようと思った。しかし、審神者の仕事もうまくいかなくなった。起きられないのだ。皆は私のことを大層心配した。けれど心配されればされるほど起きられない。敵の攻撃は最早抑えられないところまで来ていた。しかし、そこで検非違使が動き出して、私たちが戦わなくても良くなった。政府は私の審神者としての力を保管するために、私と刀たちを養うことを決めた。療養のために全力を尽くしなさいと言われた。

鬱だった。

仕事が無くなって一ヶ月、私はまだもう無い仕事に脅かされていた。お薬を飲んで、夜はよく寝る生活を心がけなさいと言われた。誰かの言う通りにすれば全て良くなるような気がするのに、その誰かが誰だかわからなくて、お医者さんの言うことが信じられなくて、ネットサーフィンをした。無責任なネットの言葉に苦しめられた。鬱は甘えである。鬱は甘えである。鬱は甘えである。鬱は甘えである。鬱は甘えである。鬱は甘えである。鬱は甘えである。鬱は甘えである。鬱は甘えである。私はただの甘えで、社会から逃げ出した、ただの……


「主!ごはんだよ!」

「あ、ごはん……」

この声が唯一の救いだった。食事の部屋に行くと、アツアツのワッフルが生クリームとアイスクリームとフルーツソースに彩られていた。燭台切の作ったごはん。甘くて美味しいごはん。

「いただきます」

「どんどん食べなよ?まだ作るからね」

私はいつも生クリームを食べた。私の好物だと聞きつけた燭台切が、いつも生クリームたっぷりの昼ごはんを作ってくれた。美味しくて、最初の頃は泣きながら食べた。そしてだいたい吐いた。喉を通らなかった。燭台切に申し訳なくて泣いて謝ったけれど、燭台切は笑ってもう一度作ってくれた。お腹いっぱいにならず何回でも食べれるなんて、なんて贅沢なんだ、どんどん贅沢をしよう、なんて言って笑った。私はやっぱり泣いた。

「きもちわるい」

「どんどん吐きな!」

最近ではこの慣れ様である。私が起きてくると、燭台切は私の世話を甲斐甲斐しく焼いた。薬の管理をしてくれるお陰で、ヤケクソになって薬をたくさん飲んだりとか、変な気を起こさないで済んだ。感謝してもしきれない。昼から夕方まではわりかし暇で、ちゃんと動くことができるので私は暇を持て余した。短刀達に遊びに誘われれば一緒に遊んだが、どうも堀川あたりが私を腫れ物のように扱うきらいがあり、短刀達をたまにたしなめているようだった。だから私は大体の日は暇で、良くないことばかり考えた。

「主?」

「……もういらない」

「そっか!この後はどうする?いつもみたいに寝るかい?それとも、何かする?」

「なにか……」

なにかって、なんだろう。なにもすることがないって悲しいんだな。仕事してる時は休みが待ち遠しくて仕方がなかった。休みの日になにかあるわけじゃないのに、ただ休みだってことが嬉しかった。けど、私は今、休みだらけだ。なにをしようかな。なにもすることがないな。

「……」

「どうしたの?」

「……なんでもない……」

言葉にできることも何もない。私にできることってなんだろうか。できることが一つも思いつかなかった。どうしよう。こんなところでも私は駄目だ。誰かの言う通りにしかできない人間なんだ。悲しい。悲しい。ただ、悲しい。

「主?」

「なんでもない……なんでもないの!」

私は泣きながら部屋に逃げ帰った。敷いたままのお布団にくるまって、しくしく泣く。なんて駄目な人間なんだろう。あんなに尽くしてくれる燭台切は悪くないのに、当たり散らしてしまった。私に一体何ができるんだろう。仕事にも行けない、審神者もできない、朝起きることもできない、ごはんを食べることもできない、他人に当たり散らす。駄目な人間だ。泣いても仕方がないのに、涙が止まらなかった。よく泣く私のことを思って、燭台切が寝る前に私に渡してくれたタオルで涙を拭いて、また燭台切のことを思って泣いた。涙が止まるまで泣いた。

***

「……主?」

やっと泣き疲れて涙が止まって、ぼんやりと布団に転がっていたら、ふすまの向こうから燭台切の声が聞こえた。もう疲れた私はそんなこともどうでもよくて、なんだかよくわからない寝言みたいな返事をした。気づいたら寝間着のままだ。頭も寝起きのままだ。やっぱり駄目だ、私は。

