01 【Prompto】




 ガーディナ渡船場を北に数キロメートル。緩やかな斜面を登った先に広がる一帯が、サルエン渓谷だった。

 一同を乗せたレガリアは、渓谷の間の幹線道路を縫うようにしてひた走る。強さを増した午前の陽射しと、それを厭うように投げかけられた渓谷の影に、レガリアの黒が現れては隠れ、その度にキラリと車体が光った。

 やがて車は緩やかに速度を落とし、渓谷内の路肩に寄ると、そこで完全に動きを止めた。わずかなドライブを終えた面々は、軽口を叩き合いながら順に車を降りてくる。

 ――最後に助手席のドアを閉めたプロンプトは、うんと伸びをしてから空を見上げた。さあ、原石探しだ、と意気込む前に、画策していることがひとつある。

 広げた地図を覗き込んでいる、アネモーラの背中。

 アネモーラ・ルシス・チェラム。

 ルシスで暮らす者ならば、国の第一王女である彼女のプロフィールを、おおまかには把握していることだろう。第一王子であるノクティス同様、メディアへの露出はセーブしているようだが、折々に放送される情報番組で動静は語られているからだ。たとえば、今現在は隣国のアコルドに留学をしていること。たとえば、レギス国王陛下の弟を父に持つこと。たとえば、その父親は数年前に他界していること……。

 でも、それは表層的な情報だ、とプロンプトは思っている。生まれや、育ちや、そういったことではなくて、もっと小さなことをプロンプトは知りたかった。何を考えているのか、何を感じているのか。たとえば、好きな色や嫌いな色、そんな些細なことでいい。お堅い王室の情報番組では決して語られないようなことを、教えて欲しいし、知りたいと思っている。

 そのためには彼女と話をしなければならない。それも、できれば二人きりで。誰かと親しくなりたいのなら、二人きり以上の最適はない。

 サルエン渓谷に向かうまでの車中では、当然だがそんなタイミングはなかった。それぞれの近況報告に終始する会話を、盛り上げるだけで精一杯だった。ノクティスたちも、留学中の彼女とは頻繁に会えるわけではないのだから、積もる話もたくさんあるのだろう。みんなの話を聞くのは楽しかったし、楽しそうにしているみんなを見るのはもっと楽しかったので、それについての不満はない。氏名のみとはいえ、自己紹介も車中でかろうじて済ませている。

 ただ、欲を言えるのなら、ちょっとの間でも構わないので、王女様と二人きりで話がしてみたかったのだ。だから原石探しの合間を縫って、機会を窺おうと目論んでいたのだが……。

 ――まさか、本当に、付きっきりで面倒を見るなんて思わなかった。

 プロンプトは、前を行くイグニスの背中を恨めしく見つめた。

 レガリアを降りて以降、アネモーラの隣には常にイグニスが張りついていた。今なんて、背中に手を添え、行き先を完璧にエスコートしている。当のアネモーラもイグニスの振る舞いには慣れているのか、呑気に天気の話をする有り様だ。

 入り込む余地がない。プロンプトはがっくりと肩を落とした。

 確かにノクティスは、「そんなに心配なら、イグニスが付きっきりで面倒見ればいいだろ」と言っていたし、それに対するイグニスも「そうする」と答えていたけれど、まさか実際の行動に移すとは思わなかった。プロンプトからすれば、あれは売り言葉に買い言葉のようなものだと思ったのだ。

 そもそも、この二人が対立すること自体が珍しい。プロンプトはこっそりと、反対車線を歩いているノクティスの様子を盗み見る。どちらかがどちらかに文句を言って、もう一方がそれを受け入れる――たとえば、イグニスの小言に、ノクティスが渋々従うような――そういった場面なら幾度となく見てきたが、二人の意見が相容れずに、真っ向からぶつかるところを見るのは初めてだ。いつもなら、イグニスにせよ、ノクティスにせよ、どちらかが折れる前提で話し合いがもたれていたように思う。今回それがなされなかったのは、たぶんに、アネモーラという女の子の存在があったからだろう。

 男同士の関係性って、女の子が加わるだけでずいぶんと変わるものなのだな。

 原石を探す様子もなく、頭の後ろで手指を組んで、ぶらぶらと歩いているだけに見えるノクティスと、甲斐甲斐しくアネモーラの世話を焼いているイグニスを交互に見遣りながら、プロンプトは意外な発見をした発明家の気分で思った。

