06:Zapp




 クソ女の手を引っ掴んだまま通りをズンズンと前進する。人波はそこそこあったが、全員を弾き飛ばす勢いで歩いていたので(そして実際何人か弾き飛ばしたうえに踏んづけた)、目的の店まではすぐに辿り着くことができた。その間、俺に引っ立てられていたクソ女はバカのひとつ覚えみてえに「ザップさん」「ザップさん」と声を上げていたが、俺は聞く耳なんざ持たなかったし、持ってやるかとも思っていた。

 まだ心臓がイヤな感じでざわついてやがる。

 Closedのプレートが下げられたままのドアを押して中に入った。聞く耳を持たない相手に対して声を上げ続けることに疲れたのか、だんまりが多くなっていたクソ女も、さすがに「閉店」の文字を見て慌てたようにまた喚き始めた。ザップさんザップさんここ閉まってますよ勝手に入っちゃダメですよ。ぴーちくぱーちく本当にまぁよく喋る鳥だ。と思いながらも答えてやる義理はないので、黙って鳥の手を引っ張り階段に向かう。

 けど一応店主には、来店したことを告げておかなければならない。段差に足をかける間際、照明の落ちているカウンターに向かって声だけ放り投げておく。

「ババア! 俺だザップだ! 邪魔するかんな!」
≪邪魔すんなら帰りな!!≫

 途端にカウンターの奥から返ってきたのは、ひしゃげた金属がそのまま音を鳴らしているかのような、独特の嗄(しゃが)れ声だった。俺にとっちゃ耳にタコができるレベルのやり取りだったが、こいつにすりゃぎょっとするものだったんだろう。喚いていた口をあんぐりと開けて、びっくりしたように俺とカウンターの奥を交互に見ている。

 何だババアいるんじゃねえか。俺は鼻を鳴らしてクソ女の手を引っ張った。階段を上がって二階に向かう。後ろから「帰れって言われたのに大丈夫なんですか」とか何とか、うるせえ鳥にさえずられたが、これも黙殺で押し通す。つーかさっきのババアにビビッてんのか若干小声になってるあたりがウケるんですけど。

 二階の客席も一階と同じく、電気通ってねえんじゃねえかってぐらいの薄闇だったが、俺が気に入ってるボックス席付近には明かりが点いていた。俺はちょっとばかし口角を上げる。何だかんだのババアなのだ。

 間接照明のオレンジに濡れる席の前で、鳥女の手を開放する。擦り切れたソファに向かって倒れ込むように腰掛けると、ようやく人心地つけた気分になった。

 とりあえずここなら安全だ。

 年季の入って汚ねえテーブルに片頬を押し当てて脱力する。そうすると自然にため息が落ちた。

「あ゙〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 我ながら一番風呂に入ったおっさん並の声だと思う。でもおっさんだって好き好んでこんな声を出してるわけじゃない。一日の疲れがどっと放出されていく流れで、自然に口から飛び出してしまうのだ。うんそうだそうに違いない。おっさん、今ならわかるぜあんたの気持ちが。

 俺はテーブルの下で地団駄を踏んだ。

「あ゙〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ちかれた〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「…………あの」
「もうやだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ちかれた〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「…………」
「俺のデカメロン星人おっぱいちゃんとの夢のパイズリが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「…………」

 対処方法が見つからないような顔で、クソ女は突っ立っている。

 俺はゴロゴロさせていた顔を止めてクソ女をねめつけた。

「オウオウ黙ってねえで水くんでこいや水」
「え」
「それとも何か。俺サマにやらせる気かてめえ。オウオウ受けてやんぞやってやんぞコラ」

 テーブルの脚をガタガタ言わせながら注文をつけると、クソ女は腑に落ちないような顔をしながらも俺が顎で示した方に向かって行った。

 その先には氷がたらふく詰め込まれたミネラルウォーター入りピッチャーがある。セルフサービスではあるが、ここではそれを何杯でも自由に飲めるのだ。まぁミネラルウォーターとは名ばかりの水道水の可能性もあるが、ここに出入りしてる連中なんて俺を含めてバカ舌ばかりなので、今のところ何の問題もない。