「おはよう、主」

「うん、うん」

ふすまを開けて部屋に入ってきた燭台切は、布団に転がっている私を見ると優しい声をかけた。私は泣き疲れて適当に返事をする。何か考えてしまったら、また涙が出てきそうだった。

「さっきはごめんね」

「……燭台切が謝ることじゃない」

そうだよ、私が悪いの。私がなんにもできないから。じわっと涙が滲んだ。やだよ、謝らないでよ、私が謝らなきゃなのに。私は素直にごめんが言えなくて、すごく遠回しに謝る言葉を探して、全然関係ないところから話をはじめる。

「燭台切はさ、私なんかのために頑張りすぎだよ」

「え?」

「私なんか、私なんか……かっこよくないし……」

私なんかに続く言葉が多すぎて、ピンとしたものが浮かばなかった。だから燭台切が一番嫌だと思う言葉を入れてみたんだけど、これが意外にしっくり来て私は笑いたくなった。そうだよね。かっこよくないよね。自分が駄目なのはわかりきっているので、駄目だ以外の駄目言葉を見つけると嬉しくなる。私は燭台切に見えないように、お布団の中でちょっと笑った。

「そんな……」

「そんなことない?何を理由にそんなこと言うの?どう見たって駄目!かっこいいわけない!簡単に嘘を言わないで!」

自分が駄目なことを、他人が肯定してくれると嬉しくなる。同時に寂しくなる。めんどくさい人間だ。あーあ、やっぱり駄目だ。そして次に来る燭台切の言葉はてっきり、そうだよかっこよくないよ!か、そんなことないよ!のどっちかだと思ってた。

「ねぇ……僕の好きな主のこと、悪く言うのやめてほしいな」

「……え、でも」

燭台切はいつも私を肯定したりなだめたりするのとはちょっと違うトーンでつぶやいた。私が想定してたどの反応とも違っていたので、私はちょっと戸惑う。

「…………私は駄目だから」

考えるより先にでも、が出る。相手の言葉の否定から始まる。何を言うかも考えてないのに、いい言葉だから否定する。けれどでもに続く言葉がなにも無くて、私は常套句をくっつけた。私は駄目だから。

「いい、主?…………僕はね、君が昼まで起きられないならば、昼になったら声をかけるし、毎日生クリームを食べたいと言えば、毎日生クリームを泡立てるし、褌姿のまま庭の池に入れと言われたら、そのまま鯉を捕まえて活け造りにするくらいのことはしたいと思ってる。なんでだかわかる?」

「…………私が、しょうもなくなっちゃったから……燭台切がいないと何もできないから……」

「主、」

「ごめんね、ちゃんと審神者できなくてごめんね……」

「違うんだよ、主」

燭台切の言葉が全部お前はしょうもない奴だと言っている気がして、私はまた泣きたくなった。謝りたくなった。布団に座って俯く私に、燭台切は慌てて私の頬を包んで撫で回した。そして、優しく私を胸に抱く。

「しょうもなくてもいい、どんなに駄目でも関係ない。君が好きだから、君の望むことならなんでもしたいんだ」

「でも……」

「なに?」

「わたし、こんなに駄目だよ、なんにもできないよ、おかしいんだよ……」

「そんなこと、関係ない」

なんにも言えなくなった。ただ、そんなのって変だと思った。私だったら、私みたいな人間は早くいなくなっちゃえばいいと思う。私だったら、好きになるんだったら燭台切みたいにすごくてかっこよくてなんでもできるほうがいいと思った。私とは正反対なのだ。

「僕だって同じなんだ。出会ってから、ずっと主はすごくて遠い存在だった。でも、今ならわかるよ。君だって僕と同じ、わがままで、どう見られるかを気にしてしまうんだ」

「でも…………」

でもの後に続く言葉は無かった。からっぽの心では意味のあることなんて言えなかった。そして、少し不思議だった。仕事に行けなくなってから自分がどう駄目であるか考えるのに夢中だったから、こうして何も考えていないことは久しぶりのような気がした。

