04:Zapp




「ねぇザップ。この青のドレスと黒のドレスだったら、どっちがあたしに似合うと思う?」

 ずいと突き出されたハンガーの向こうで、彼女がにっこりと微笑んでいる。

 俺もにっこりと微笑み返した。

 オーケー、わかってるぜ世の男性諸君。言われなくてもこれはトラップだ。こういうことを訊く時、女の中で答えはもう決まってやがるんだ。決まってるうえで訊いてきやがる。じゃあ何でわざわざクエスチョンしてくんのかって? ンなの俺が知りてえわ!

 どーちーらーにーしーよーおーかーな。心の中で俺は数える。始めのうちは真面目に吟味しちゃいたが、何度も同じようなやり取りを繰り返していると、考えるのもバカらしくなってくるのだ。

「……右かな?」

 張りつけた笑顔で答えると、女はパアッと瞳を輝かせた。

「あーん! やっぱり? ザップもそう思う? でも黒も捨てがたいのよねぇ」
「……」

 ならどっちも買っちまえおっぱい星人。とは口が裂けても言えなかった。何故ならこの苦行としか思えないショッピング地獄を抜けた先には、俺とおっぱいちゃんのめくるめく愛のトレビア〜ンが待っているのだから!

 そんなわけなのでゴールインならぬベッドインするまで、おっぱいちゃんの機嫌を損ねるわけにはいかないのだった。

 気が済んだらしいおっぱいちゃんは、今度は店員相手に上機嫌でドレスの話をしている。全身鏡の前で黒を合わせ青を合わせ、あらあらどちらもよくお似合いですよお客様・お客様はお肌が白くていらっしゃるから云々かんぬんウフフアハハ、と聞いているだけでケツの穴がムズムズするようなことを話している。あの店員が繰り出す称賛のパレードにはさすがの俺サマも白旗だ。よくもまぁあんな美辞麗句がスラスラと出てきやがる。

 正直に言えばあのドレスはおっぱいちゃんに似合ってねえ。色の問題じゃなくそもそもデザインからして合わねえのだ。でもそれをご忠告申し上げるとおっぱいちゃんはご機嫌を損ねてしまわれると始めの店でよ〜く学んだ俺様なので、そこからはもう尋ねられない限りお口にチャックをすることにしている。

 さっきだって「青」か「黒」という色ではなく、「右」という適当な答え方をしたおかげで命拾いしたようなものなのだ。俺から見て右か、おっぱいちゃんから見て右か、細かいところを敢えて伏せたからこそ、おっぱいちゃんは自分に都合よく解釈してくれた。どうだデカメロンざまあ見たか俺サマの作戦勝ちだぜ。――なんてフフンする気も起きないくらいに俺は疲れていた。

(……めんどくせえ……)

 たかがチンポ突っ込むくらいで何でこんな面倒な手続き取らにゃならんのだ。今までズポズポしてきた女たちとはこんな面倒なことしなかったぞ。やろーぜセックス! 行こーぜベッド! っつーある種体育会系的なノリでアンアンしてたもんだ。

(そりゃ俺がヤる女はそーゆー女ばっかだったけどよぉ)

 所謂夜の蝶々サマたちだ。まぁ夜の蝶っつっても色んな職種があるけど、俺が引っかけてきた蝶たちはどの職種にせよ股が緩かった。股が緩くて性に開放的で、ついでに俺にお小遣いまでくれちゃう最高にイイ女たちだ。

 ああ…。思い出したら悲しくなってきた。俺は嘆きのため息を吐く。ステファニー、ミランダ、キャサリン、ナイアラ……俺はお前たちのおまんこが恋しいよ。しくしく。

 たまには目先を変えてみようと思ったのが、そもそもの間違いだったのだ。俺は窓枠に寄り掛かって、おっぱいちゃんと店員ちゃんの黄色いさえずりを黙って眺める。

 HLの富裕層のみをターゲットに絞った超高級セレクトショップ、の更にお得意様専用VIPルーム、なんて俺が五万回生まれ変わったところで縁の無かった部屋に違いない。それでも俺は今、ここにいる。お得意様専用VIPルームが服まみれになっていく様子を、肩身の狭い思いで眺めている。だってこれ一着で何万円もするんだぜ? 下手すりゃ云百万の代物もあるんだぜ? 怖くて一歩も動けねえよ!

 でもおっぱいちゃんはそんな高級セレクトショップに躊躇いもなく入って行った。ピッカピカのキッラキラなデパート内を怯むことなく進んで行った。そして彼女がひとたび店先で立ち止まると、すぐさまその店のデザイナーが両手を揉み揉みしながらすっ飛んでくるのだ。俺ですら聞いたことのある、有名ブランドの、有名デザイナーが。

 そうして散々店を冷やかした後、案内されたのがこの部屋だった。高級店グッドマンの専属アドバイザーが大量の洋服と共に現れ、それから二人は二時間以上もあれやこれやと洋服を試している。

 ウィンドウショッピングしている時間ですら苦痛極まりなかった俺なのだ。この後にムフフなお楽しみが待っているとはいえ、よくもまぁ何時間もアホみたいな着せ替えごっこに付き合ってられるものだ。

 いやそれにしてもそろそろキツくなってきた。あからさまなため息と一緒に髪を掻き上げてみるが、キャピキャピしているお二人さんには届きもしない。この手持無沙汰感を葉巻で誤魔化したかったが、服に臭いがつくからと禁止されてしまっているし、一着何百万の洋服を前に煙を吐ける程、俺の肝も据わっちゃいない。