 だからこそ、そんなふうにして関係性を変えてしまうアネモーラという女の子について、プロンプトはひどく興味をそそられるのだが、如何せん話しかけるタイミングがない。

 どうしたものかな。目に痛いぐらいの青空を見上げて、プロンプトはため息を落とした。これでは、先に原石が見つかってしまう。

 とは言っても、宝石の原石というものがどういうものなのか、いまいちピンときていない一行であったので、今も当てずっぽうに道路を南下しているに過ぎない。確かにサルエン渓谷は剥き出しの岩肌がゴツゴツと壁のように連なっているところなので、鉱物の採取は可能そうだが、幹線道路沿いにその採取場所を見つけることができるのかどうかは甚だ疑問だった。しかし岩棚の上にまでよじ登ることも難しそうだ。道の際にまで迫った岩肌は鼠返しのように反り返っている。

 所々の青空を塞ぎ、こちらに影を投げかけてくる岩壁を見上げて、プロンプトはまたため息を落とした。

「幸せ逃げるぞ」

 いつのまにか、すぐ隣にまで寄ってきていたノクティスに、そう脅されてしまう。隣を歩く友人の横顔をちらりと見遣ってから、「だってさあ」とプロンプトは唇を尖らせた

「オレだって王女様と話、したいのに」
「行けばいーじゃん」

 前を行く二つの背中を指差される。プロンプトはイヤイヤと駄々をこねた。

「二人っきりがいいの〜」
「ワガママ」

 にべもなく切り捨てられてしまった。けれど確かにその通りではあったし、突き詰めればそこに収斂されていくことでもあったので、プロンプトはムッとしながらも押し黙った。

 ちょうど、更に後ろを歩いているグラディオラスから、「口動かす暇があるなら目を動かせ」と叱責が飛んできた頃だったので、プロンプトは周囲に目を凝らすことに専念する。

 太陽の角度の関係か、この辺りは日が照っていて眩しい。晴れの日の空気は妙に白っぽいな、とプロンプトは思った。

「何で二人っきりがいーの」

 反対車線の岩肌を見に行っていたはずのノクティスが、またふらふらとこちら側に戻ってきた。グラディオラスの目を気にして、周辺への注意を怠らないようにしながら、プロンプトは小さく答える。

「だって三人はアネモーラ王女と十分仲いいでしょ。けどオレは初対面だし、スタート地点がもう全然違うじゃん。だからその分の差を早く埋めたかったの」
「へえ」
「それに、原石見つかったらもう船でしょ? 船の次はオルティシエでしょ? アネモーラ様とはそこでバイバイだろうし、だったら時間ないじゃん、と思って」
「ふうん」
「ハイ興味なし〜」

 だったら訊くなよ、と小突こうとしたプロンプトの肘をさらりとかわして、やはり関心のない口調のままノクティスは言った。

「そーいうことなら協力してやる」
「へ?」
「――なあ!」

 虚を突かれたプロンプトはそのままに、ノクティスが声を張り上げる。片手を挙げて周囲の注目を集めてから、ノクティスは大声のまま提案した。

「このまま全員でぞろぞろ歩いてても仕方なくねえ?」

 そうだな、と頷いたのはイグニスだった。アネモーラを伴い、こちらにまで戻ってくる。

「手分けして探した方が効率はいい」
「だろ?」

 賛同を得たノクティスが、意味有り気な笑顔でプロンプトを見る。プロンプトはぽかんとその笑みを見返し、それからノクティスの言わんとしていることを察した。

「はい!」

 片手を挙げる。

「ハイハイハイ! じゃあオレはアネモーラ様と南の方探してきます!」
「そうか。ならオレも――」
「イグニスはこっち」

 当然のように同行しようとするイグニスの腕を強引に取って、ノクティスが北に引っ張って行く。一連のやり取りを傍観していたグラディオラスも、肩を竦めて北に向かった。

「いや、だが、ノクト」

 突然の展開に困惑しているイグニスは、ノクティスに引きずられて行きながらもアネモーラのことを気にしている。少しだけ申し訳なく思ったプロンプトは、イグニスに向かって胸を叩いてみせた。

