08:Zapp




 BBを密封する術を持つ旦那がいて、密封に必要な諱名を読み取れるレオがいれば、余程のことがない限り悪い方向には転がらねえ。加えて今回の相手は長老級のバケモンじゃなかった。だから戦場になったビルがぶっ壊れても、そのぶっ壊れた煽りを食らって隣近所の建物までがドミノ倒しよろしくぶっ壊れても、最大最悪の脅威であるところのBB自体は密封できたんだから、オールOK、問題ナッシングだ。

 まぁ周辺一帯が焼け野原なこの惨状はヒデーと思わなくもないが。俺たちだって焼きたくて焼いたわけじゃない。仕方ない。

 そんなわけで、大通りはすっかり見晴らしが良くなっちまった。それでも三百六十度眺め回せるわけじゃない。あっちこっちにボコボコと突き出たガレキの山が見通しを阻んでいる。たぶんその下には買い物に来ていて巻き込まれた住民や、野次馬に来ていて巻き込まれた住民や、あとはまぁ何か巻き込まれた住民なんかが埋まってるんだろう。

 それらを救出するために、さっきから救急隊やHLPDが走り回ってる。その中には家族や友人を探す一般人の姿もあった。そして家族や友人を探すフリで一般人に紛れ込んでいるライブラ構成員たちの姿もある。

 本来なら俺らはさっさとトンズラこかなきゃならねえ立場だ。特にHLPDのヤツらと顔を合わせるハメになるのは何かとマズイ。けどそれを押してまで現場に齧りついている理由は簡単だ。

 探しているのだ、人を。

「つっても見つからねーんじゃ意味ねえだろ!」

 腹いせに近くのガレキを血法で両断する。出てきたのは頭が割れた人間の死体だった。同情はするが、探してるのはこいつじゃねえ。

 病院送りになったレオを除いて(運悪く頭にガレキがヒットしたのだ、だせえ)、手の空いてるヤツは総出で現場を浚っちゃいるが、なにしろ俺らとBBが暴れ回ったせいでどこもかしこもメチャクチャで、手がつけられない有り様なのだ。

 それでも旦那と番頭はあっちこっちを駆けずり回ってるし、姐さんとギルベルトさんは既に救急隊に搬送されたケースを想定してそっちを当たってるし――あとは誰がいる、犬女か、あいつは知らん。

 俺もビルの中(正確には元ビルだった所)を手始めに、ガレキを退かしたり死体を蹴っ飛ばして退かしたり名前を呼んでみたりと、あっちこっちを走り回ったつもりだ。もちろん番頭に言われてた通り、戦闘中も救出を頭の端に置いてはいたが、いくら長老級じゃないとはいえ余所見をすれば自分が殺られる。それは旦那ですら同じだったはずだ。

 だから俺らは最大最悪の脅威を片付けてから、人探しに専念してるわけなのだが…。

 こうも見つからないとなると腹が立ってきた。皮膚の下で不安定にざわざわしていた血液が、次第に怒りのふつふつに変わっていく。元ビルの中は虱潰しに探した。ビルの周辺も念を入れて探した。それでも死体の一個も出てこねえって、あのクソ女は一体どこまで吹き飛ばされてやがんだ!

 死んではいない、と番頭は言っていた。

 現場に到着するまでの間、旦那と番頭が一番恐れていたことは買い物客たちの大量の「転化」だったという。ひとりひとりに力はなくても、数が増えればそれだけ戦いの邪魔になるし、何より二次被害の可能性が跳ね上がる。理性の消えたグールは、ライブラであろうとただの住民であろうと、見境なく襲いまくるのだ。

 だが、現場に着いた旦那たちを大量のグールが出迎えることはなかった。グールの数は最小限に留められており、尚且つ肝心のBBは何か魔術的なものに足止めを食らっている最中だったのだ。

 だから、死んではいないはずだ、と番頭は言うのだ。少なくとも俺たちの到着は見届けたはずだ、と。

 そう言われてみれば、俺たちがBBに対面したと同時、BBを縛っていた魔術的な何かは消滅した。

 そして、買い物客の転化を防いだのもアイツだと番頭は言う。元ビル内に転がっていた死体の血液が、結晶のように凝固しているのを見て、間違いないと言っていた。

 どういう仕組みなのかさっぱりわからん。いやそんなことはどうでもいい。生きてるなら生きてる、死んでるなら死んでるでハッキリ返事をしろ!

