05:Leonardo




「デフコン?」

 驚いてその言葉を繰り返す。デフコン、警戒態勢。つまりは警戒に値する「ナニカ」が、僕らの近くにいるということだ。

 一応ね、と言ってスティーブンさんは苦笑する。けどその隣にいるクラウスさんから放出されている熱気は、「一応ね」どころの話ではなかった。今にもBB辺りが出現しそうな雰囲気だ。

「確たる情報ではあるんだ。数日以内に強大な敵が出現する。ただし日取りも場所も読めないうえ、“敵”が具体的に何を指すのかもわからない」

 邪神かもしれないし、魔神かもしれないし、上位存在の何かかもしれないし――あるいは血界の眷属かもしれない。

「だが数日以内に何かが起こるのは確実なんだ。そのためにレベル4の警戒態勢を各員に布いておく。……一応ね」

 そう言ってスティーブンさんはまた苦笑を浮かべた。

 クラウスさんとスティーブンさん。ライブラの「顔」である二人が揃ってどこかに出かけていたかと思いきや、帰着した途端のデフコン宣言である。

「まぁレベル4だからね。緊急出動に常に備えておいてくれっていう、心積もりみたいなもんだと思ってくれたらいい。特別なことは必要ないよ。仕事もプライベートも通常通りにこなしてくれ。ただしGPSは切らないようにな」

 クラウスさんの顔には闘志が漲っているけれど、スティーブンさんはちょっとお疲れのようだった。執務室に残っているのが僕という野郎だけなのを良いことに、ネクタイを緩めてだるんとソファの背に沈み込んでいる。ライブラの副官的存在のスティーブさんがこうまで疲弊するなんて、一体どんな相手と対談し情報を入手してきたというのだろう。

「……それにしてはずいぶんアバウトな情報のような気もしますけど」

 言おうか言うまいか迷ったが、結局突っ込むことにした。だってそうじゃないか。数日以内に強大な敵が現れます。けど場所も日時も相手すらわかりませんって、出し惜しみにも程がある。占いだってもうちょっと範囲狭めてくれるぞ。今から一年以内に素敵な出会いが!とか。

 僕の質問に対して、スティーブンさんは喉を晒したままため息を吐き、クラウスさんは「むむ」と表情を険しくさせた。

 その反応に僕は慌ててフォローを入れる。

「や、いーんですけどね別に!? ただ日にち跨ぐデフコンってあんま経験ないんで、ちょおっと心配かなあって思っただけで!」
「不安ならばここに泊まるといい。すぐに部屋を設えよう」

 お茶を濁すための出まかせにも、クラウスさんは大真面目に答えてくれる。

「ここならば常に誰かが待機している。君の不安の軽減にも――ありがとう、ギルベルト」

 ナイスタイミングですギルベルトさん。包帯ぐる巻きのニコニコ笑顔で、できる執事は全員に紅茶を行き渡らせてくれた。

 とりあえず一服。適当な出まかせのせいで思わぬところに話題が飛んで行きそうになったが、これで一旦は落ち着くだろう。まさにお茶を濁すとはこの事だ。

 とか何とか思いながらギルベルトさんの淹れてくれた美味しい紅茶を堪能していると、急にクラウスさんがカップを置いた。

「ところでレオ、先程の話についてだが」
「いやいやいやいや」
「――スティーブン」

 ぶんぶんと首を振っていたら、タイミング良くスティーブンさんの携帯が鳴った。だら〜んをシャキッに切り替えて、スティーブンさんはすぐさま応答する。すごい変わり身だ。

 おかげでまた話が宙に浮いてくれた。この機を逃すまいと僕はすかさずテレビを点ける。

 チャンネルを回す間もなく、リポーターの切迫した声が飛び出してきた。

『速報ですッ! 現地と映像がつながっております!』

 映し出されたのはひとつのビルだった。地上から、そそり立つ建物を見上げている。その映像に、僕はひどい既視感を覚えていた。

「クラウス!」

 窓際で電話に出ていたスティーブンさんが、鋭い声色で振り返ってくる。

「ビンゴだ。××ビルに、ブラッドブリード。建物が床から抜けたらしい」
「うむ」

 頷くクラウスさんが落ち着いているのは、今まさに、その現場となっているビルの様子をニュース速報で見ているからだろう。傍目からでは変わりないが、スティーブンさんの情報が正しいのなら、倒壊も時間の問題だった。

「どうかしたのかね、レオ」

 現場に向かうためだろう、立ち上がったクラウスさんが尋ねてくる。そうだ、僕もクラウスさんたちに同行しなければならないのだ。それでも僕の眼はテレビ画面に釘づけで、ケツはソファに張りついたままだった。

 泣きそうだった。胃の奥からイロイロなものが迫り上がってきていた。僕は音がしそうなぎこちなさでクラウスさんを見た。クラウスさんの背後に控えている、ギルベルトさんと目が合う。包帯越しでもわかる蒼白さ。そうだ、ギルベルトさんはライトさんを車で送って行ったんだった。

「ライトさんが……いるんです」

 我ながら蚊の鳴くような、情けない声だった。もつれそうになる舌を動かして、僕は喘ぎ喘ぎ言葉を続ける。

「ライトさんが、今、あそこで、買い物を」





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