「こっちは大丈夫だから! アネモーラ様のことなら任せてよ、イグニス!」
「ああ――いや、だが――」

 ノクティスに連行されている手前か、イグニスは逡巡を見せながらも抵抗することはなかった。こちらを振り返り振り返りして、坂を上って行く。まるで子供を置いて行く親のような顔だ。大袈裟だな、と呆れる一方で、良心も痛む。プロンプトは苦笑しながら両手を振り、三つの背中を送り出した。

 さて。三人の姿がカーブの向こうに消えてから、プロンプトは手を下ろす。

 二人きりだ。

 ――どうしよう、緊張してきた。そわそわしそうになる自分を律して、プロンプトはプロンプトを励ました。せっかくノクトが作ってくれたチャンスなのだ。ノクトのためにも、自分のためにも、この時間を無駄にはできない。

 ええい。高所から一息に飛び降りるような気持ちで、プロンプトは勇気を振り絞った。

 両の掌をぎゅっと握り込み、勢いをつけて振り返る。

「あの! ごめんね! 勝手なこと言っちゃって!」

 おそるおそる反応を窺うと、アネモーラはよく事情が呑み込めていないような顔をしていた。プロンプトは慌てて言葉を付け足す。

「あの、ほら、勝手に、二人で探すようなこと言っちゃって――」
「ああ」

 得心したように頷いてから、アネモーラは小さく微笑った。

「全然。むしろ嬉しかったです。わたしも、プロンプトさんと二人で話してみたいなぁって思ってたから」
「ほんとに?」

 思わず声が弾んでしまう。社交辞令だとしても、そう言ってもらえることが嬉しかった。

「よかったあ。オレもさ、アネモーラ様と二人で話してみたいなあって思ってて…」
「様、なくていいですよ」
「え、いいの?」
「はい」

 にっこりと笑うアネモーラに、プロンプトは嬉しくなってしまう。アネモーラもノクティス同様、所謂庶民派な王族だと聞いていたので、恐らく敬称にはこだわらないであろうと予想していたのだが、それでも本人から直々にお許しがいただけると、特別感があって士気高まってしまう。

「ええと、じゃあ――アネモーラ、さん」
「はい」

 照れながら呼ぶと、笑顔の返事が返ってくる。それだけのことが何だかとてもこそばゆくて、プロンプトはむずむずしてしまう。飛び上がって叫びたい気分だ。でもそんなことをしたらアネモーラを驚かせてしまうことは必須だったので、プロンプトは唇をぎゅっと結んで我慢した。

「えっと、じゃあ、行こっか」

 緩やかに下る坂の向こう――ガーディナに続く南の道を指差すと、アネモーラは頷いてプロンプトの隣に並んだ。

「でも、原石っぽいもの、なかなか見当たらないですよねえ」
「そうだねえ」

 気を抜くと、当初の目的である原石探しを忘れてしまいそうになる。プロンプトはおざなりに左右の岩壁に目を遣るが、それよりも何よりも、隣の存在が気になって仕方ない。

 ちらちらと隣を窺うが、当人はのんびりと手近の岩肌を眺めている。

「原石って、どうやって拾うんでしょうかねえ」

 プロンプトはちょっと考えてから答えた。

「岩の中から取り出すんじゃないかな」
「掘るんですか、わたしたちが」
「うーん……そう言われると、確かに道具が……」
「高いところにあったら困りますよね」
「それはノクトにシフトしてもらうしかないね〜」

 高いところ、という会話の流れで、迫り出している頭上の岩肌を見上げたプロンプトは、そこで当初の目的を思い出してハッとした。当初の目的とはもちろん、原石探しの方ではない。

「あの!」

 せっかくのチャンスをふいにしてはならない。とりあえず、手近なところから攻めてみよう。

「アネモーラさんって、アコルド――オルティシエの高校に通ってるんだよね」

 アネモーラはにこりと笑ってプロンプトを見上げた。

「はい、そうです」
「どうして、留学しようって思ったの? ほら、アコルドって、ほとんど中立国みたいな感じではあるけど、まだ完全に独立はしてないし」
「だからこそっていうところはあります」

