01:Zapp




 ピンポーン。

 間の抜けたチャイム音がライブラ執務室内に響くが、ここ数日ですっかり聞き慣れてしまった俺らは顔を上げることすらしない。

 旦那は趣味のプロスフェアーに夢中で、番頭は本棚の前で書類整理だか書類探し。そんでもって俺はソファに引っ繰り返ったまま面白くもねー雑誌をパラパラとめくっていた。ちなみに他のヤツらは出払ってるか非番中で、つまりライブラ本部も俺の心中も平和そのものだったのだ。

 間抜けなチャイム音が侵略者の名前を告げるまでは。

≪生体確認終了。ライト・V・エルジュ様のご出勤です≫

 その名前に反応したのは俺だけだった。旦那も番頭も変わらず作業を続けてる。だけど俺はもうノンキに引っ繰り返ってられる心境じゃねーし、そんな場合じゃねえ!

 大慌てで飛び起きる。飛び起きすぎて雑誌が落ちた。落ちて飛んでった。ああチクショウせっかくの盾が! 他に何かないか探すけど、扉の向こうからはもう足音が聞こえてきてやがる。時間がねえ。俺は腹を括って両腕を盾にした。

「おはようございまーす!」

 騒々しい声と空気が、開いた扉の向こうからワッと雪崩れ込んでくる。その快活さにつられるようにして、旦那と番頭が比較的明るい挨拶を返した。

 音だけ聞いてるとまるでフツーの会社か事務所の光景みたいだな、なんて思いながら俺はソファの上で静止していた。スルーされることを祈っちゃいたが、世界はそんなに優しくない。

 あ、という声が聞こえた。何かを見つけたみたいな、嫌な声だ。

 居るだけでうるさい存在がドタバタと近づいて来る。

「駆けつけ1枚!」

 バシャリとシャッター。ピカリとフラッシュ。

 やっぱり案の定撮られてしまった俺は、盾にしていた両腕を顔の前から下ろした。

 デジカメを構えたクソ女が、満面の笑顔で立っている。

「おはようございますザップさん! 写真撮ってもいいですか?」
「…………だ〜か〜ら〜さ〜ァ」

 俺は目の前のローテーブルを怒りのままに蹴りつけた。

「順序が逆だろーがてめえはよォ! 訊く前に撮っても意味ねーだろがって何回言わせりゃわかんだよこのクソアマ!」

 声を荒らげて凄んでみせるが、女は堪えた素振りもなく笑顔で首を傾けた。

「だってザップさん、何回訊いてもウンって言ってくれないですし」
「バッカお前、訊く前から諦めてんじゃねーよ! 昨日はダメでも今日はイイかもしれねえだろ!?」
「じゃあザップさん、写真撮ってもいいですか?」

 俺は両腕でバッテンをつくった。

「ダメー」
「ほらー(バシャ)」
「だぁから勝手に撮んじゃねーよ頭沸いてんのかテメェは!!」

 沸いてないですよ、と律儀に答えながらも、クソ女は俺の文句や苦情なんてそよ風か何かだと思ってるみたいだった。デジカメに目を落として、自分が撮ったものをのんびり確認してやがる。

 すかさずブチ切れそうになる理性を根性で宥めて、俺はとにかく一呼吸置いた。そう、今日の俺は一味違うのだ。

「つーかな、知ってるか、お前。人にはショーゾー権というものがホショーされてんだぞ」

 女がデジカメから目を上げる。驚いたような顔。一泡吹かせてやれたかと悦に浸っている俺に対して、女は無邪気な笑顔で辛辣に笑った。

「わあすごい! ザップさんが難しい言葉使ってる! 誰の入れ知恵ですか?」

 ヤリ部屋に出入りしてる女からの受け売りです。なんて口が裂けても言えるワケがない。

「――だあッ! もう! ウルセー馬鹿! とにかくお前は俺のショーゾーをレイプしてんだよ! OK? わかった? アンダスタン?」
「NO(バシャ)」
「があああああ」

 地団駄を踏んで抗議する俺に、クソ女は肩を竦めてみせる。

「もちろん肖像権は理解してますけど、ここでUSAの法律って効力あるんでしょうか?」
「あ…?」
「だって、ここ元ニューヨークの、現ヘルサレムズ・ロットですよ」
「…………」
「(バシャ)」

 そもそもショーゾー権とやらをよく理解していない俺に、反論なんぞができるはずがなかった。

 俺は人差し指を立ててみせた。そう、始めからこうしておけば良かったのだ。

「OK、わかった。ならこうしよう。1シャッターにつき10ゼーロでどうだ」
「スティーブンさーん」
「アアアアアアアア」

 クソクソ女と番頭の視線がぶつからないように、全身を使って二人の間に割って入る。ジタバタと踊る俺が面白かったのか、女はケラケラと笑うだけで、恐ろしい保護者をそれ以上に呼び寄せる気はないようだった。

 全身から変な汗を噴出させまくった俺は床に倒れた。

「ほんっとお前はあの雌犬よりタチ悪いよな!!」

 ぶっ倒れてる俺の頭に笑い声が降ってくる。

「チェインさんは性質悪くないですよ。ザップさんがクズなだけだと思います」
「じゃーそんなクズのことは放っとけよ…」
「だってザップさん、顔はカッコイイんですもん」

 バシャリとシャッター。ピカリとフラッシュ。

 こんなところで行き倒れていてはコイツの良い的だ。俺はヨボヨボの爺さんみたく立ち上がって、今度はソファに倒れ込んだ。

「顔、ねえ……。人の誘い蹴っておいてよく言うわ」

 テーブルを挟んだ向かい側。一人用のソファに腰を下ろしたクソ女は、悪びれもせずにケロリとのたまう。

「だから言ってるじゃないですか。私はザップさんの“顔が”好きなんです。ガワにだけ惚れてるんです」
「俺本体は?」
「割とどうでもいいです」
「…………」

 何だかもうキレる気にもなれなかった。

 デジカメを向けてくるクソ女に、俺は無言で中指を立てた。





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