 今日は生憎、俺たち以外の客はいないようだった。狭いフロアは静まり返っていて、あいつがグラスに水を注いでる音だけが聞こえてくる。

 その音を聞くともなく聞きながら、とりあえず無事でよかった、と俺は小さく息を吐いた。いやどっちかってーとかなりギリだったけど。ギリギリなセーフだったけど。

 けど無事だったことに変わりはない。この通りを探して見つからなかったら、スターフェイズさんに連絡を入れようと思っていたのだ。ライブラ構成員の現在位置を常に把握しているのはあの人だけなので、連絡をつけてあいつの居所を調べてもらおうと思ったのだ。

 じゃあ何ですぐにその手段を取らなかったのかというと、それをした後、あいつにどういう影響が及ぶかわからなかったからだ。あのクソ女はただでさえ単独での仕事をもらえていない。旦那か番頭、もしくはそれに準ずる人間の眼の届く範囲でしか、仕事をさせてもらえていない。それはたぶんこの前のBB戦でのアレやコレやが響いているせいだと思う。

 そんな過保護親バカ全開状態で、お宅の娘さんが強姦されかけてましたよ、なんて告げようものなら、あいつは檻にでも放り込まれんじゃないかと思う。いや結構マジで。

 だからスターフェイズさんへの連絡を躊躇ったのだが、それも結構な博打だった。何もないうちに見つかったから良かったようなものの、入り組みまくっている裏路地に連れ込まれていたら、さすがの俺でも単独で探すことは不可能だったし、そもそも連れ込まれている時点でかなりの危機的状況だ。

 けどまぁ、何にせよ結果オーライだ。お疲れ俺サマ、頑張ったぜ俺サマ。おっぱいちゃんとのアハンウフンがおじゃんになったのには悲しみの涙だけど、あの生き地獄から解放されて清々していることも、また事実だった。

「お水です」

 ご丁寧に銀のトレイをお使い遊ばしているクソお嬢様が、水の入ったグラスを二つテーブルに置く。俺の分と、あとはまぁフツーに考えて自分の分だろう。

 だけど俺サマは知らん顔で、置かれたグラスを一気に二つ、空にしてやった。

「……………………あの」

 文句を言うためか何なのか、とても微妙な顔をしたクソ女が口を開く。

 が、天井のスピーカーから降ってきた怒鳴り声が、俺にぶつかる方が早かった。

≪おいクソガキ共ご注文は!?!?≫

 ビクッと肩を揺らしたクソ女が、盆を抱きしめてスピーカーを見上げる。

 俺も負けじと声を荒らげた。

「るっせえよババア!!! コーヒー2つだ!!!」
≪コーヒーか紅茶を頼む時にはアイスかホットを付けなっていつも言ってんだろうがクソガキが!!! 全く何回言っても学習しないクソ猿だね!!!≫
「黙れハゲババア!!! アイス2つだ!!!!」

 鼻を鳴らす音を捨て台詞代わりにして、ブツリとマイクの音が途切れる。俺も鼻を鳴らし返してやってから、葉巻を咥えて火を点けた。

 クソ女はまだおっかなびっくり、俺とスピーカーを見比べている。この店ではこれこそが「日常」なのだが、温室育ちのお嬢様にはきっと刺激が強すぎたんだろう。

「あの」

 黙って葉巻をふかしていると、衝撃から立ち直ったらしいお嬢様がおそるおそる声をかけてきた。

 それと同時にフロアの奥から、カタコトと機械の音が聞こえてきた。ババアお得意のカラクリ人形だ。ここではこいつが給仕をしている。

 日本人形とか言うらしいキモノ姿の小さなカラクリは、カタコトカラコロと音を鳴らしながらアイスコーヒーを二つ運んできた。捧げるように掲げられたトレイが、席の近くでピタリと止まる。

≪ご注文、の、アイス、コーヒー、オ2つ、デス≫
「あ、ありがとう…」

 完全にビビりきっているお嬢様は、カラクリ人形に負けないぎこちなさで、トレイからグラスを二つ受け取った。

≪ごユックリ、ドウゾ≫

 コキ、と首を妙な方向に曲げてから(たぶんきっと愛嬌のある仕草的な何かをしたかったのだろう)、カラクリ人形はバックオーライでフロアの向こうに戻っていった。いやUターンしろよ。

