真撰組屯所、その副長室にて部屋の主である土方は短くなった煙草を灰皿にこすりつけた。イライラとしたその様子に、傍らで寝ころんでいた沖田はその瞳を覆っていた愛用のアイマスクを押し上げて起きあがる。

「どうしたんですかィ、土方さん。うるさくて眠れやしねぇや」

 わざとらしくため息をこぼしながら、沖田は部屋に満ちる煙草の煙に手をはためかせた。

「今は勤務中で、ここは俺の部屋だ。そんなに寝てぇなら、今すぐ息の根止めてやるよ」

 青筋を浮かべながら、土方は壁に立てかけていた刀に手を伸ばす。常に開いている瞳孔が、さらに開いてぎらり、と沖田を睨む。
 本気で抜刀しかねない土方に対して、沖田は特に気にした様子も見せずに、おぉ、怖っ。と肩を竦めて見せた。その反応に舌打ちをして、土方は刀を傍らへと置く。

「没収でさァ」

 何本目か知らない煙草を咥えて火を点けようとしていた土方の手から、沖田が素早くそれを取り上げる。

「返しやがれ」
「これ以上吸ったら、部屋が煙まみれになりまさァ。一応、屯所は禁煙ですぜィ」

 チッ、と先よりも大げさに舌打ちをし、土方は天井を見上げる。確かに、窓も開けていない部屋の中には煙が充満していて、空気が淀んでいた。

「で、そんなにイライラしてどうしたんですかィ?」

 障子を開けるべく立ち上がった土方を目で追いながら、沖田が問う。その声音は、先よりも真面目な色が見えた。
 すぱん、と勢いよく開けられた障子の外には今にも雨が降り出しそうな曇天が広がっている。

「・・てめぇには関係ねぇよ」
「つれないですねィ、土方さん」

 沖田特有の感情が見えてこない物言いに、土方は気にした風も見せずに再び資料が乱雑に積み重ねられた机の前へ腰を下ろす。
 体を支えるために手を付いたせいで、はらり、と数枚の資料がこぼれ落ちた。

「なんですかィ、こりゃ」

 手元に触れたそれをつまみ上げ、沖田はしげしげとそれを見つめる。報告書のようであるが、紙面の文字量が多い時点で沖田は読む気がないようだ。
 しかし、大量の文章のなかに沖田を含め、真撰組の面々が必死に探している人物の名前を見つけて紙を振っていた手を止める。

「・・桂、ですかィ?」

 “桂小太郎”
 「攘夷志士の暁」と呼ばれ、多くの攘夷志士を束ねる人物であり、真撰組との接触も他の攘夷志士よりも多い。にも関わらず、最後には捕らえることのできない存在。
 仕事をすることにはさして熱心にならない沖田が、目に見えて攻撃的になる存在だ。

「桂の居所がわかったんですかィ、土方さん」

 目に宿す好戦的な炎を増しながら、沖田は手にしていた資料を土方へと渡す。
散らかった資料を乱雑にまとめながらそれを受け取った土方は、あぁ。と短く肯定を返した。

「監察方が張り込んで、ようやく掴んだんだ」

 口外に、勝手に動くなよ。と念を押して、土方は煙草を咥えた。一瞬だけその仕草に眉をしかめた沖田だったが、土方が咥えたそれに火を点けようとしないのを見て、そのままにしておくことにした。

「今度こそ捕まえてやる」

 ギラギラと瞳を輝かせながら呟かれた土方の言葉に、沖田は楽しそうに笑みを返す。
 ぶわっ、と湿気を含んだ風が吹き込み、まとめたばかりの資料が殺気立った雰囲気のなか散らばる。舌打ちを零した土方は、資料をそのままに今度は障子を閉めるべく立ち上がった。

「土方副長っ!」

 土方が障子へと手を伸ばしたところで、やけに緊迫した表情で山崎が庭先へと転がり込むように駆けて来た。どれほど走ってきたのか、嘔吐くように咳き込んでいる。

「桂が!っ、桂が、」

 どうにか言葉になったのは、先まで話題になっていた人物。瞬間、沖田は己の刀と土方のそれを持ち、立ち上がる。
 ニィ、と笑った沖田とは対照的に、空は今にも泣きだしそうな雲に覆われていた。



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