04 【Noctis】




 港の様子を見たノクティスがレストランに戻ると、アネモーラが一人で美味しそうなものを食べていた。

「なーに1人でウマそうなモン食ってんだよ」

 難癖つけながらテーブルを回り込む。その席は団体客用なのか、テーブルも椅子もやたらにでかくて長かった。椅子に至ってはベンチみたいだ。そのベンチを跨いでアネモーラの隣を陣取ると、アネモーラはトーゼン嫌そうな顔で料理を自分側に寄せた。いつもみたいに横から摘まみ食いされることを警戒したんだろう。けどそんなのはノクティスも想定済みなので、次の手段として大きく口を開ける。

「あ」
「……なに?」

 わかってるくせに。わからないふりをしたアネモーラは嫌々ながらも尋ねてくる。そっちがそのつもりならこっちだって答えるつもりはない。ノクティスは口を開け続ける。

「あー」
「……あげないよ。これ、わたしの朝ご飯なんだから」
「あ〜」
「あげないってば」
「あ〜〜〜〜」
「…………」
「――ノクト」

 見かねたイグニスがため息混じりにノクティスを呼んだ。これはアレだ、そのへんにしておけ、とか何とか、そんなニュアンスが言外に込められている――けど、まだ全然本気で怒っているカンジでもないので、シカトすることにする。黙殺。

「もういいよ、イグニス」

 唇を尖らせたアネモーラがナイフとフォークを取り上げる。

「ノクトはいっつもこうなんだから」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、一口よりやや大きめのサイズに切ってくれるあたり、アネモーラもアネモーラだ。

「そうそう。オレはいっつもこうなの。わかってんじゃん」
「いばんないで。――ほら、あーん」

 促されたので大人しく口を開ける。

「あーん」
「……何やってんだお前らは……」

 食べさせてもらったフレンチトーストっぽいもの、ではなく、フレンチトーストベリー乗せっぽいものをモグモグしていると、ミネラルウォーターのビンを持ったグラディオラスと、グラスを持ったプロンプトが戻って来た。すぐにこっちに来ないと思ったら、そんなものを調達しに行ってたらしい。まぁ手ぶらでレストランに居座るわけにもいかないからな、と思って労をねぎらう。

「サンキュ」

 手を上げると、わかってるように頷かれる。

 人数分のビンとグラスが回されたので、グラディオラスとプロンプトも席に着いた。

「どうだった」

 早速尋ねてくるイグニスに、ビンの中身をグラスに開けながら、グラディオラスは首を振る。

「駄目だな。あの男の言う通りだ。今日も明日も明後日も、欠航だとよ」
「てゆーか、船、なかったし」

 ノクティスの隣に座ったプロンプトが身を乗り出してくる。ちなみにプロンプトは中身をグラスに開けず、ビンに直接口をつけて飲んでいる。なるほど、そうするのか、と学習したノクティスは早速プロンプトの真似をした。……イグニスから無言の抗議を感じる気もしたが、気づかないフリで飲んでしまう。

「再開の目途とか、何も張り出されてなかった?」
「ねえな」

 尋ねるアネモーラに、イグニスの隣に座ったグラディオラスが腕を組む。

「オルティシエで全部止められてるらしいぜ」
「やっぱりそうなんだ…」

 俯くアネモーラに、「けど」とグラディオラスは指を立てる。

「港で会った新聞記者が、船を都合できるかもしれねえとさ」
「船を?」

 イグニスが眉を顰める。

「この状況で用意できると言ったのか? …新聞記者が?」
「そこのところはオレにもよくわからねえよ。ただオレたちの素性は知られてたな」

 正面にいるグラディオラスから「な」と視線を向けられたので、頷いておく。

「王子だってバレてたな」

 まあ、と言ってイグニスは眼鏡のブリッジを押し上げる。

「今回の旅も隠していたわけではないし、ノクトの写真や映像も、制限をかけてはいるが、非公開にしているわけでもないからな……知っている者がいても、おかしくはないが……」
「でもさ」