「主のしたいことはなに?」

「したいこと……」

「そうだよ。もうしなくちゃいけないことはないんだよ。だから、したいことだけすればいいんだよ」

私のしたいこと。なんにもないものだな、と思うと同時に、すぐに浮かんだこともあった。けれどこれは私のしたいことなんだろうか。ちょっと戸惑いながら、考えるふりをする。

「なんでも言ってごらん」

「……じゃあ……燭台切にお礼がしたい」

「……え?」

「燭台切、いつも、してくれるから……」

いつも、何をしてくれるかなんて言い切れないほど燭台切は私にしてくれる。なんでもしてくれる。こんなこと、私のしたいことにカウントされないかな、と不安になった私は、恐る恐る燭台切の顔を見上げる。燭台切は私と目が合うと、ゆでダコみたいに顔を赤くした。

「……やっぱり駄目……?」

「や!いや!いいと思うよ!」

「でも、そんな顔……っ」

「いやいや!いやぁ!そんなことを言ってくれるとは思わなくて!うっ」

「?」

燭台切は不自然に唸って、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。そして少し深呼吸をして、胸に抱いた私を覗き込むようにした。相変わらずゆでダコの顔で、少しだけ笑っていた。困らせてしまったかな。

「う、嬉しかったから」

「……!」

いま、笑ってた。嬉しかったって、私の言葉で嬉しかったって言った。自分が生み出せたちいさなちいさな、燭台切の嬉しいという気持ちが、私はすごくすごく嬉しかった。迷ったけど伝えて良かったと思った。私は今この瞬間だけ、間違いなく駄目、から少しだけ駄目じゃないけど駄目、になれた気がした。

「うーん、しかしねぇ、僕にお礼ねぇ……」

燭台切は私を胸に抱いたまま、宙を眺めた。私はすこし軽い気分のせいか、すこしだけキラキラした視界で、おとなしく燭台切の胸の中で返事を待っている。手袋をした手が私の頭を優しく撫でた。

「本当は君が……」

「……うん、」

「いや…………うーん……こういうのは?」

「なんでも言って。私、燭台切のためになんでもしたいの」

「…………僕と、口吸いをしてくれるかい?」

くちすい、キスのこと。

「いや!いやいいんだ!嫌ならいいんだ!ただ、その、いんたーねっとで見たからさ!うつにはえろ、が効くってさ!だからその、僕がしたい訳でなくて、いや、その!違う違う!僕はね!」

燭台切は私が返事をするより先に、ゆでダコになって早口で弁解をした。早口すぎて私にはなにやら聞こえなかったけど、その前の言葉はちゃんと聞こえた。口吸いだ。別に私のキスくらい、燭台切が毎日生クリームを泡立ててくれることに比べれば安いものだ。燭台切が、私の顔を覗き込んで真剣な目で呟いた。

「僕はね……したいよ、君と」

「よ、よろこんで」

こく、と頷くと、燭台切は頭をぐしゃぐしゃと掻いた。これでよかったのか、私は不安になった。
燭台切と、お布団の上で向かい合って座る。燭台切はチラリと私の目を見ると、気まずそうにあたりをチラチラ見回して、また私の目を見てを繰り返していた。私は目を合わせられなくて、ぼんやりと燭台切を眺める。

「…………こういうのは、男から……」

「じゃ……」

「あ、やっぱり、君の拍子で……」

「えっと……」

こんなやり取りをずっと繰り返すものだから、私はやっぱり不安になる。やっぱり断って欲しかったのか。そんなことも気づけないなんて、やっぱり私は駄目だ。私が少し俯くと、燭台切は思い切った顔で私の肩を抱いた。驚いて私が彼を見上げた瞬間に、唇同士が触れ合う。お互いに堪えるように動きを止めた後、燭台切は文字通り少し吸う。私は誘われるように唇を開いて、燭台切は私をぎゅうっと抱きしめた。予想だにしていなかった恋人同士みたいなキスに、私の胸の奥が動く音がした。

「んっ、」

短い私の声と、息を吸う音がする。燭台切は私を抱きしめたまま、つっと私の唇の中に舌を潜り込ませた。私は少し驚いたけれど、嫌だとか思わなくて、そのことに舌が入ってきた事の何倍も驚いた。そのまま燭台切の舌が動いて私を燻らせていく。逃げようとも思わないのに、私の後ろに回った手が私を逃すまいとして締め付ける。

