一生分の「さよなら」を贈る


>>土銀



 吸い慣れたいつもの煙草に、この意味のない行為の条件として火を点ける。肺へ吸い込んだそれが余りにも味気なく、まるでこの関係を物語っているようで嫌になる。
 犬猿の仲とも言える男と寝るようになったのは、だいぶ前から。誘ってきたのは奴の方で、けれど受け入れたのは自分だった。
 それから幾度も体を重ねたが、その度に募るのは虚しいこの感情だけだ。

「愛してるとか、そんなんいらねェ」

 情事後とは思えない殺伐とした雰囲気のなかで、背を向けて横になる銀時が呟いた。
 布団から覗く肌は白く、その首筋には己が付けた鬱血痕が浮かんでいる。

「何がだ」

 セックスをした後、銀時は絶対にこちらを見ない。目を合わせるどことか、顔を向けることすらない。

「ヤってる時、愛してるだのうるせんだよ。俺達ゃ、ただヤるだけだろ」
「・・気分だ。その方が盛り上がんだろ」

 逆に萎えるわ。と呟く銀時を横目に帰り支度を始める。こういう関係、所謂セフレになってから一度もともに朝を迎えたことなどない。
 行為が終わった後の銀時は、静かに俺を拒絶する。酷く後悔しているかのようなその姿を見るのが嫌で、逃げるようにその場を後にしていた。

「なぁ、土方ァ」

 気だるげに呼ばれたそれは、行為中は絶対に呼ばれない己の名前。
 興味本意で始めた関係ではあったが、いつの間にか、自分でも気付かないうちにこの男を本気で愛していた。
 そして、こいつが自分ではない誰かを求めていることを知った。

「これで、最後にしようぜ」

 別れを告げる言葉。否、終わりと言った方がいいか。
 いつかは来ると分かっていた言葉だったが、いざその瞬間になると胸が苦しい。

「てめぇから誘ってきたくせに、随分と勝手だな」

 努めて平静を装う。
 着終わった服の裾を直しながら、視線を彷徨わせる。今、銀時を見ることは出来ない。

「・・そうだな」

 この男は、どんな顔をしているのだろうか。知りたいと思いながらも、今振り返れば離れられなくなる。
 自分のモノにしたいと思っていた奴に、今ではこちらが捉われていた。

「別に誰でもよかったわけじゃねぇ。・・お前なら、もしかしたら好きになれんじゃねぇかと思ったんだ」

 感情の読めない声音で、淡々と呟く言葉に心臓を鷲掴みにされているかのように苦しくなる。
 その先は聞きたくない、と頭が警鐘を鳴らす。

「けど、結局・・思い知らされるだけだった」

 何を、だなんて聞けない。
 知っている。俺を通して見ている奴のところに、銀時の心はあるのだ。
 きっと、これから先もずっと。

「悪い、土方」
「謝んなよ!」

 声を荒げれば、自然と涙が零れた。女々しい自分に嫌気がさして、足早に部屋を出ようと歩を進める。

「俺は・・お前を本気で愛してた」

 いつかは、なんて馬鹿げた期待と、この無意味になった感情をその場に捨てていこうと吐き出した言葉。その言葉に静かに、ごめん。と返される。
 最低なこいつと、最低なそいつと、最低な自分に。一生分の「さよなら」を込めて、ドアと閉めた。



END.

まぁ、銀時が誰を思っているかは想像通りかと。
黒髪とか眼差しとか煙草を吸う仕草とかにどこぞの包帯を重ねてる、という。
最後の“そいつ”はそいつです。

2011.5.19


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