真白の空間を劈いた悲鳴に、桂は特に驚くこともなく立ち上がった。同時に、ガタガタと安っぽいパイプベッドが煩く鳴く。

「あぁぁあぁっ!やめ、せん、せっ!!」

 掛けられていた布団を滅茶苦茶に腕を振り回しながら押しのけ暴れる体は随分と細くなっていて、簡単に動きを押さえつけられた。
 誰よりも強くけれど誰よりも悲しい彼の泣き叫ぶ姿に、桂は苦し気に眉根を寄せた。

 桂が近藤らと会ってから数日、銀時は宿屋から病院へと身を移していた。
 あれ以来、銀時が目を覚ますことはほとんどなく、目を覚ましたとしても言葉にならない悲鳴をあげて暴れては、疲れてまた眠りに就くのを繰り返している。たまに正気のまま起きることもあるが、それも長くは続かずに暴れて眠る。
 松陽のこともあり、ずっと宿屋に置いておくわけにもいかないと思っていた桂に病室を用意したのは近藤だった。

『ここを使うのは基本的に‥、物取りの時に怪我をした攘夷志士だけだからな。安心してくれ』

 苦笑を洩らしながらもその瞳に偽りがないことを見て、桂は頷いた。

 銀時が再び眠りに就いたのを見届けてから、桂は松陽の病室へと来ていた。
 仮死状態とも言える松陽は、真っ白の空間の中で幾本ものコードに繋がれて横になっている。あの頃と変わらない姿。ただ、醜い縫合の跡が刻まれただけだ。

「先生‥、」

 出来ることなら一緒の部屋にしたかったが、松陽に必要な設備を揃えるにはどうしても一人部屋にしなければならなかった。それに、銀時が暴れた際、誤って松陽に何かあれば、それこそ銀時は二度と目覚めなくなってしまうかもしれない。

「お久し振りです、松陽先生」

 あんなにも大きく感じた体躯が、今は自分とさして変わらないように見える。けれど、その存在はあの頃と変わらず大きく、まだまだ自分はこの師に追いつくことすら出来ないと感じる。
 桂や銀時らにとって始まりの人である松陽。失ったと思っていた恩師に再び会えたことに喜びながらも、彼が受けた非道な仕打ちに怒りを覚える。

「‥‥、」

 強く握りしめた両手が色を失っていくのを感じながら、ゆっくりと息を吐き出す。
 何故もっと早くあの忌まわしい研究を突き止められなかったのか。何故もっと早く松陽を救い出せなかったのか。何故もっと早く銀時を救えなかったのか。
 後悔と怒りで吐き気がする。遅すぎる自分の行動を悔やんでも悔やみきれない。

「くそッ」

 行き場のない感情を押し込めるように吐き捨てて、強張っていた全身の力を抜く。一度目を閉じてから、真っ直ぐに松陽を見つめて深く礼をして扉へと歩を進めた。
 そろそろ、銀時の許へと彼らが近藤に連れられて来る時間だ。



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