「ンン……」

燭台切の唸るような声までもが私を焚きつけた。このままじゃ、声が出てしまう。声が出たら、私はきっと止まらなくなる。でも、やめてほしくないよ。

「……っ、は、んぁっ」

唇が離れた瞬間に、私の引き留める気持ちが口から漏れた。その声で私のはしたない火が燃え上がる。私は火を隠すようにしてーーいや隠す気もなくて、燭台切の目をじっと見つめた。人の目を見れたのなんていつぶりだろう。燭台切の目が金色に輝いている。寒気がするほど、綺麗な色。そうして私達は見つめあった。ずっとその瞳を見ていたかったのに、燭台切は私を肩に引き寄せて、強く抱きしめる。私はおずおずとその背中に腕を回した。

「……どうし、」

「やめないで」

実はこの世界には私と燭台切二人しかいなくて。二人でこうして抱き合っていることが世界の全てなのではないかと、私は至極当たり前のように思った。二人が離れてしまったら、この世界は壊れてしまって、二人とも深い谷底へ落ちてしまうのだ。

「私は、ずるい……」

「……なに?」

「私が……嫌いじゃなかったら、ちゃんと、して……」

「……主?」

「ちゃんと、続き……私が嫌いじゃないなら、ね……?」

ああ、やだな。私ってずるい。こんな二択迫るなんて。きっと私は燭台切に拒絶されて、きっと心ゆくまで落ち込むことができる。そうしたらきっと、助けの声も、甘い昼ごはんも無くなってしまう。私にお誂え向きの泥のような毎日が待ってる。だから燭台切、嫌っていいんだよ。

「…………っ、ずるいのは僕の方だ」

燭台切は呟くと、もう一度私の口を吸った。今度は息を吐く暇も無いくらい激しく、恐ろしいほど貪欲に。私を受け入れてくれた燭台切を不思議に思うと同時に、自分の中の誰かが、やっぱり見捨てられなかったね、なんて私を嗤った。やっぱり私ってずるい。

「私って、ずるいや……」

「ずるくない!」

「で、も…………」

「ずるくたって、君が望むなら、僕は……」

「…………」

「いいや………君が望まなくたって、僕は、」

強引に耳を付けさせられた燭台切の胸が、とく、とく、と脈を打っている。見上げることもできないくらい強く抱きしめられて、その音に少しだけ私は落ち着いた。

「そんな理由くれなくたっていい、全部僕のせいにしていい。だから、このまま、君を……」

「……っ」

「君を抱かせてくれ」

見なくたってわかる。あなたの瞳は今、太陽に透かしたガラス玉みたいに煌めいている。私はその瞳を覗きたくて、広い背中を強く強く抱きしめた。

***

「ああっ、あっ、はぁ……っ」

私の下腹部顔を埋めた燭台切に、恥部を舐られる。もうさっきから、何回イッてるんだろう。

「しょ、くだ、あ……っも、やめっ、あぁっ」

「気持ちいいかい?」

「や、もぅ、やぁっ……あっ、ああ……っ」

「いいねぇ、その顔」

ぺろりと口の周りを舐め回し、私の顔を満足そうに仰ぎ見る。巧みな舌で、または手袋を外した手で、彼は私に快楽を与える。まるで頭の中を気持ちいいことでいっぱいにするみたいに。もう私は燭台切にされることしか考えられなくて、自分がどういう表情をしているかなんて想像することもできなかった。嫌気がさすほど気持ちがいい。

「……ーーーーッア……!」

また、またイッた……。私がびくびくと震えても、燭台切は一向に手を止めない。こんなの気絶したほうがまだマシだ。けれど気絶する前にもっと激しい快楽が待っているとしたら……?恐怖で寒気がする。

「んぁっ、やっ、イッて……っる、からぁ……」

「いく、ってなんだい?」

「いく、のっ、いく……っーーーっぁあ!」

身体が痙攣したところで、やっと手が止められる。荒い息を一所懸命なだめようとするけれど、すぐにはどうすることもできそうになかった。そんな私を覗き込んで、燭台切は控えめに聞いてくる。

