恋い焦がれる季節 01


>>土→←銀



 木々の葉の色が変わりはらはらと舞い始め、肌を撫ぜる風が冷たくなってきた頃。この家で唯一のまともな暖房器具であるコタツを巨大な犬とその飼い主であるチャイナ娘に占領され、主である銀時は客間兼リビングとして使われているその部屋で、ダラダラと過ごしていた。
 ソファに寝転ぶ彼の周りには、チョコ系を中心としたお菓子の空が散乱している。点けっ放しのテレビから聞こえる明るい女子アナの声は、しかし、銀時の耳には届いていない。ただ、ぼやりと木目の天井を見上げている。
 そんな空間に、ガララという戸を開ける音と共にここで働く少年の声が響いた。

「銀さん、散らかしすぎですよ!」

 出勤してきた新八は、あまりの部屋の汚さに呆れと怒気の含まれた溜め息を零した。ぶつぶつと文句を零しながら押し入れに仕舞ってある掃除機を取り出し、部屋の掃除を始める。テレビの音はかき消されて、まどろんでいた空気は一気に消え去った。

「食べた空くらいゴミ箱に捨ててくださいよ。誰が掃除すると思ってるんですか」

 次々とゴミを片していく手際は慣れたもので、新八の苦労を表している。しかし、この世話焼き――焼かざるを得ないとも言うが――な少年は、この日常になりつつある苦労に呆れを通り越して、諦めつつある。ブォ、と大きな音を立てて掃除機が起動するなか、銀時はもぞもぞと動きながらソファの上で丸まりだした。

「銀さん! 掃除の邪魔なんで、ちょっと出掛けてきて下さいよ」

 “頼み”というよりは“強制”に近い言葉に生返事を返しながら、銀時は柔らかなその銀髪を掻きながら戸口へと足を向ける。ダルイ、と表わすその背中に、新八は ついでに仕事も見つけてきて下さいねー、などと冗談とも取れない言葉と共に送り出した。

 ビュッ、と暴力的な北風が人々の肌を刺す。特に防寒していない銀時は、その風に身を震わせた。

(寒っ!)

 今更になって、マフラーなり何なり身に着けてくれば良かったと後悔した。歩けば温かくなるかと思ってもみたが、早々にそんな考えも捨てて、ちょうど目に入った茶屋に入る。いらっしゃいませー、と人好きのする挨拶と暖かな空気に安堵感を覚えながら、銀時は近くの座敷へと座り、注文を取りに来た店員に短くおしるこ、と告げた。

「しっかし、寒ぃなー」

 風でカタカタと鳴る窓から空を見上げ、そこに黒く短い髪をなびかせながら歩く彼の姿が重なった。きっと彼の人物は、こんな寒空の下でも何でもないような顔をしているのだろうと考え、苦笑を零す。風邪など引かなければいい、などと考えている自分がとても可笑しく思えた。
 すると、不意に視界の端に黒がよぎった。

「旦那、こんなとこで何してんでィ?」

 一瞬、違う人物を期待したが、聞こえた声は彼のそれよりも高いものだった。そのやる気のない声音の人物へと視線を向けると、そこにはやはり真撰組一番隊 隊長である沖田総悟の姿があった。

「沖田くんこそ、こんなことでどーしたの?」

 座敷の段差に腰掛け己を見つめる沖田に、一瞬とは言え違う人物を期待したことを悟られぬように問う。まぁ、返される言葉の予想はつくが。

「休憩中でさァ」

 あぁ、やはり。と呟きながら、無表情の中に笑みを滲ませる少年を見やる。淡い栗色の髪も幼さを残す顔も、どこも似ていないというのに、彼の纏う黒い隊服が彼の人を思い出させる。きっと今も真面目に見回りを続けているであろう彼、真撰組副長―土方十四郎を。ほんの小さな共通点ですら彼を連想させてしまう己に、銀時はまた苦笑を零して窓の外へと視線を巡らせた。
 丁度、窓を揺らす風が止み店の騒々しさが遠のくような静寂が生まれ始めたタイミングで、先ほど頼んだ汁粉を店員が持ってきた。二人の間の重苦しさすら感じ始めた空気に、餡子の甘ったるい香りが漂う。

「旦那ァ」

 どこか先より真剣みを帯びた声音に銀時は視線を窓から外し、いつの間にやら座敷に上がり対面の席に座る沖田を黙って見返した。その視線を返事と取り、沖田は言葉を続ける。

「旦那は、土方さんのどこがいいんでィ?」

 向けられた言葉は予想も出来ないもので、銀時は目を見開いた。
 目の前の彼が自分の想いを知っていることは分かっていた。否、むしろ自ら語ったのかもしれない。しかし、これまでの彼はそんな事を聞いてきたことはなかったし、協力することも妨害することもなく、ただ傍観するだけだった。それが今、こんなにも真っ直ぐな瞳で問われる。
 戸惑うように視線を外し、銀時は少々乱暴に頭を掻いた。

「そーね‥」

 しばらくの沈黙の後、銀時はぽつりと思いの丈を零した。幾らでも誤魔化せるのに、何故かそんな気分にはなれなかった。彼の真剣な眼差しがそうさせるのか、寒風にさらされたことで思考が鈍っているのか。ただたんに、何となくかもしれない。

「全部、とか?」

 冗談めいた風に返した言葉だが、今一度沖田に向けられた瞳が銀時の想いの強さを表わしている。どれほどまでに、彼が好きか。
 しかし、柔らかくも悲しい色をしたその赤の瞳は、次の言葉と共に冷め始めた汁粉へと移された。

「けどまぁ、あっちは俺なんて嫌いだろうけどねー」

 先よりも明るい声のトーンだが、その音はとても切なげで悲しいものだった。普段見せないその姿に、沖田は何かを思案するように視線を落とす。
 風が窓を叩く音がやけに大きく聞こえ、だが、他のざわめきは霞掛かったかのように感じられる。
 既に、冷めてしまって甘い香りの失せた汁粉にやっと銀時が手をつけた時、それまで押し黙っていた沖田が何やら思いついたという表情を見せて勢いよく顔を上げた。

「旦那、今晩飲みに行きやせんか?」

 あまりにも唐突な誘いに、流石の銀時も相手の意図を測りかねてしばらく悩む素振りを見せたが、ニヤリと微笑む沖田の、奢りやす。という言葉に、それなら。と頷いた。
 ほぼ一方的に場所や時間を決めると、沖田は現れた時と同じように座敷の段差に座り、靴を履きながら、また。と告げてひとり茶屋を後にした。残された銀時は困惑の表情を浮かべながらも、一度深く息を吐き椀の底に残っていた冷たくなった汁粉を一気に流し込んだ。






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