 プロンプトがグラディオラスを見る。

「ほら、グラディオ。あのコイン」
「――ああ」

 グラディオラスがテーブルの上に置いたそれは、さっき謎のオッサンから放って寄越されたものだった。

「その自称新聞記者が言ってたんだが、これは8年前に配られた神凪就任記念硬貨なんだとよ」
「神凪――ルナフレーナ様の」

 驚いたイグニスがコインを取り上げる。

 ノクティスは素知らぬ顔でミネラルウォーターを煽ったが、本当はちょっとそわそわしていた。これはルナフレーナとの婚儀を持ちかけられてからの症状なのだが、彼女の名前を見たり聞いたりすると、妙にムズムズしてしまうのだ。

「話には聞いていたが、実物を見るのは初めてだな」

 表と裏を検分していたイグニスが、満足したのかコインを戻す。

「それが本当だとすれば、これは銀貨か」
「たけーの?」

 自然なカンジで会話に混ざる。ルナフレーナの名前を出されても動揺なんてしていませんよ、ということを自分と仲間に示すため――だったのだが、グラディオラスからすかさずキツイ突っ込みを貰ってしまう。

「たけえけど、売るなよ?」
「そうだよノクト、婚約者さまの記念硬貨なんだから」

 便乗したプロンプトからも狙い撃たれたノクティスは、成す術もなく黙り込んだ。

(…婚約者…)

 ムズムズする。ああムズムズする。というかこちらが思わず怯むような、そんな言葉を使うなんて反則だ。反則技だ。ずるいぞお前ら。

 視線を感じたので横目で隣を見ると、アネモーラが呆れたような顔でこちらを見ていた。

「なんだよ」
「別に」

 明らかに、別に、ではないような調子ではぐらかすものだから、ムッとしてしまう。ムッとしたままノクティスは要求する。

「なあ、ベリー食いたい」
「あげません」
「オレそのぷちぷちしてるやつがいい」
「…………」

 大きなため息と一緒に、要求通りのぷちぷちベリー刺しフォークが目の前に差し出されたので、「あ」と口を開ける。もぐもぐ。

 プロンプトが何かすごいビックリした顔でこっちを見てるけど、何をそんなにビックリしてるんだろう、こいつは。

 仕切り直すように、イグニスが咳払いをした。

「これが就任記念硬貨なら、一般には配られていないはずだ」
「帝国関係者じゃねえかって言ってたぜ、新聞屋は」

 グラディオラスからの補足を聞いて、イグニスは考え込む。

「帝国関係者……アーデン……」
「どした?」

 尋ねたノクティスに、イグニスは逆に問い返してくる。

「ノクト。帝国宰相の名前は?」

 ノクティスは瞬き、ゆっくりと答えた。

「――グラウカ――」
「……それは将軍だな……」
「かっこよく間違わないでよノクト〜」

 ケラケラ笑うノクティスとプロンプトを呆れたように見ていたアネモーラが、イグニスに正解を返した。

「アーデン・イズニア。帝国の宰相と同じ名前だよね」
「誰と誰が同じだって?」

 口を挟んだグラディオラスに、イグニスが説明する。

「先ほどアネモーラに絡んでいた男――この硬貨を寄越した男だな――そいつの名前も、アーデンというらしい」
「あの妙な野郎か」

 顔をしかめるグラディオラスに対して、イグニスも苦虫を噛み潰したような顔になる。

「今日だけでなく、昨日もアネモーラに絡んでいたそうだ」
「おいおい、連日かよ。タチ悪ぃなあ」
「ああ。だから、今後も現れないとは限らない」
「警戒するに越したことはないってか」
「そうなるな」

 険しい顔で頷き合うイグニスとグラディオラスを前にして、当事者であるアネモーラは居心地悪そうに目を伏せている。まあ、フツーに考えて、あまり愉快な話ではないよな、と思ったノクティスは、アネモーラを助けるつもりで口を開いた。

