少しずつ熱を孕みだした風が、銀時の頬を撫ぜる。松陽の許へ来た頃にあった傷は、その跡を残すことなく消えていた。

「銀時、」

 さらさらと揺れる草木の音よりも静かな声音が、縁側でぼんやりと庭を眺めていた銀時を呼んだ。
 自身の名をこんなにも穏やかに呼ぶ人物は一人しかいない。銀時は顔を綻ばせながら勢いよく振り返った。

「先生!」

 銀時の視線の先、そこには柔らかな笑みを浮かべた松陽の姿があった。
 着物の所々を土で汚した松陽は、持っていた包みを銀時に手渡しながらその隣へと腰を下ろした。

「何?」
「団子ですよ」

 首を傾げながら包みを見つめる銀時に笑みを向けながら、松陽は包みの紐を解いて見せた。
 中から出てきた数本の団子に、銀時は目を輝かせる。出逢った頃よりも豊かになった表情で、団子と松陽の顔を交互に見つめる。

「畑仕事のお礼に、って頂いたんです」

 今にも団子に手を伸ばしそうな銀時に、食べなさい、と告げながら自身も一本手に取った。
 松陽はこの屋敷で手習い事を教えながら、暇のある時は村の人に頼まれて様々な用事を引き受けていた。とくに見返りを求めていたわけではないそれだが、いつしか手伝いの報酬として物を貰うようになっていた。その大半が食べ物で、いつも食卓は充実している。

「美味しいですね、銀時」
「うん」

 口いっぱいに団子を頬張りながら、銀時は松陽を見上げて頷いた。その姿に笑みを深めながら松陽は既に食べ終わった串を、パキッ、と半分に折りながら立ち上がる。
 草履を履いて庭に降りる松陽を見つめながら、銀時もようやっと一本食べ終えた。

「先生?」

 庭の一角にしゃがんだ松陽の後を追って、銀時も庭へと降りる。その手には二本目の団子が握られている。
 隣に並んだその姿に苦笑を漏らしながらも、食べてはいないからいいか、とそのままにした。

「ご覧なさい、銀時」
「ん?」

 松陽が指さした先、そこには幾重の花弁を咲き誇らせる花々があった。
 紅、白色の花々が風に揺れる。甘く、けれど爽やかな香りが辺りを包む。

「良い、匂い」
「そうですね。銀時、この花はね――」

 いつの間にか立っていた松陽を見上げる。眩しい太陽の光が、師の笑顔を白い世界に隠す。
 余りにも眩しくて一度目を閉じて再び開いた時、白く眩い光が深紅に変わった。

「っ!?」

 轟々と燃え上がる炎が、松陽の体を飲み込む。
 そして、ごとりと音を立てて、銀時の足元に燃え盛る塊が落ちた。

「ひっ、」

 見下ろす先にあるのは、長い髪がほとんど燃え尽きた松陽の頭。
 見開かれた瞳が、真っ直ぐに銀時を見上げていた。

「先生っ!」

 燃え盛る松陽の首に手を伸ばそうとする。しかし、銀時の手が炎に触れるより前に視界が白んでいく。
 意識が沈下していくのか、浮上していくのか分からない。

「先生っ、先生ェェ!!」

 必死に呼びながら手を伸ばすが、その手が何かに触れることはなかった。
 次に見たのは炎でも松陽の首でもなく、少し黄ばんだ天井。そして、何も掴めずに空を彷徨う自分の手だった。



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