 少し考えてから、アネモーラは答えた。

「わたし、いろんな国の、いろんな内情に触れてみたいと思っていて――でも一番の理由は、母が生まれ育った国だからかもしれません」

 プロンプトは瞬いた。

「……お母さんの?」
「はい。小さな頃に亡くなってるんですけど」

 微笑って話すその横顔に、曖昧な記憶が刺激される。ああ、そうだ、確か――。プロンプト自身も幼かったので当時の出来事をはっきりとは覚えていないが、葬送車列を見送る大勢の大人たちと、車道沿いにひしめく喪服の映像だけは、強く記憶に残っている。

「そっか」

 プロンプトは呟いた。

「アコルドは、お母さんの国なんだね」

 はい、と言ってアネモーラは笑う。

「それも、オルティシエで育ったみたいで……。だから一度は行ってみたいな、と思っていて、できれば住んでみたいな、とも思っていて。おじさま――陛下には、ずいぶん無理なお願いをしちゃいました」

 それから思い出したように、「あ、もちろん、今の学校で学びたいことがあったからって理由も大きいですよ」と付け足した。

 そっか、とプロンプトはもう一度呟いた。ごめん、と謝りそうになったが、それは違う気もして、躊躇する。どうして自分は謝りたいと思うのだろう。――たぶん、亡くなった母親の話題を出してしまったからだ。辛いことを思い出させてしまったのではないかと不安になっている。けれど、当のアネモーラはそれを辛いことのように話してはいない。一度は行ってみたいと思っていて、住んでみたいと思っていて、今はそれを叶えている。だからきっと、ここで謝るのは間違っている。謝っても、解消されるのはプロンプトの不安だけだ。それはたぶん、アネモーラに失礼な振る舞いだと思う。

 萎縮しそうになる気持ちを奮い立たせて、プロンプトは尋ねた。

「それで、実際行ってみたオルティシエは、どんな街だった?」
「綺麗な街でした」

 アネモーラは、笑って目を輝かせる。

「水の都って言われてるんですけど、本当に水が豊富で――街が、こう、ひとつひとつ、島みたいに区切られていて、その間を水路が走っているんです。だから、移動手段に船があるんですよ。逆に車はなくて。あ、船でしか行けないようなお店もあるんです」

 身振り手振りまで交えられた説明に、いつのまにか、プロンプトの顔にも笑顔が戻っていた。

「そっかあ。楽しみだなあ」
「無事に向こうに着いたら、わたし、案内しますね」

 プロンプトは驚いた。

「え、いいの?」
「もちろん。任せてください」

 胸を張るアネモーラに、思わず口許が綻ぶ。これも、社交辞令だろうか。だとしても今は、素直に喜んでおこう。

「やった、嬉しいな。オレ、写真撮るの好きなんだよね。良いスポットとかあるかな」
「いっぱいありますよ。美観地区とかありますから」
「わあ、楽しみ〜」

 必要以上にはしゃいでみせると、アネモーラはくすくすと笑った。

「写真が趣味なんですか?」
「うん、そう」

 言ってプロンプトは腰のカメラポーチを叩く。

「これで食べていけたら一番なんだけど……今のところは、まぁ、趣味かなぁ」

 はしゃぐあまりに口が滑った。プロンプトは慌てる。初対面の女の子に夢を語るなんて。これはモテない男がやることだ――と、この前読んだ雑誌に書いてあった。

「あ、ええと――そうそう、アネモーラさんって今年で卒業だったよね? 進路は考えてるの?」

 我ながら上手に話題を逸らせたと思う。

 そうですねえ、とアネモーラは、心持ち顎を上げて考える。

「進学しようとは思ってるんですけど……」
「進学先で悩んでるの?」

 視線を宙に留めたまま、アネモーラは少し黙った。それから言葉を選ぶようにして、ゆっくりと口を開く。

「みんなは、ルシスに戻っておいでって言ってくれてるんですけど……わたしは、もうちょっと、国外を見てみたいなって思っていて……」
「まだもう少し、アコルドにいたいってこと?」

