ずっと求めていた姿は、けれど同時に最悪の瞬間を思い出させるもの。銀時にとって松陽の存在は己の魂と言ってもいいほどに大きなものだ。しかし、最大のトラウマでもあった。

『先生!松陽先生!!』

 何の力もない幼い自分は、その目の前で人生で始めて信頼し、愛した人を殺された。護るどころか、護られた。己の無力さを憎み、己を憎み、そして師を奪った全てを憎んだ。
 生まれ出でたときから優しさの欠片もなかった世界だったが、それでも銀時にとって松陽と出会い過ごした日々は幸せなものだった。そのことに気付かされたのは、失った後。
 与えられることに慣れていない銀時にとって多くのものを与えてくれた松陽は、彼の全てだった。

 目の前の水槽のなかで揺蕩う松陽の姿は、あの時と何ら変わらない。ただ、その左肩から右わき腹に掛けて、そして首に大きな縫合の痕があるだけだ。
 それは幼い銀時を庇い、自らの身を盾としたときのもの。

「な・・、んで」

 あの時、確かに松陽の最後を銀時は目の当たりにした。体が裂け、首が落ちるところを見た。
 松陽が、殺されるのを確かに見た。

「どうして・・、ここ、に・・」

 しかし、何よりも銀時を動揺させているのは彼の体が目の前にあることである。松陽が殺された後、屋敷と共に彼も燃えたはずだった。
 屋敷に放たれた火は冬の風により一気に燃え上がり、幼い銀時では松陽を運び出すことは出来なかった。せめて首だけでもと、無造作に転がされたそれに手を伸ばしたが、銀時が触れるより先に取り上げられてしまったのだ。
 
「松陽、先生・・」

 当時の記憶の混濁が激しい銀時は、師の首を持ち去った男の顔をはっきりと思い出せずにいた。ただ、その男の厭らしい嗤いだけが染み付いて今も離れずにいる。

「外せ」

 松陽に釘付けとなっている銀時の傍らで、興奮を抑えきれない声音で男が告げる。控えていた天人が銀時を拘束していた縄を外した。

「もっと近くで、ほれ、名を呼ぶのだ」
 
 縄が外されたことにしばらく気付かずに松陽を見続けていた銀時は、男の言葉にふらふらと、半ば這うように松陽へと近付いていく。
 伸ばした手が触れた水槽は生暖かく、無機質な硝子にも関わらず人の肌を感じさせた。

「天人の技術を持ってすれば、蘇生など容易い」

 人間に対するそれとは思えないほど簡単な口調で告げる男の言葉が、銀時の心へまるで一滴の墨を零したかのようにどす黒い闇を滲ませていく。
 朗々と己らの行いを語る男の声は、もはや銀時には届いていない。
 触れた硝子の熱が増していくのに対して、体の芯はどこまでも冷えていく感覚に銀時の手は静かに、しかし加減を知らずに握り締められる。爪が肉へ食い込み、緋の雫が床へと落ちた。

「せ、んせ・・っ」

 吐息とともに零れたそれを最後に、銀時の自我は焼き切れ、深淵へと落ちていった。



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