01 【She】




 ガーディナ渡船場で原石を受け取った新聞記者ディーノは、希少品であるという原石の実物に深く感動し、そしてそれを見事に採取せしめたノクティスたちには多謝を述べたのだけれど……ディーノ曰く、正直に打ち明けると、このままノクティスたちが姿を見せない――つまりディーノからの依頼を受けておきながら、諸々の事情によりトンズラしてしまう――可能性も考慮に入れていたため、一応船の手配は進めていたけれど、そうした可能性を念頭に置いた悠長な手配だったので、今すぐに乗船手続きに移ることはできない、急がせても明日の用意になってしまう、という話だった。

「マジでごめん! ほんっとごめん!」

 両手を合わせて拝むように謝るディーノを前にしては、それ以上の不満も述べられない。ただ、本日中の出港を見込んでスケジュールを立てていたので、今日という一日が白紙に戻ってしまい、戸惑っているだけだ。遅くとも今日の夜までには、オルティシエで名物の魚料理に舌鼓を打てているだろう、と予想していたのだけれど、まさかまたガーディナで足止めを食らうはめになるとは思わなかった。

 その事情はディーノにも十分察せられるものだったようだ。ノクティスたちに無駄足を踏ませてしまったのは自分なので、今日の宿代については全面的にこちらが持つ、と申し出てくれた。

 もちろん、宿泊先はガーディナ渡船場の高級ホテル、シーサイド・クレイドルだ。




「やった〜! ホテルだ〜! やわらかーいベッドとマッサージ〜!」

 両手を挙げたプロンプトが、子供のようにその場で飛び跳ねてみせる傍ら、イグニスとグラディオラスはそれぞれ考え込むように腕を組んでいる。

「まさか本当に手続きしているとは……」
「どう言って船を動かしてんだか。職業柄ってことなんだろうが」

 当のディーノは、船の手配を急がせるために、先ほど慌ただしく立ち去って行った。海を臨む港にたむろしているのは、ノクティスたちだけだ。定期船運休の張り紙を見て肩を落とす利用者の姿も、今は見当たらない。

「しかし、出港が一日ずれるのは痛いな」

 眼鏡のブリッジを押し上げながら、イグニスが吐息を落とす。

「こんなことなら、標に泊まらず、多少無理をしてでもガーディナに向かうべきだった」

 そうしていれば昨日のうちに船の手配を頼め、今日には出港できていただろう、と考えると、昨日の選択が誤りであったように、イグニスには思えて仕方ないのだ。だからその誤りを悔いたくなるし、そんな選択を良しとした自分に腹が立つのだけれど、彼の主であるノクティス王子は、そこのところが実にあっけらかんとしている。

「やっちまったもんはしょうがねーだろ。考えたって、過去に戻れるわけじゃねーんだし」

 茫洋とした海を眺めていたノクティスが、振り返って屈託なく笑う。

「つーか、これは忙しく頑張ってたオレらへのご褒美だろ。休めって言ってくれてんじゃね?」
「誰が?」

 尋ねるプロンプトに、ノクティスは束の間考え込み、人差し指を空に向けた。

「……カミサマ的な?」
「何それ雑〜」

 けたけたと笑うプロンプトを眺めていたグラディオラスが、「じゃあ」と結論付ける調子で口を開く。

「今日は一日、オフってことでいいな」
「さーんせー!」

 同調するプロンプトに、イグニスも頷いた。

「仕方がない。やるべきこともないし、自由時間ということにしよう」
「うっし。釣りするぞ〜」

 ノクティスは片腕を、肩の辺りからぐるぐると意欲的に回す。

「オレは写真撮りに行く〜」

 カメラポーチを叩くプロンプトに、グラディオラスは顎を撫でる。

「オレはゆっくり本でも読むかな」

 それぞれから申告された休日の過ごし方に、頷きを返しながらも、念のため、といったトーンでイグニスが釘を差す。

「どう過ごすかは自由だが、あまりガーディナからは離れないようにな」

 それと、と言ってイグニスは視線を転じる。

「アネモーラ」
「……はい」

 敢えて会話の輪から外れていたアネモーラだったのだけれど、イグニスはもちろん見逃してはくれなかった。また何かを盾にして、何かを忠告されるのだろうな、と思いながら、アネモーラはイグニスの傍に寄る。

「オレたちはディーノに一部屋用意してもらうが、アネモーラは今の部屋をそのまま使ってくれ」
「わかった」
「何かあったらすぐにオレたちの部屋に来るように」
「はい」
「自由時間中も、好きに行動してもらって構わないが、ホテルから出る時は誰かに同行を頼むように」
「それってつまり、好きに行動できねーってことじゃん」

 唐突に口を挟んだノクティスに、イグニスが冷静な目を向ける。

「アネモーラが、妙な男に目をつけられているのを忘れたか?」

 ほんの一瞬、険悪な空気が流れたけれど、今回はノクティスが折れることにしたようだった。反論も同意もなく、ただ不機嫌そうに顔をしかめて輪から離れていったノクティスに、イグニスは小さな吐息を落とす。

 それからアネモーラに目を戻した。

「いいな?」

 それはこちらの意向を窺うというより、同意を求める口調だったけれど、アネモーラは特に拘泥なく頷いた。こうなる予感はあったのだ。……こうならない可能性も考えられたので、わずかな期待はあったのだけれど……まあ、自由には制限がかけられるものだ。仕方がない。あの男のことを引き合いに出されるのならば、なおのこと、反論のしようもなかった。

 それはノクティスも承知しているだろうし、ノクティスとて、自分自身に降りかかる制限ならば甘んじて受け入れるのだろう。けれど彼は、アネモーラに降りかかる不自由には反発を見せる。同じ王族であるけれど、せめてアネモーラには、自由を謳歌してもらいたいと思っているのだろう。それこそ、アネモーラもノクティスに対して、願っていることなのだけれど。




 さて、一旦ホテルの部屋に戻ったアネモーラは、ポーターによって運び入れられていた旅行鞄を前にして、腕を組み目を閉じた。眉間に皺も寄せる。

 突然白紙になってしまった今日のスケジュール。みんなはそれぞれ、すぐに予定を思いついたみたいだけれど、アネモーラのスケジュールは白いままだった。

 これからどうしよう?



 とりあえず、荷物の整理をしながら考えよう
(正規ルート)

 本でも読んでゆっくり過ごそう
(分岐恋愛イベント/グラディオラス)

 みんなはもう出かけたのだろうか
(分岐恋愛イベント/イグニス)

 ホテルのラウンジに降りてみよう
(分岐恋愛イベント/ノクティス)

 せっかくだし、ガーディナを見て回ろう
(分岐恋愛イベント/プロンプト)





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