「なあ、もういいだろ、その話は」
「何を言っているんだ、ノクト」

 イグニスの眦が吊り上がった。

「良くはないだろう。話を適当に終わらせようとするな」
「……」

 怒られた。

 イグニスの言う通りではあったので、返す言葉もなく唇を尖らせていると、横から脇腹を突かれた。アネモーラだ。おこられた、と小声で伝えると、ばか、という囁きが返ってくる。おい。バカとは何だバカとは。抗議を込めてアネモーラの脳天にチョップを入れると、間髪入れず鳩尾にチョップが返ってきた。痛い。

「お前たち、じゃれてないで話に加われ」

 呆れたようなイグニスの声に、プロンプトの疑問がかぶさる。

「ねえねえ、同姓同名って可能性はないの?」
「そりゃあるだろ」

 肯定したグラディオラスに、イグニスも首肯する。

「あの妙な男も名前を名乗っただけで、姓は名乗っていない――そうだったな?」

 水を向けられたアネモーラは、うん、と頷いた。それを見て取ったプロンプトは、確認するよう更に疑問を起こす。

「アーデンって、別に珍しい名前でもないよね」
「ああ」

 イグニスは顎に指を添えて言葉を続ける。

「第一帝国の宰相はずいぶん高齢だと聞いている」
「病気がちで臥せってることが多いから、滅多に表に出てこないんだよね?」

 アネモーラに頷きを返してから、イグニスは全員を見回した。

「という話だな。――アーデンという名の帝国関係者と言われて、真っ先に宰相が浮かんだだけだ。容貌の情報が一致しない以上、別人だろう。気にしないでくれ」
「んじゃ、そーするわ」

 真っ先に了解したノクティスに、イグニスは「割り切りがいいな」と少し微笑った。そうかな、とノクティスは思ったけれど、言葉にはしなかった。考えてもわからないことは考えるだけ無駄ではないのだろうか。無論それはノクティスの主義なので、イグニスにも当てはまるとは思わないけれど。

 そんで、とノクティスは新たな問題を提起する。

「結局どーすんだよ。原石取りに行く流れでいーわけ?」
「原石?」

 不可解そうな顔をするイグニスに、グラディオラスが説明する。

「例の新聞屋からの交換条件だ。船手配してやるから、代わりに原石取ってこいってよ」
「……何故新聞記者が原石を欲しがるんだ……」

 さあ、と言ってプロンプトも首を傾げる。

「アクセサリー屋にでも転職すんのかね〜?」
「それで、場所は?」

 イグニスに問われたノクティスは、懐からマップを取り出した。新聞記者――ディーノによって付けられた丸印は、ガーディナ渡船場より北の、サルエン渓谷を大きく囲っている。

