宿屋の一室へと通された近藤らを待っていたのは、部屋の中央に座る桂だった。 桂の後ろにある襖はぴったりと閉められているが、その向こうに人の気配が感じられて土方は眼光を強めた。 「まずは、こちらの申し出を受けたこと、感謝する」 彼らが気配に対して警戒していることを知っているであろうが、桂は敢えてそれには触れずに感謝の意を口にした。 訝し気な表情で桂を窺う土方と沖田を余所に、近藤は短く返事をして部屋へと足を踏み入れる。 「近藤さん、」 戸惑いはあるようだが、すでに警戒心を解いている近藤に対して、土方が止めるように声を掛ける。しかし、返ってきたのは真っ直ぐな近藤の視線だった。 「いつまでも突っ立ってるわけにはいかねぇだろ」 そう言って、近藤は桂の目の前へと座った。腰に差していた刀は、右側へと置かれる。 近藤のその行動に、土方は咎める様な視線を投げ掛けるが、それは当然のように無視されてしまった。 「トシ、総悟」 少し強めた口調で呼ばれれば、倣うしかない。土方と沖田は近藤を挟む様にして腰を下ろした。刀は、もちろん左側に。 三人が座ったのを見て、桂は視線を戸口のエリザベスへと移した。それを受けて、エリザベスは静かに障子を閉める。 部屋の中は一気に緊迫した空気に満ちた。 「で、一体、何の用があって手紙なんぞ残したんだ?」 だが、沈黙が訪れることなく、近藤が桂を真っ直ぐ見据えながら問うた。その視線に一度、目を伏せ息を吐いてから、桂も真っ直ぐに近藤を見る。 「‥今朝、地下のあの光景を、見たな」 「っ!?」 前置きなく告げられた言葉に反応したのは、近藤だけだった。 体をぴくり、と震わせた近藤に、土方と沖田は何のことやら分からずにただ視線を向ける。 「な、ぜ‥お前がそれを知っている」 困惑の色濃い声音は震えており、その瞳は険しいものになっている。その様子に、土方は傍らの刀へと手を伸ばした。 カチリ、と刀が鳴く音がやけに響いた。 「俺も、あの様を見た」 見た、という言葉に近藤の瞳は見開かれる。 桂の剣の腕は知っている。もしかして、と握った手に汗が滲む。 「あの場に、居た、のか?」 「全てが終わった後でな」 自分がやったものではない、という言葉に近藤は握る手の力を抜く。この状況で、この男が嘘を吐くとは、何故だか思えなかった。 「近藤さん‥一体、何の」 桂と近藤の間だけの会話に、戸惑いながら土方が割り入る。同様に、沖田も問うような視線を送っていた。 二人を交互に見て、近藤は完全に手を開いた。 「今朝、とっつぁんに呼ばれたろう。その時に行った所なんだが‥」 近藤は今朝に見た地獄絵図のような惨状を説明した。近藤のそれに、土方と沖田は驚愕に目を見開きながら桂へと向き直る。 手には刀を握ったままだ。 「てめぇが!?」 「言っただろう。俺が行ったのは全てが終わった後だった、と」 今にも抜刀しような土方の殺気走った瞳を受け流しながら、桂は息を吐いた。それは呆れと言うよりも、思い出したあの光景を消し去る様なものだった。 「何でてめぇは、そんな場所に行ったんでさァ」 桂を睨む土方を一瞥しながら、沖田は険しい口調で問うた。土方ほどあからさまではないにしろ、彼も殺気を纏って桂を見ている。 「それは―、」 沖田の視線すら受け流しながら桂が答えようとしようとした時、それまで閉じられていた奥の襖が小さな音を立てて開かれた。 全員の視線が一斉にそちらへと向けられる。そこに居たのは、顔の至る所に傷を残した銀時だった。 next, back |