「アアアアア!!」

 頭から足まで粉塵まみれだ。おまけに叫んだせいで口にまで入り込んできた。まずい、汚い、風呂入りてえ。

「さっさか出てこいやクソアマァ!!」

 吹っ飛ぶなら吹っ飛ぶ、気絶するなら気絶するで、わかりやすくビーコンめいた光でも点滅信号させておけ! 俺様の手をこんなにも煩わせやがって! 見つけたらマジで犯すぞあの女!

 イライラが最高MAXにまで上がっていた俺はその勢いのまま地面を蹴った。割れたアスファルトから顔を出した土や砂が舞い上がる。その拍子にどうやら俺は小石でも蹴飛ばしてしまったらしい。少し先の方で何かと何かのぶつかるカンという音がしたからだ。そして音の発生源であるガレキの山が、内側から赤く光りだした。

(…………)

 ガレキとガレキの隙間から漏れている光は、点滅信号のようにゆっくりと赤く瞬いている。俺はちょっとだけ対処に迷った。そんな俺の前を救急隊の人間が慌ただしく横切って行く。

 そいつの後ろ姿を何となく見送ってから、俺はガレキに目を戻した。赤い光は弱々しく消えようとしている。

(…………)

 え? マジで?

 いやそりゃ確かにビーコン出せやとは言ったけどよ。

 そうこうしている内に赤い光は完全に沈黙してしまった。俺はとりあえず目をこする。

 え? マジなの? マジなやつなの?

 もう一回衝撃を与えてみるのもアリかと思ったが、まぁそんなまどろっこしいことをするより、ガレキを取っ払った方が何倍も早い。半信半疑ながらも俺は血法でガレキを切断し、そいつを足で蹴飛ばした。

 その衝撃に反応したのか、さっき見たのと同じ光が、今度はダイレクトに目に飛び込んできた。よく見るとそれは呪文めいた綴りが蠢く膜のようなもので、光はその膜から発されてるみたいだった。

 唖然とする俺の前で、ガレキという重石から解放された赤い膜は、ようやく自由になったと言わんばかりの潔さであっさりと消えていきやがった。後にはただ、人間の女がひとり残されていた。膜に守られていた女は仰向けに引っ繰り返っている。

 ライト。

 全身の血液が沸騰したみたいになった。慌てて抱き起こそうとして、寸でのところで思い留まる。慎重に首筋に触れる。脈はある。鼻の辺りに手をかざす。呼吸もある。

 感情が、どっと一気に押し寄せてきた。脚に力の入らなくなった俺は、その場にへなへなと座り込む。

(生きてる)

 顔や腕には傷や汚れが見えたけど、どれも深くはない。軽傷だ。服が砂や粉塵にまみれているのは、ここにいる誰もが同じだ。心配することじゃない。

 ただ仰け反るようにして倒れている女の表情が、どこか苦し気で、それが気になった。気を失っているのはわかる。ただ気を失っていても、顰められたままの眉が、痛みを堪えるような表情が、気にかかったのだ。

 なんだかぼうっとしてしまい、しばらく女を眺めていた。

 女の片手は握り込むように丸まっていて、その指の隙間からは黒いストラップのようなものが見えた。辿っていくと、一眼レフに行き着いた。一眼レフのネックストラップを、こいつは握り締めていたのだ。けどこいつの使ってるカメラってもっと小せえタイプのヤツじゃなかったか? とぼんやり思って、それからそんなことを考えている場合じゃないことにようやく気がついた。

(そうだ。誰か)

 目の前を通り過ぎて行った救急隊員は、もちろんもう影も形もない。FDHLの文字が躍る制服を探すが、近くには見当たらなかった。撤去か救出か、とにかく何かの作業中らしいポリスーツ部隊と、落とし物を探すようにうろうろしているビヨンドがいるきりだ。