「ねぇ、いく、ってどういうこと?」

さっきは意地悪でそんなことを聞いてるのかと思ったが、本当にわからないらしい。燭台切の知ってる言葉でイクってどう言ったらいいんだろう、とかそういうことを考えられる余裕もなく、私はおぼろげな言葉を漏らした。

「いっぱい、いっぱいなって……っダメになっちゃう……っ」

「ダメになる?」

「うん……っ、ダメが、いっぱい……っ」

「そっか……」

燭台切はちょっと考えるような素振りをすると、側にあったタオルで手を拭って私の頭を優しく撫でた。私はその刺激にすら身体を強張らせる。

「僕が君をダメにしたら駄目だよね」

朦朧とする私にそんな風に呟いて、燭台切は愛おしそうに私を抱きしめた。そのまま下に手を伸ばして、今度はゆっくりと秘豆を撫で摩る。私は堪えきれずにか細い声を漏らす。

「や、あっ、ああっ……」

「うんうん、かわいいね」

「んーーっ、んっ、また、イッ……」

何度もイかされた私は、イクまでの時間が短くなっていた。また、イッてしまう!と思った瞬間、燭台切は手を止めた。私は踏み止まって、息を大きく吸う。燭台切はじっと私の顔を眺めて、おでこにキスを落とした。

「イかなかった?」

「……うん……」

燭台切は悪戯っぽく笑うと、今度は陰裂にその長くて骨張った指を差し込んだ。背筋がぞくぞくと戦慄く。中で指を折り曲げられて、ぐりぐりと掻き回される。ぞわ、ぞわ、快楽の波が押し寄せる。津波のように波は激しく私を襲い、ああ、攫われてしまう!と思った瞬間、燭台切は手を止めた。私は踏み止まって、喉の奥から呻く。燭台切は相変わらず私の顔を眺めている。

「大丈夫?」

「……うん、」

今度は耳殻を口で舐りながら、指で秘豆を押し潰される。突き抜ける電流のような快楽が身体中を駆け巡り膨らみ、もう、弾けてしまう!と思った瞬間、燭台切はまた手を止めた。私は踏み止まって、恨めしい声を漏らした。燭台切は顔を上げて、私の顔を眺めた。

「……ダメじゃなかった?」

「…………っ、や、」

私はふるふると首を振り、膝で立つようにして燭台切の首にしがみつく。寸止めにされた恥部が刺激を求めるように蠢いているのが自分でわかる。燭台切はしがみついて膝をついた私の恥部を、指でぐちゃぐちゃ擦りだした。溢れ出る汁が激しく指を滑らせ、秘豆を擦るたびに興奮が高まり、今度こそ、今度こそは!と思った瞬間、また指は止まった。私はまたも踏み止まってしまい、悔しさから不甲斐ない声を出した。

「燭台切、やだよぉ……」

「僕は君をダメにしたくない」

「私はぁ……っ」

やだよ、やだよ燭台切。私は燭台切の首にぎゅっと抱き着いて、おぼろげな足元で膝に力を入れる。燭台切の肩に手をつき、正面からその顔を真っ直ぐ捉えた。胸がどきどき高鳴る。なんだか気持ちが浮いてるみたいな感じがして、ちゃんと伝えられるか不安になってくる。

「私はっ、燭台切と一緒に、ダメに、なりたいよ……っ」

「……ん?」

「燭台切、に?……ダメになりたい……っ、ちょっとだけなら……っ」

ちゃんと言えたかな……?駄目だった気がする。不安になって燭台切の目を見つめると、その目は月夜に煌めく夜露のように輝いていた。見つめ合ったまま私の頼りない膝を倒して、布団の上に仰向けに横たえると、両手で私の顔を閉じ込めた。

「そうだな……一緒にダメになるのも、悪くないかな」

「……っ」

「そうしたら、もっと君と同じになれる……気がするよ」

「ん、」

ああ、優しいその目が好き。うっとりするほど美しい目で、燭台切は私の頬を撫でた。そのまま唇を合わせる。今日一番に甘い甘いキスだった。

「……でも、どうせなら、僕でダメになって欲しいなぁ」

にやっと笑った燭台切が、ズボンの前を寛げた。溢れてはみ出たそれは、それはそれは昂ぶっている。あれが、あれで、あれを入れられたら、確実にイッてしまう、ダメになってしまうだろう。私は静かに慄いた。

