白き夜叉
>>土銀
※第369訓バレ
いかにも取調室、といった雰囲気のそこには、アルミ製のデスクとパイプ椅子。そして、そこに腰かける土方と、向かい合った銀時の姿があった。
「で、俺はいつになったら帰れるわけ?」
ふぁ、と大きく欠伸を零しながら言う銀時の両の手は手錠によって繋がれ、腰に巻かれたロープはデスクの脚へと結ばれていた。
気休め程度でしかないその拘束だが、銀時本人はどうでもいいらしく、その存在を全く気にしていないようだ。
「お前がしゃべりゃ、すぐに釈放してやらぁ」
紫煙を天井へと向けて吐き出しながら、土方は銀時へと視線を向ける。
常と変らぬ、生気の薄い瞳。これまではただ単にやる気がないだけなのだと思っていたそれだったが、今は少し違って見えた。
「お前ェが、白夜叉ってのは、」
先の身内―幕臣組織としての―での騒動において、この悪友とも呼べる男の発言によって今の状態はつくり出されている。
“攘夷志士 白夜叉”。その存在は、まるで伝説の如く語られているもの。
かの攘夷戦争。その後期において、その強さゆえに味方からも恐れられたというその存在は、しかし、終戦後にぱたりと消えた。
その名を語り、畏怖と武功の笠を被る者が幾ばくか居たようだが、彼らが凄惨な死を遂げていたことから、今となっては伝説だけが語られるようになった。
そのいわく付きとも、神格化されたとも言える“白夜叉”の名を、この目の前の真白な男は己を指して口にしたのだ。
「白夜叉ねぇ‥」
懐かしい者の名を呼ぶように紡がれたそれに、土方は眉根を寄せる。
土方とて“白夜叉”の伝説は幾度も耳にしていた。尾びれや背びれが付いた、ただの妄伝だと思っていたが、今、この男を目の前にするとその八割は事実なのではないかと思えてきた。
それほどに、この男―坂田銀時の強さを知っている。
しかし、何故か語られている伝説の“冷酷で残忍な白夜叉”の姿を、目の前の男に重ねることができずにいるのも、また事実だった。
「まぁ、うん。白夜叉かな」
余りにも簡単な肯定の言葉に、土方は少なからず悲しくなった。心のどこかで否定を望んでいた自分が居たことに気付き、自嘲と共に銜えていた煙草を灰皿へと押し付ける。
「‥何故、」
「ん?」
人を惹きつける光のような存在だと思っていた。同時に、そこにある影も感じていた。
うまく言葉に出来ないそれを、たった一言零すと、目の前の男はにへら、と笑った。
「ん〜、ほら、銀さんって流行に敏感だから」
ふざけた物言いは、触れてほしくないからだろう。けれども、土方とてここで引き下がるわけにはいかなかった。
それが、真選組の副長としてなのか、土方個人としてなのかはわからないが。
「ふざけんな」
少しトーンが低くなったそれが、冗談を拒むものだと気付き、銀時はこれまで見たこともないような淡い笑みを浮かべて小さな窓から覗く空を見上げた。
「護りたいもんが、あったんだよ。あの場所に」
何かを懐かしむようなその顔に、土方は置いて行かれるような感覚を覚えた。そんな感覚、馬鹿げていると思っても、それ以外に言い表すことが出来ない。
己の知らない銀時が、己の知らない過去を思って笑う様に酷く苛立つ。
「‥‥そいつぁ、」
一体誰のことなのか。
切なく、儚く、愛おしげに微笑む銀時は、あの空に誰を想っているのか。
姿の見えないその存在に、土方は憎悪にも似た嫉妬を感じた。銀時が幸せなら、と身を引けるような純粋な感情など持ち合わせてはいない。囲って、犯して、自分なしでは生きられないようにしてしまいたいほどの、苛烈な想い。
「土方くん」
銀時の視線の先を睨む様に見上げていた土方の眉間に、少し冷えた指が押し当てられる。
思わず視線を戻せば、困ったように笑う銀時の姿があった。
「そんな怖い顔すんなって」
ぐにぐにと眉間を揉み解す様に捏ねる手を掴まえて、思いっきり引き寄せる。体を繋いでいたロープが引かれ、デスクがガタンと大きな音を立てた。
「ちょ、なっ」
銀時の言葉を奪うように、その唇を奪う。吐息すら奪うほどに深いそれに、初めは抵抗した銀時もすぐに動きを止めた。
「ん‥、ふぅ、」
口内全てを犯す様な激しい口付け。流石に息が続かなくなった銀時が、土方の肩を押し返すと、名残惜しそうに離れていった。
土方は、紅く色付く銀時の唇を舐め、その体を強く抱きしめた。
「お前は、俺のモンだ」
耳元で囁かれたそれに、銀時は少し笑ってから、いいよ。と答えた。
END.
本誌うわああああ!!
土方目の前にした「白夜叉」発言に、テンションあがりまくってこんななりました。
あの後、事情聴取とかないかなーって。
2011.09.22
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