01:Leonardo




「クラウスさんの妹さん!?」

 そ。と何でもないことのように肯定するスティーブンさんの左手にはマグカップ、右手にはタブレット型コンピュータ。両眼はタブレットに注がれていて、ソファに集められた僕たちのことなんてガン無視だ。

(緊急招集だからすっ飛んできたっつーのに)

 慌てて駆けつけた秘密結社ライブラの本部には、既にザップさんとチェインさんがスタンバイしていて、雁首揃えてビリケツの僕のことを待っていた。ライブラのリーダーであるクラウスさん、招集をかけた本人であるスティーブンさん、そしてクラウスさんの専属執事であるギルベルトさんの面々は言わずもがな。K・Kさんは別口の仕事があるとかないとかで、この集会には不参加だ。

 ――街の名前はヘルサレムズ・ロット。

 元紐育。

 一夜にして崩落・再構成され異次元の租界となったこの都市は今ビヨンドを臨む境界点の(中略)記録である。

(にしても)

 招集の内容はともかくとしても、クラウスさんの妹さんである。

 ところで肝心のクラウスさんはといえば、指定席であるパソコンの前で立ったり座ったり、果ては趣味のガーデニングの様子を見に行ったりと、落ち着きのないこと甚だしい。

 そんな、クラウスさんの妹さんである。

(……やっぱ、でかいのかな)

 雲をも貫く高身長、鍛え抜かれた分厚い肉体、逞しい背中、牙の如く突き出た犬歯――の、女版。

(……………………)

「少年。君いま失礼な想像をしているだろう」
「え!?」

 クラウスさんから慌てて目を逸らす。いつの間にかタブレットを置いていたスティーブンさんが、外面だけで見れば極上のスマイルで、ソファに座る僕を見下ろしていた。

「ないっすナイっす! 全然ないっす!」

 ぶんぶんと首を振る僕の嘘を見抜いたうえで、スティーブンさんは朗らかに笑った。

「妄想を裏切るようで悪いけど。所謂“妹分”なだけで、正確には親戚の子で分家の子だから。血の繋がりは非常に薄いよ。タッパもガタイも極平均。似てるのは髪の色ぐらいかな」
「…………。それ、誤解されんのわかってて言いましたよね……」

 降参するように挙げていた両手をだらりと落として項垂れる。クラウスさんの妹さん、なんて誤解が生まれるのを前提とした悪意のある略し方だ。おかげで働かせなくてもいい妄想を存分に働かせるハメになった。

 まぁでも良かった。結果としては良かった。あの妄想が妄想で済んでホッとしたのは、他ならぬ創造主であるこの僕だったりする。だってアレはクラウスさんの女版というよりは限りなく女装版に近い出来だったから。筋骨隆々のクラウスさんの女装版。う、思い出しただけでもちょっと寒気が。

「ははん」

 ソファにふんぞり返っていたザップ先輩がしたり顔で頷く。

「だァから旦那が朝からソワソワウロウロしてんだな〜」

 見ると、クラウスさんはまだ部屋の中を右に左に歩き回っていた。そんな忙しないクラウスさんを見守るギルベルトさんは、包帯ぐる巻きながらも嬉しそうにニコニコとしていて、僕の心もほっこりとする。そうか、そういうことか。そういう浮つきと心許なさなら、僕にもとても、すごく、よく分かる。

「それにしても急っすよね。今日の今日なんて」

 緊急招集でメンバーを集めなければいけない程に急な来HL。僕らにとっては寝耳に水だが、それはスティーブンさんにとってもそうだったらしい。

 マグの中身を啜りながら、スティーブンさんは肩を竦める。

「だな。一気に数週ずれ込んだ。まぁアチラさんにも事情があるんだろう」
「けど、どうしてHLに?」

 一人用のソファに座っているチェインさんが、マグで両手を温めながら首を傾げる。

 うん、と頷いてスティーブンさんは腕を組んだ。

「流派は僕たちとも異なるが、実は彼女も遣い手の1人なんだ。それで、修行と見聞と社会勉強」

 ほう、と三人分の相槌が期せずして重なる。

 クラウスさんはブレングリート流血闘術、スティーブンさんはエスメラルダ式血凍道、口調からしてザップさんの斗流血法ともまた異なる流派を汲んでいるのだろう。まあそれぐらいの能力がなければ、こんなハチャメチャな街では呑気に道も歩けない。

「歳はレオと同じくらいかな。仲良くしてあげてくれ」
「あ、はい。それはもちろん」

 スティーブンさんが僕を見る。マグカップ越しに注がれたその穏和な視線に、頷きながらも疑問を覚えた。

「つか、もしかしてスティーブンさんもその子と知り合いなんですか?」

 スティーブンさんはちょっと目を丸くしてから、すぐに柔らかく破顔した。

「ああ、クラウスを通じてね、何度か。だから僕にとっても妹分のようなものなんだけど――」

 残りを飲み干したスティーブンさんが、手近のデスクにマグを置く。

「それでも、彼女はラインヘルツ家に連なる者だ。分家とはいえ、爵位も有している正真正銘のお嬢様。だからザップ」

 急に矛先を向けられたザップさんはといえば、耳クソをほじるのに集中していて反応が遅れたようだった。お向かいのチェインさんが凄まじい渋面をつくっている。まあ確かに、人前で耳垢掃除をする人間はどうかと思う。

 そんなザップさんを意に介した様子もなく、スティーブンさんは笑顔の度合いを一気に深めた。

「くれぐれも、粗相のないようにな?」
「……ええ?」

 ザップさんが半笑いで耳に突っ込んでいた指を抜く。

「なんスかなんスかスターフェイズさぁ〜ん。何で俺にだけ釘刺すんスか〜。いくら俺でも職場の女に手は」
「ザップ」
「え? はい」
「粗相のないようにな?」
「…………」
「返事は?」
「…………あい」

 笑顔のゴリ押し勝負に出たスティーブンさんに勝てる野郎なんているワケがない。がくりと項垂れたザップさんは「まだ何にもしてないのに」と顔を覆ってシクシク泣いてみせているけれど、同情は寄せられない。この人は日頃の行いがアレすぎるのだ。妹的存在の女の子の操のためには、スティーブンさんだって釘を刺しておきたくなるだろう。いやさすがのザップさんもそこまで脳ミソ腐ってないとは思うけど、この人は日頃の行いが(略)。

(それにしても)

 クラウスさんが落ち着きを失くす程に、スティーブンさんが防衛線を築いておく程に、大事にされている様子の“妹分”さんとは。

(どんな子なんだろう)

 正真正銘のお嬢様、から連想される諸々を頭の中で思い描いていた僕は、程なくして色々な意味でショックを受けることになるのだった。が、この時の僕はそれをまだ知らない。





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