 薄闇の向こうをしきりに窺っていたクソ女は、人形の姿が完全に見えなくなってからようやく、ギクシャクとした動きでグラスをテーブルの上に置いた。それからハッと気づいた様子で、グラスを二つとも俺の前に差し出す。

「……」

 俺は灰皿に葉巻を置いて、差し出されたひとつを押し返した。意味がわからない、という顔で、クソ女が俺とアイスコーヒーを見比べている。あの水はただの嫌がらせじゃ、真に受けんなボケが、と嘲笑ってやりたかったが、それをするのも何故だか妙にむず痒く、結局俺は仏頂面で向かいの席を指差した。

 座れ、という意味は伝わったのだろう、納得できない顔をしながら、それでも女は俺の向かい側に腰を下ろした。そうしながら口を開く。

「……あの、ザップさん」
「お前何でこんなとこにいんの」
「え」

 クソ女の問いかけにはシカトをぶっこいて、俺は早口でまくし立てた。

「何でこんな街中を1人で歩いてんのかって訊いてんの。車はどうした。ギルベルトさんは」
「………ギルベルトさんは」

 虚を衝かれたように固まっていたライトが、目線を落としてぼそぼそと呟く。

「クラウスお兄様の、お迎えに、行っていて……私は、スティーブンさんから頼まれた、仕事で……」
「は〜〜あ〜〜〜あ〜〜〜〜〜〜〜〜」

 あからさまなため息を吐いてやる。こいつは確かにクソバカ女だが、無断で街中に繰り出すほどのバカではない。旦那もしくは番頭に断りを入れてあるだろうとは思っちゃいたが、まさか番頭から直々に単独行動のお許しが出ていたとは。

「スターフェイズさんもなァんでこんな脳内お花畑ちゃんを1人で動かすかねぇ」

 まぁ恐らくは、一回こっきりのお試しコースだったのだろう。そしてあのスターフェイズさんのことだ。こいつが危ない目に遭わないように、保険か何かを掛けていたに違いない。

(ん? てことはアレか? ……俺はこいつをスルーしてもよかったのか?)

 気づいた途端にどっと疲労感が押し寄せてきた。何それホントすげえ無駄骨。勝手に焦って必死こいて。俺はアホか。アホなのか。いやアホだったわ。我ながら泣きたくなってくる。

 確かに少し考えればわかるはずだった。あのBB戦を経験してから、こいつに対して過敏になっている上司ズのことだ。何の保険も保証もなく、こいつを独りにするわけがない。

 ――反射的に頭に血が上ってしまったのだ。熟考することができなかった。それは認めよう。チンピラ崩れに両脇固められて楽しそうにへらへらしているこいつを見た瞬間、カッとなってしまったのだ。認めよう。己の不徳の致すところでした。

 自分の未熟さぶりに項垂れていると、向かいのクソ女が不服そうに呟いた。

「…お花畑って…」
「あん?」
「……脳内お花畑って…私……」
「お花畑だろ。ボッケボケのカッスカスのおがくず畑だろ」
「……」

 お嬢様は唇を曲げはしたが、反論はしなかった。アイスコーヒーの入ったグラスを両手で包んでいる。包んではいるが、手をつけようとはしない。黙って暗い水面を見つめている。

 自分がやらかしてしまったことは、誰に咎められなくても、自分が一番よくわかっているだろう。そう、今の俺サマのようにね。ってやかましいわ。

 そんでもって旦那や番頭なら、これ以上責めはしないんだろう。いやそもそも責めることすらしないのかもしれない。何もなかったのなら良かった良かった、次からは気をつけるんだよ、なんて、屁みたいなことを言って終わりにするのかもしれねえ。

 だけど俺は旦那でもねえし番頭でもねえし、こいつにそこまで優しくしてやる義理もねえ。

 俺は自分の分のアイスコーヒーを半分ほど干し、お花畑ちゃんに向かって身を乗り出した。

「いいか、テメーは何にもわかってねえようだから、この大天使ザップ様が教えを垂れてやるけどな、お前を連れ込もうとしてたあのバカ共は、この辺りをうろついてるチンピラ崩れだ」