 アネモーラは首を振った。無理だとは思うんですけど、と前置きをしてから答える。

「……できれば、テネブラエ、とか」
「……」
「無理ですよね……」

 返答に窮するプロンプトを見て、アネモーラは弱ったように微笑った。

 テネブラエは帝国の属領だ。それは世界史の苦手なプロンプトだけでなく、子供まで知っているような常識だった。

 しかし、とプロンプトは思考を総動員させて、世界史の授業の内容を思い出そうとする。

 確か――テネブラエは代々の神凪を擁する聖国として、世界中の尊崇を集めている。これに間違いはない。一般常識レベルだ。そしてその手前、帝国側もテネブラエは「属国」ではなく「保護国」として扱っているのではなかったか。従って、アコルドほどの自由は効かないものの、首都を中心に一定の自治は認められている、という話だったと思うのだが……。

 だからと言って、ルシスの王女がそう易々と留学できるはずがない。アコルドとテネブラエでは事情が異なる。

 そうだね、無理だと思うよ、と答えようとしてから、プロンプトはふと思い留まった。プロンプトは、彼女の内面を知りたいと思って声をかけたのだ。内面や、その考え方を。

 アネモーラの横顔を見下ろす。

「……どうして、そんなに、外の国を見たいって思うの?」

 ノクティスとよく似た色の瞳が、プロンプトをまっすぐに見上げた。

「父の仕事を継ぎたいんです」
「…お父さんの…」
「はい」

 それは覚えている。四年ほど前のことだ。障壁維持のため国を離れられない国王陛下に代わって、海外諸国との折衝を一手に引き受けていた王弟殿下が、渡航先のテネブラエで不慮の死を遂げたのだ。最終的に事故死として発表されたが、口さがない国民の間では、未だに暗殺説が唱えられているほどに、突然の薨去(こうきょ)だった。

「父がそうしていたように、ノクトのことを支えたいと思っているんです。――できるかはわからないですけど」

 おどけたように付け足してから、アネモーラは笑った。

「だから、今のうちにいろんな国を見ておきたいな、と思っていて」
「……すごいなぁ……」

 プロンプトは素直に感心する。

「オレばかだから、そういう難しいことはよくわかんないけど、でも、アネモーラさんならできると思うよ。応援してる」
「ふふ、ありがとうございます」

 アネモーラの笑顔を見てから、プロンプトは頭上を見上げた。大きく張り出した岩肌に隠れて、見える空は小さかった。まるで巨人が手の平を広げているみたいだ。

「オレはそういうの、何にもないからなぁ」
「そういうの?」
「将来の夢、みたいな」

 アネモーラは少し考え込む。

「そこまで大袈裟じゃなくても。叶えたい目標、みたいなものはないんですか?」
「目標」

 おうむ返しに繰り返す。目標。――目標なら、あった。

「ノクトと友達になること」

 不思議そうな顔をするアネモーラに、プロンプトは照れ隠しで笑った。

「あはは、恥ずかしながら、これ、結構マジだったんだよね〜。小学生ぐらいの頃から目標にしててさ」

 それじゃあ、と言ってアネモーラは微笑んだ。

「プロンプトさんは、夢を叶えたんですね」
「え」

 ドキリとして、プロンプトは瞬く。

「そういう……ことに、なるのかな」
「そうですよ。ちゃんと夢を叶えたプロンプトさんはすごいです」
「え…。えへへ……」

 褒められた。

(嬉しい)

 嬉しいけれど、こそばゆい。こそばゆいけれど、やはり嬉しい。

 体の内側がむずむずする。そっかあ、とプロンプトは呟いた。不必要に納得の声を繰り返す。

(オレ、夢がないんじゃなくて、もう、夢を叶えてたんだ)

 急に、目の前が明るく開けたような気持ちになって、プロンプトはポーチからカメラを取り出していた。頭上の、塞がれた空にピントを合わせる。

 シャッターを切った直後に、おおい、と声を掛けられた。振り返ると、緩やかに続く坂の上からグラディオラスが手を振っている。岩の上に登れる道があった。そう言いながら手招く姿を見て、プロンプトとアネモーラは顔を見合わせた。

 そういえば、原石を探さなければならないのだった。

「……原石、探してた?」
「……正直に言うと、忘れてました」
「だよね。オレも」

 ははははは、と乾いた笑い声を揃えてから、二人はそれぞれ、人差し指を唇に当てた。

「この件は内密に」
「はい。伏せておきましょう」

 真面目くさった顔で頷き合ってから、同時に吹き出す。

 ちょっとは、仲良くなれたかもしれない。





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