「じゃあ、さ……」

ぴたり、恥部に肉棒が押し当てられる。何度もお預けにされたそこは、目の前にぶら下げられたとっておきにはしたなく涎を垂らした。足腰が立たなくなってもいい。気絶してしまってもいい。その前にもっと激しい快楽があるのなら、それが欲しい。燭台切と一緒なら、怖くない。

「僕と一緒に、ダメになろう?」

「は、い……っ」

ぬるり、私の肉を割る、燭台切の肉。二つの肉はぴったりとくっついて、やがて一つに溶け合っていく。中が蠢いて、溶けていく。その代償に、凄まじい快楽が二人を包む。譫言のように私は喚き、燭台切は堪えるように唸った。

「はい、った……っ」

「ん、んぅ……!」

すぐにでも登り詰めたいと身体が騒めく。しかし、不思議と中がそれを宥めている。まだ、まだこれ以上があるんだ。つるり、と燭台切が滑って行く。そして、押し込められる。

「……うぁんっ!」

「かわいい、顔、するよね」

今度は中が叫ぶような快楽を伝えてくる。乗り遅れた身体が、中心から末端に波を押し広げる。引いては押して、押しては引いて。燭台切の動きに合わせて止まること無く、それに合わせて喉から声が漏れた。

「や、あっ、あぁっ、んぁ……っ」

身体を駆け巡る波はやがて速さを増し、今度は電流のようにして身体の中心に集まってくる。身体中が快楽という電流で満たされていく。あと少し、あと少しで。燭台切の律動が早まるのと同時に、私もどんどんと昂ぶっていく。

「も、イ、イク……っ、ダメが、なる……っ」

「一緒に、ダメ、に、なろ……ぅ、!」

その瞬間、声も出なかった。正確には、何か叫びのようなものが稲妻となって私達を刺した。とくり、とくり、と燭台切のものが中で震えて、その刺激にすら私はイッた。気が遠くなるような、激しい激しい快楽だった。

***

目が覚めると、控えめで爽やかな日差しと澄んだ空気、そして小鳥の囀りが襖の隙間から部屋の中まで流れてきていた。それは長らく感じたことのない、朝の空気だった。私は初めて朝を知ったように、布団から起き上がって大きく息を吸った。逃げることない朝を迎えたのはいつぶりか。朝だけど、逃げる必要がなかった。私がすこし驚いていると、隣で眠っていた燭台切が目を覚ました。先に起きていた私を見るなり目を丸くして、しかしすぐににっこり微笑んだ。

「おはよう」

「おはよう、燭台切……」

ああ、変だな。こんなに簡単に朝が来るなんて、変だな。朝日は怖くない。むしろ心地よいみたいに私を包んで、私を普段よりずっと柔らかい気持ちにさせた。燭台切は相変わらず笑って私の頬に手を添えた。

「ねぇ主、僕はね、朝からやらなくちゃいけないことがあるんだ」

「……なに?」

「それはね、すごく大切で、僕以外には絶対にやらせたくないことなんだけど……主となら、一緒にやりたいと思うんだけど」

「……そんな大切なこと、私がやっていいの?」

「うん、一緒にしたいんだ。主がしたいなら、一緒に」

なんだろう、私にできるかな。私は根拠もなく、できないような気がしてしまう。だってそんな大切なこと、私にできる根拠なんか無いし、根拠があったとしても私はできないことが多すぎるから。けれど、今日の私は不思議と朝起きられた。もしかしたら、もしかしたら。…………失敗してしまうかな。

「でも…………」

「僕ね……主の朝ごはん、作らなきゃ。最近は昼ごはんばっかり作ってたし、僕も本当に久しぶりに作るから、主がいなきゃ失敗しちゃうかも」

「えっ!」

「大丈夫、一緒にダメになれるなら、一緒にすごいこともできるよ。朝ごはんだって作れるよ」

悪巧みするような顔。私のことを騙そうとしてるんだ。なんて優しい悪巧みなんだろう。私は愚かで駄目だから、そんな優しい罠を仕掛けられたらすぐにかかってしまうよ。私は燭台切に後押しされて、少しだけ自分の可能性を感じる。

「美味しい朝ごはんにしよう、毎日主が朝ごはんを食べたいと思うようにね」

私は自分の可能性みたいに、小さく小さく頷いた。



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