恋い焦がれる季節 03





 微妙に感じる気まずい雰囲気。何故こうなったのかは分からないが、この状況が良くも悪くもあるのは確かであろう。
 好きな奴と、しかも2人きりで酒を飲んでいる。
 本来ならば、浮かれて酒なども味わえないだろうに、しかし両者とも言葉も発せずに、酒を煽っていた。

「………」

 居酒屋の一角、彼らの周りだけ異様な沈黙が満ちている。目の前に出された料理は少し手を付けただけですでに冷めていて、土方が持ってきたマヨネーズも掛けられる事無く置かれているだけだ。

「あー‥、沖田くんはどうしたんだろうねぇ‥?」

 ついに耐えかねた銀時は、苦笑混じりにこの状況を作り出した張本人である青年の名を出した。
 数十分ほど前、沖田と約束した居酒屋の目の前で鉢合わせした銀時と土方は、互いに何かを察したのか頭を抱えたのだった。

「知らねぇよ、あいつの事なんざ」

 余計なことを、と沸々と湧き上がる怒りと呆れを深い息と共に吐き出す。
またもや生まれる沈黙を、2人はどうすることも出来なかった。ただひとつの方法を除いて。

「お開きにすっか?」

 その方法を先にとったのは、銀時だった。
 このまま2人で居ても、話の弾むような期待など持てないのなら、いっそ終らせてしまえばいい。それが、唯一で最良の方法。

「そう、だな‥」

 しかし、その提案をした銀時も、承諾の言葉を呟いた土方も表情は曇っている。気まずい雰囲気に耐えられないのと同時に、離れてしまうことも惜しいと思うのだ。それでも、体は自然と動き出し別れの出口へと向かう。
 ありがとうございましたー、と威勢のいい声に送られ、2人して寒空の下へと歩み出た。

「さっぶ!」

 自分の体を抱きしめるようにして寒さに耐える銀時の隣りで、土方は暗闇に白く浮かぶ息を見上げた。すぐに消えていくその白に、切なさに似た哀れみを感じる。
 きっと、彼の心の中の自分はこんな風にあっけなく消えていくのだ、と。

「じゃ、またね。多串くん」
「誰が“多串くん”だ」

 いつもと変わらないやり取りが行われ、どちらともなく背を向けた2人は逆の方向へと歩み出す。染みるような寒さに震え、土方はポケットから煙草を取り出し火を着ける。
紫煙を肺いっぱいに満たすと、知らず空を見上げ吐き出す。
 いつの間にか癖になっていたそれは、以前彼が煙草の煙に眉をしかめたのを見てからするようになったもの。その頃からだ、彼への気持ちを自覚し始めたのは。そんなことを思い出し、土方は煙草の火を見つめて目を細めた。

(あぁ、俺はこんなにもこいつが‥)

 一気に膨れ上がった気持ちは、ひとつの言葉によって簡単に弾けた。気がつけば、手にしていた煙草の火をもみ消して走り出していた。
 たったひとりの想い人のもとへ。



 冷たい風が肌を掠めては逃げ去っていく。空を覆う黒い闇が、彼の髪の色によく似ていると思った。
 いつからかだったかは覚えてはいないが、本当にいつからかこんなにも彼のひとつひとつが愛おしくて堪らなくなっていた。何をしていても、何を見ても、思い出すのは彼のことばかりで。

(あー‥、勿体ねぇ)

 彼との距離を縮めるチャンスだったかもしれない。だが、あの空間は好機というよりもその逆となり得るような気がした。それでも、やはりあんなに早く終わりにするのは勿体ないような気がする。出来るなら、もう少し。会話がなくとも、気まずくとも。

(もうちょっと、一緒に居たかった、かもしれない)

 言葉が生まれた瞬間、激しい衝動が体を突き動かす。膨れ上がる感情を白い息に変えながら、銀時は走り出した。
 今、会いたいと願う人のもとへ。





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