 と思っていたら上から旦那が降ってきた。どっかの建物にでも上って周囲を見渡していたのかもしれない。恐らくはそこから直に飛び降りたのだろう。結構ド派手な音と一緒に着地したもんだから、作業中のポリスーツ部隊がビビッて引っ繰り返ってやがる。だせえ。じゃなくて何で悪目立ちしてんだあの人は。

 けど今に限ってはナイスタイミングだ。何せ旦那がそうまでして必死こいて探している人物は、俺の前にいるのだから。俺は旦那に見えるよう右手を挙げた。

「旦那!」

 その瞬間、物凄い力で左手を引っ張られた俺は、正直言ってかなりびっくりしてしまった。ギャッとか叫んでしまったかもしれない。

 見ると、気絶しているとばかり思っていたライトが、薄目を開けて俺を見ていた。薄く目を開けているというよりは、辛くてそれ以上は目を開けられない、といった顔だった。その顔で、女は微かに首を振った。首を振って、もう一度、俺の左手を引っ張った。それが最後の力だったとでもいうように、女の手は俺から離れた。

「ザップ!」

 俺に気づいた旦那が駆け寄って来る。俺は反射的に、女の顔を手で塞いでいた。眼の辺りを、蓋するように。

 辿り着いた旦那が、仰向けに寝転がっている女を見て、大きく安堵の息を吐いた。あんたはこいつの父ちゃんか、と突っ込みたくなるほどに、それは感極まった安堵だった。そうしてオーダーメイドの服が汚れるのも構わず、地面に膝を突こうとするもんだから、俺は慌ててそんな旦那に待ったをかけた。

「いいって旦那。俺が運ぶから」

 旦那は眼をぱちくりとさせる。

「しかし」
「今確認したけど、脈も呼吸も正常。熱もなし。あとは救急隊に任せるだけだろ? それぐらいなら俺がやっておくから。旦那はまだ色々と後始末残ってんじゃねえの?」

 ふむ、と目を伏せてから、旦那は頷いた。

「ならばザップ、すまないがよろしく頼む」
「あいよ」

 旦那は最後にもう一度女を見てから、携帯を引っ張り出してどこかに電話をかけ始めた。大方番頭辺りに連絡を入れて、こいつが見つかったことを知らせるつもりなのだろう。その後は番頭と一緒に事後処理だ。

 おエライさんは大変だねえ、と旦那の背中を見送っていると、ぺしりと片手を払われる感触があった。クソ女だ。蓋していた俺の手を払いのけた女は、何か言いたげに目を細めている。

 俺は黙って鼻を鳴らした。女の体の下に手を突っ込んで、問答無用で持ち上げる。

「ウッワおっも。腕折れるわ」
「…………」

 反論できないほどの事実なのか、そもそも反論する気力もないのか。暴れられる覚悟もしていたのだが、予想に反してそれもなかった。女はされるがまま、くたりと俺に体を預けている。

「…………」

 そう大人しくされるとこっちまで調子が狂ってくる。女の手から落ちそうになったカメラを拾い上げて、肩にかけた。

 とりあえずガレキを踏み越え踏んづけ、救急車両の停まっている一群に向かってずんずんと突き進んで行く。見たところ外傷はないようだが、レオみてえに頭をぶつけてる可能性もある。病院に運び込んでおくのがベストだろう。

「やだ」

 そう思ってこの俺様がわざわざ親切に運搬係になんて身分に甘んじてやっているというのに! 言うに事欠いてこのクソ女はFDHLを拒否しやがった。

「大丈夫、だから、下ろして」

 どう贔屓目に見てもとても大丈夫じゃなさそうな、蚊の鳴くような小せえ声で女は言った。下ろせと言うように俺の胸を押すが、その手の平もひどく弱々しい。

 なんだか無性に腹が立ってきた。こうなったら暴れられても泣かれても、絶対に離してやるもんか。

 ザップさん、と胸の辺りから上がるか細い声と抵抗を無視して、俺はFDHLを素通りし愛車のランブレッタにまで歩み寄った。





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