松陽の眠る病室の扉を静かに閉めたところで、桂は向けられている視線に気付いた。無感情なその視線を追うと、そこには私服姿の沖田の姿があった。
 互いに視線を交わらせながらも、沈黙がその場に満ちる。病院にしては静かすぎる廊下には、遠くの喧騒が微かに伝わるだけだ。
 先に動いたのは桂だった。沖田の立つ場所、正確には銀時の病室へと歩を進める。

「‥あいつらには、」

 桂が沖田の隣を通り過ぎようとしたとき、沈黙が破られた。常の感情が窺えない声音ではなく、少しだけ不安の滲むそれに桂は歩みを止めた。
 一歩の間を空けて、二人は背中越しに立つ。

「俺が、話す」
「ガキ相手にかィ?」

 本来であれば、背を向ければ斬り合う関係。しかし今、両者とも見ている先は同じ。
 唯一無二の銀色。

「あの子らは、銀時にとって再び手にした光だ。‥銀時には、彼らが必要だ」

 はっきりとした声音に、沖田は振り返る。初めて間近に見た桂の凛と伸びたその背に、迷いはなかった。

「あいつらが受け入れる保障も、‥旦那が戻る保障もねぇ」

 振り返ることのない背に沖田は低く告げる。しかし、そこに先の不安はなく、分かりきっている応えへの確証だ。

「銀時は、弱くない」

 沖田の視線を感じながらも桂は振り返ることなく返す。先よりもはっきりと、強く。
 いつだって彼は逃げたりしない。己の武士道から目を背けたりしない。ならば自分も 逃げることなく、目を背けることなく歩むだけだ。
 桂は迷いなく再び一歩を踏み出した。

 廊下を進んでいくと、銀時の病室の前に四つの人影が見えた。その内の小さな二つが、桂の姿を見つけて駆け出した。

「桂さん! 銀さんは!?」
「銀ちゃんは何処ネ!」

 駆け寄ってきた小さな、けれど大きな二つの光 ―新八と神楽を見つめ、桂は微かに目を細める。
 真っ直ぐに見上げてくる二人の後ろには、顔を歪める近藤と無表情の土方が後を追ってきていた。

 当初、近藤は銀時の今の状態を二人に話すつもりはなかった。嘘でも何でも、彼らには隠していたかった。それがエゴであっても。
 しかし、それを拒んだのは桂だった。

『俺だけでは、どうにも出来ん‥』

 苦し気に告げられた言葉に、近藤は頷くしかなかった。近藤とて、今の銀時を戻す術など知り得ないのだ。
 もしかしたら、これから先。と最悪の状態も考えなければならない。そうなると、彼の家族とも言える新八と神楽にいつまでも黙っていることは出来ない。

『二人を、連れてきてくれ』

 桂にとっても、あれほどまでに衰弱し、危うい銀時を見るのは幼い頃以来だ。あの頃は、未成熟な幼さもあって銀時に光を戻すことが出来た。
 しかし、今の銀時にとっての光はこの子供たちであり、彼らの存在が必要なのだ。

「桂さん‥」

 何も言わずに見つめていた桂に、懸命に震えるのを堪えた新八の声音が届く。
 まだ幼い子供たち。銀時の大切な光。
 自分にとっても光となっている大切な存在。

「僕たち、銀さんと一緒に居たいんです」

 不安に揺れながらも強い二対の瞳。一度、目を閉じて息を吐いてから、桂は深く頷いた。



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