 けど、先に声をかけてきたのはこのおっぱいちゃんの方なのだ。

 その日俺はたまたま入った店で、とある野郎と意気投合した。今となっちゃ名前も覚えてねえ有り様だが、酔いも手伝ってか、俺たちは旧知の友人のように肩なんか組んで二軒目に向かった。そこは男がよく通っていると言うそこそこ高級なバーだった。今日はおれの奢りだ、たんと呑め、とか何とか。

 そんなふうにして酒盛りしていた俺たちに、声をかけてきたのがおっぱいちゃんと友人A子ちゃんだったのだ。

 そこから先はご想像の通り。A子ちゃんと野郎はいつの間にか揃って姿を消していて、俺はおっぱいちゃんと二人で店内に残されていた。満更でもなかった俺は「イクぜデカメロン!」な気持ちだったのだが、何とその日はNGを出されたのだ。でも連絡先を教えてくれたし、デートのお誘いだって向こうからしてきた。陽が沈んだら夜景の綺麗なホテルでお食事しましょ、なんて隠喩たっぷりなインモラルなセリフを吐いたのだって向こうが先だ。俺は股間のビッグマグナムを磨き上げてこの日を待った。

 が。

(……死ぬほどめんどくせえ……)

 あの日にNGを出された時点で手を引いておけば良かったのだ。いやいつもの俺ならそうしていた。くだらねえお食事やお買い物に付き合わされて振り回されて、犬みてえにお預け食らって、夜になってようやくOKを出されるくらいなら、多少股と頭が緩くてもすぐにOKしてくれる女との方が百万倍もマシだ。百億倍もマシだ。

 そう、思っていた――はず、なのに。

(……何でこいつに手え出そうと思ったんだっけ……)

 巻き巻きのブロンド頭をぼんやりと眺める。確かにチチはでけえ。ついでにシリもでけえ。揉みしだきたい欲求に駆られはするが、おっぱいちゃんはどこからどう見てもお嬢様だった。お育ちの良い御令嬢だ。お嬢様からすればこれは単なる火遊びなんだろう。たまにはいかにもチンピラっぽいバカに手を出してみるか、そういう好奇心なんだろう。それはいい。別にいい。

(でも俺は)

 こういう類の人間が苦手だったはずだ。いや苦手というか避けていた。手を出す対象には入れないようにしていた。酸いも甘いも知らないような、金と権力だけで世の中を渡っているような、生まれながらにして別世界で生きているような。

(……そういえばあいつもお嬢様だったか)

 ふと頭に浮かんだのは、最近になってライブラにやって来た女の姿だった。修行と見聞と社会勉強を兼ねてだとか何とかで、来HLしたその女は、確か遠縁ながらも旦那と同じ貴族の出自だ。

 旦那こそ、そのお貴族本家の三男坊だが、あの人はその前に根っからの戦士でもある。どうやらその血を見込まれて、幼い頃から戦場に立ってきたらしい。だから立ち居振る舞いを見ているとお貴族サマだなと思う時もあるが、それでも旦那は獣の戦士だ。俺と同じ、闘いに闘いを重ねてきた人種。

 でもあの女は違う。あの女からはそういう臭いがしない。あの女はたぶん、こういう店の、こういう部屋で、着せ替えごっこに興じていたのだと思う。――たぶん。

(…………)

 何だか無性にイラついてきて、俺は気を紛らわせるため窓の外に目を向けることにした。そして綺麗に二度見をした。いやそりゃもう、本当に綺麗な二度見をした。

(え? ――え!?)

 ついさっきまで俺の頭の中をグルグルと掻き回していたクソ女、が、窓の下を通り過ぎて行く。通り過ぎて行く頭が見える。

 俺は思わずガラスに齧りついていた。

 ニアミスぐらいなら珍しいが有り得るだろう。広いようで狭い街だ。ライブラの誰かと偶然に行き交うことや、出くわすことだって、今までにも何度かあった。

 でも俺が眼を疑ったのはそこじゃない。通り過ぎて行くクソ女じゃなくて、クソ女を挟むようにして両サイドを押さえている、野郎共の人相の方に、俺は驚いてしまったのだ。

「はあ!? あいつら、何で――」

 おい、と怒鳴って窓を叩くが、もちろんクソ女は気づかない。気づかないどころかもう完全に通り過ぎている。

 舌打ちをして俺は窓から取って返した。部屋を飛び出す間際、ぽかんとしているおっぱいちゃんの顔が目に入ったような気もしたが、構っちゃいられねえ。ついでにお洋服を何点か踏んづけてしまったような気もしましたが、か、構っちゃいられねえ(震え声)

「ライト!」

 全速力で店内を抜けて通りにまで出たが、人波の中に見知った顔は見当たらなかった。右を見ても左を見ても、通りの向こうまで首を伸ばしても見当たらない。

「ああああっ!! クソ!!」

 何してんだあいつは。何してんだあいつは!

 今すぐ肩を掴んでガクガク揺さぶって怒鳴りつけてやりたい、が、肝心の本人を見つけられない。

「なにへらへら笑いながらついてってんだよあのバカは!!」

 あいつらはこの辺り一帯を縄張りにしているチンピラの端くれだ。それはいい。別にいい。けどあいつらはああやって気まぐれに、抜けてそうな女をだまくらかしては、路地裏にまで連れ込んで好き放題にシている連中なのだ。

「――――ッ!!」

 瞬間的に浮かんだ嫌な想像に、血液が逆流するかと思った。ブチ切れたい衝動を堪えながら、俺は血法を使って近くの街灯に飛び乗った。ギャラリーが何か騒いでやがるが気にしてられねえ。俺は素早く通りを見回した。





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