「そう遠くはないな」
「今から行けば日帰りできるんじゃない?」

 楽観的なプロンプトに、イグニスは首を振った。

「この印は原石があると思われる、という大体の目星だろう。すぐに見つかるとも思えない」
「つーか、原石探しに行く流れでいーわけ?」

 改めてノクティスが尋ねると、全員が顔を見交わし合った。

 皆の気持ちを代弁するように、イグニスが呟く。

「他に方法がないからな…」
「王都に連絡すれば融通してくれるのかもしれねえけど」

 グラディオラスが頬を掻く。

「それじゃいまいち恰好がつかないしな」

 仕方ない、と言ってイグニスは結論付けるように全員を見回した。

「不本意ではあるが、他に道がない。その新聞記者に賭けてみよう」

 全員からの首肯を受け取ったイグニスは、アネモーラの皿が空なのを確認してから、腰を浮かしかけた。

「それでは、準備が整い次第出発しよう」

 それから当たり前のように続けようとする。

「アネモーラは――」

 置いて行くつもりだな、とノクティスは思った。聞かなくてもわかる。だからノクティスは遮ったのだ。

「待てよイグニス」
「ノクト?」

 不思議そうな顔をするイグニスは無視して、アネモーラの方に体を向ける。

「オレらはこれから出発するけど、お前は?」

 原石探しの話に入ってからすっかり大人しくなっていたアネモーラが、おずおずといった調子でノクティスを見上げる。

「…わたし?」
「お前はどうしたいんだよ」
「わたしは……」
「――ノクト」

 予想通り、イグニスからの待ったが入る。

「ここは王都じゃないんだ。無理にアネモーラを連れ回そうとするな」
「じゃー言うけど」

 立ち上がっているイグニスを、ノクティスは座ったまま睨んだ。

「お前も無理に置いて行こうとすんな」

 ま、と仲裁するようにグラディオラスが低く笑う。

「置いていったところで安全とは限らねえしな? 目つけられてんだろ、あの男に」
「それは……」

 イグニスは返答に窮するよう、眼鏡のブリッジを押し上げる。

「……そうだが……」

 ノクティスはアネモーラの頭を叩いた。

「こいつ、魔法はつえーし」

 グラディオラスが茶化すように笑う。

「ノクトより強いしな」
「うっせえよ」
「だが……」

 イグニスはまだ渋っている。

「外には野獣が……実戦経験も……」

 気持ちはわからなくもないが、あまりの過保護っぷりにノクティスは呆れてしまう。

「実戦経験なんてオレらにだってなかったろ」
「わたし」

 そこで不意に、それまで口を閉ざしていたアネモーラが立ち上がった。意を決したように全員を見回す。

「連れて行ってください。足手まといにはなりません、頑張ります!」
「……」

 イグニスはとうとう是も非もなく黙り込んでしまったが、それはもう観念したも同然だと長年の付き合いでわかっていたので、ノクティスは「っしゃ」とガッツポーズを作った。

「そんじゃ、決まりな」
「よろしくお願いします!」

 深々と頭を下げるアネモーラに対して、グラディオラスとプロンプトはそれぞれ「おう」「よろしく」と声をかけているが、イグニスはまだ不本意そうに唇を引き結んでいる。

 ノクティスは嘆息した。

「そんなに心配なら、イグニスが付きっきりで面倒見ればいいだろ」
「そうする」

 不満全開の低い声を残して、イグニスは会計するために席を離れて行った。そう言う以上あいつはマジでそうするんだろうな、と半ば呆れながらその背中を見送っていると、つんつん、と脇腹を突かれた。

 案の定アネモーラだ。ちょっと照れくさそうにはにかんでいる。

「ありがとうね、ノクト」
「どーいたしまして」

 微笑って答えながら、そういえばアネモーラがオルティシエの高校に行きたいなんて言い出した時も、同じようなやり取りをしたっけな、とノクティスは不意に思い出していた。あの時も、賛成したのはノクティスで、反対したのはイグニスで、そしてグラディオラスは平等にみんなの味方をしていた。

「ところで王子〜」

 今度は逆の脇腹を突かれる。プロンプトだ。

「そろそろオレのこともちゃんと紹介して欲しいんだけど〜」
「……」

 そういえばこいつは港を見に行ってる時から、アネモーラのことを紹介しろ紹介しろとギャンギャンうるさかったのだ。ノクティスは数秒間思考を巡らせたが、あまりの面倒くささにすぐに考えることを放棄した。

 プロンプトの方を見て、アネモーラに手の先を向ける。

「これはアネモーラ」

 今度はその逆をする。

「そんでこっちが金髪くん」
「――はあッ!?」

 金髪くんが素っ頓狂な声を上げる。

「ちょっと何その雑な説明!? 真面目にやってくんない!?」
「んん?」
「きょとんとした顔しないでよ!!」
「ん〜?」
「な!! ――んなの、そのぶりっこポーズ。写真撮っていい?」
「やめろ」

 くすくすと笑う声が聞こえたので、見ると、アネモーラが可笑しそうに口許を押さえていた。ノクティスも思わず、安堵から頬を緩めてしまう。――ようやく、笑顔を引き出せた。





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