 伏せられていた瞳がゆっくりと上がって俺を見る。その眼の縁は少しだけ赤くなっていた。

 泣くのかな、と俺は考えた。それから、泣けばいいのにな、とも考えて、続けざまに、泣かしてやりたい、という衝動も覚えた。

 口調が勝手に、突き放すような、残酷なものに変わっていく。

「お前みてーなボケた女を捕まえては、人目につかない店にまで誘導して、飲みもんや料理にワケわかんねー薬盛り込んでおイタしようって考えてるクソバカ共だ。ちなみに店員ともグルだから、泣こうか喚こうが助けはこねえ。お前はそういうヤツらに捕まりかけてたんだよ」

 一度だけ、こいつが泣くところを見たことがあった。例のBB戦終わりの公園ベンチで、こいつはわざわざ考えなくてもいいところにまで頭を回して傷ついていた。眼を閉じたり逸らしたりして上手くやり過ごせばいいところを、バカ正直に真正面から受け止めて動揺していた。テメーの一大事に他人の命の心配なんざする必要はねえと俺は思ったが、口にはしなかった。たぶんこいつには覚悟が足りてねえんだ。誰かを踏みつけてでも生き残るっつー肚(はら)が決まってねえ。お優しいお嬢様らしい、甘っちょろい考え方だ。

 あの時こいつはベンチの上で、声も出さずに泣いていた。抱えた膝に顔を埋めていたから、泣き顔までは拝んでいない。だから実を言えば、本当にこいつが泣いたのかどうかも、俺は知らないのだった。

 ライトの眼の縁がますます赤くなっていく。

 それにつられるようにして、俺の胸の内もざわついていく。

「…………ザップさんは」

 ちょっと掠れた声でライトが呟いた。俺は平然を装って頷く。

「あんだよ」
「あの人たちとお知り合いなんですよね」
「チガウヨ!?!?」

 予想外のところからすっ飛んできたボールに、俺は思わず立ち上がっていた。

「てめえコラ!! あんなヤツらと俺を知人の枠で括んな!! 顔知ってるだけの他人だ他人!!」
「そうなんですか?」
「そーなんですうー!!」

 冗談でも何でもなく、心底驚いてるふうのクソ女の反応にこちらの方が驚いてしまう。

 疲れた俺はどさりとソファに座り込んだ。

「……女連中に頼まれて、前にあいつらのことボコボコにのしたことあんだよ。そんだけ」
「ああ」

 だから手口に詳しかったんですね、と納得したように頷いている。オイこいつ俺のこと何だと思ってんの?

 じゃあ、と言ってライトは、すっかり汗の浮かんでしまっているグラスの表面を撫でた。

「あの人たちが言っていた、自分たちは大学生だっていうのも……」
「はああ? んなもん嘘に決まってんだろ。デタラメだデタラメ」
「……。異界について、学ぶためにって……」
「そんでお前は素直にそれを信じたワケ?」

