連夜の悪夢に、銀時の精神は磨り減っていた。
 酒を煽ろうとも、眠れば悪夢がやってくる。そして、鈍い頭痛と戦場の臭いを残していくのだ。その度に銀時は震える体を必死に抑えることしか出来ない。

「・・銀さん、大丈夫ですか?」

 机に肘をつき、額に手をあてて俯いていた銀時を新八が不安げに除き見た。
 虚ろな目で木目を見つめていた銀時がゆっくりと視線を上げると、そこには新八と同じように不安そうに見つめている神楽の姿があった。

「具合悪いアルか、銀ちゃん」

 自分を心配する二対の瞳に、銀時は体の力を抜いた。
 これまで生きてきたなかで己を心配する存在など数えるほどしか居なかった銀時にとって、それは未だに慣れないものだ。

「大丈夫だよ・・あんがとな」

 そう言って笑ってみせれば、不安な色を残しながらも2人は笑い返した。賢い子供たちは、銀時の言葉を信じる。否、信じることしか出来ないのだ。
 銀時が自分から話さない限り、彼らは無理に聞き出すことはしない。

「無理はしないで下さいね」
「辛くなったら、すぐ言うアル」

 新八も神楽も、銀時以上に強く優しい人間を知らない。その瞳に宿る魂は常に真っ直ぐで、濁ることがない。
 しかし、その瞳が時折揺らぐことがある。そんな時、決まって銀時は哀しげな表情を浮かべて空を見上げるのだ。
 その姿は容易に触れられるものではなく、むしろ触ってしまうと壊れてしまいそうな危うさを持っていた。

 銀時の過去が、自分たちが想像も出来ないほど過酷であったことは、体中の傷を見れば分かる。
 出会ってからも数多くの傷を負ってきた彼だが、その体には見るからに生命ぎりぎりの傷跡が多く存在していた。その一つ一つが銀時の過去であり、彼の背負っているものだ。
 そしてそれらは、銀時の強さと儚さの根源。魂の芯となっているのだろう。だからこそ、2人は彼が話さない限り聞こうとはしない。
 けれど、今一緒に居るのは自分たちであり、今の彼を少しでも支えたいと思っている。彼の傍に居るにはまだ非力であるが、それでも彼を一人にしないように強くあろうとしていた。
 家族のような、仲間のような。強い絆が銀時と新八、神楽の間に結び繋がっている。

 ずきり、と脈打った頭痛に、銀時は2人に気付かれないよう眉をしかめた。
 瞬きのたびに、戦場の光景がよぎる。灰色に色褪せたなかで、血の紅だけが鮮明に映し出される。

(マタ、抱エ込ムノカ?)

 幾重にも重なった声が、頭の中に響く。憎々しく、殺意の込められた声。

(オ前ハ、何モ護レナイ)
(ナノニ、マタソレヲ抱エ込ムノカ?)

 震えだす手を握ると、無いはずの刀の感触がした。

(オ前ニ護レルモノナド、有リハシハシナイ)

 頬に伝う汗が冷たく感じられ、銀時は唇を噛んだ。
 戦場へ引き込まれるのを必死に堪え、絡みつく声を振り払うように頭を振りながら立ち上がる。

「銀さん?」

 急に立ち上がり、玄関へと向かう銀時を新八が困惑した声音で呼ぶ。
 先にも増して顔色の悪い銀時に駆け寄りたいが、それを拒む雰囲気に動けずに居る。それは神楽も同じなようで、ただ黙って銀時を見つめることしか出来ない。

「悪ぃ、ちょっくら出てくるわ」

 足早に出て行く銀時の背を、2人は心配そうに見つめていた。銀時はその視線に気付きながらも、沸き起こる戦場の気配を抑えるのに必死で、そのまま出て行くことしか出来なかった。



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