 アホらしくなった俺は、ソファの背凭れに深く寄り掛かった。

「ほんっと、いいカモだったんだな」
「……」

 またもやライトは俯いてしまった。今度こそ泣くだろうか、と思って眺めていると、落ちてきたのは涙ではなく謝罪だった。

「すみませんでした。警戒心が、足りてなかったです。ご迷惑おかけしました」
「…………」

 俺は小さく息を吐いた。

「まっ、謝られたところで、俺のおっぱいちゃんが帰ってくるわけじゃ〜ね〜んだけどなァ〜。ほーんと、今までの苦行がパッパラパーだぜ」

 本当はそこまで惜しんでいないし、むしろ清々しているくらいなのだが、何故だか憎まれ口を叩いておかないといけないような気がしたのだ。

 目の前のライトの顔が上がる。

「デート、してたんですよね」
「あん?」
「ブロンドの、綺麗な女の人と。それを台無しにしちゃったってことですよね」

 向かいの女の真剣な表情を、俺はまじまじと見返した。

「……何でお前がおっぱいちゃんのこと知ってんの? 俺言ったっけ?」

 記憶を浚ってみるがよく覚えていない。今までの会話の流れで話したのだろうか、いや話したのは話した気もするが、ブロンドだとかそんな情報まで俺出したっけ。

 首を捻っていると、急にライトがいきり立った。

「ザップさん!!!!」
「あ、はい」

 その気迫に気圧されて、思わず居住まいを正してしまう。

 ライトは熱意に燃える両目でテーブルを叩いた。

「何がいいですか!? 私、お礼します!! デート駄目にしちゃったお詫びも含めて――あっ、その人にお詫びのプレゼントとか贈るんでしたら、そのお金を――!!」

 何を言い出すかと思えば――いや何を言い出すんだこいつは。

 予期せぬ場外ホームランにまたもや脳天を殴られた気がした。一瞬でも呆けてしまった自分が恥ずかしい。俺は自分を取り戻すためにもわざとらしく高笑いをした。

「オイオイオイオイぼけ頭ちゃんよぉ。おめーは金でなしつける気かぁ?」
「え?」
「何でも金で片付くと思ったら大間違いだぜ! お嬢サマ!」

 まぁ何でも金で片付くし、結局のところは金なのだが、とりあえずはそんなセリフで相場の値段を吊り上げておくのが、悪役の常識というものだ。

 だから俺はセオリーに則ってそのセリフを口にした。次に続くのは「誠意」とか「気持ち」とか、そんな得体の知れない言葉たちで、そうしたモヤモヤで太らせに太らせてから、金をせしめるのが王道というものだ。

 だから俺もそのつもりだった。こいつお嬢様なんだし、ちょっとした小遣い分ぐらいならもらっても罰は当たらないだろう。何しろこいつがお礼をしたいと言っているのだからな!

 しかし俺の企みは、三度目のホームランボールで彼方に吹っ飛んだ。

「わかりました! お金じゃなくて、パイズリですね!」
「ブボバァッ」

 残りのアイスコーヒーを口に含んでいた俺は、それを物の見事に吐き出した。それはもう綺麗に噴出した。辺りは惨状にまみれたが、向かいの席に吹きかけなかっただけマシだ。

 つーかーコーヒーが変なところに入った。ひたすらに噎せている俺に対して、しかしこのバカは気遣う様子を見せない。自分の思いつきに浮かれているようだった。

「私が代わりにそれをすればいいんですよね!!」
「バッ、ちょ、おま」
「したことないんでよくわからないんですけど、とりあえず私はどこに行って何をすればいいんですか!?」
「〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」

 ダメだこいつ! 全然わかってない!

 というのに欲望に素直な俺サマの両眼は、素直にライトの胸の辺りに落ちてしまう。

(ほ、ほほう、これはこれは……………………)

 いやいやいやいや!!!!

 俺は拳でテーブルを叩いた。

「飯でいい!! 飯で!! 今度何か俺に飯オゴれ!!」
「え、でも」
「うるせえ俺がいいって言ってんだからいいんだよボケナス!!! それ以上何か言ったらぶった斬るぞ!!!」
「わ、わかりました」
「わあったらさっさと仕事片付けてこい!!! このお花畑!!!」
「は、はい」

 俺の勢いに呑まれて頷いちゃいるが、自分がどうしてそんなにキレられているのかわからないという顔全開で、それでもアホ女はあたふたと席を立った。

 階段の方に消えていく背中を見送ってから、俺はバタリとテーブルに突っ伏した。いや実際にしたのはビチャリというアイスコーヒーの零れものの音だったが、もう何でもいいしどっちでもいい。

(あ゙〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜)

 そのまましばらく静止する。でもなんだか体中がむず痒いような、奥歯に物が挟まっているような、そんな妙な感覚が拭えなくて、俺は全身をくねらせながら地団駄を踏んだ。

「あ゙〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「あの、ザップさん」

 ついでに自棄になって叫んでいると声をかけられた。

 俺はビクついて階段の方を振り返る。仕事に戻ったはずのライトが、薄闇の向こうから真剣な顔で俺を見ていた。

「すみません、最後にひとつだけ、教えて欲しいことが」
「な、なんだよ」

 いやにドギマギする心臓を宥めながら平静を装う。ライトはベルトポーチから取り出した紙を大きく広げてみせた。

 地図だった。

「私いま、どこにいるんでしょうか」
「…………」

 俺はこいつに向かってアイスコーヒーを吹きかけなかったことを後悔した。





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