豪奢な遊郭が並ぶ一角。大通りから逸れた場所に建つ宿屋を、土方は煙草のフィルターを噛みながら見上げた。
 もはや吸う気もないのか、煙のほとんどたっていないそれを咥えたまま隣りに立つ近藤へと視線を移す。

「ここですかィ、近藤さん」

 土方が視線を移したのと同時に、沖田も近藤を見上げていた。その瞳には困惑と共に、ギラギラとした闘気が見え隠れしている。

「あぁ、そうだ」

 桂から近藤へ向けられた手紙に書かれた場所。歓楽街から少し外れたその場所は煌びやかさと仄暗さが漂い、まるで戦場に立つような恐怖と高陽が沸き起こる。
 それぞれ私服へと転じているが、腰に帯びた刀は変わらず重さを主張していた。

「トシ、総悟。こっちから手を出すような真似はするなよ」
「わかってまさァ」

 各々の高陽を感じ取ったのか、近藤が釘を刺す様に告げる。それに対して、本当にわかっているのか怪しい響きを持って、沖田が応える。
 そのやり取りが捕り物の前を思わせて、土方はさらに高陽が増すのを感じた。
 じりじりと燃えていた煙草は、いつの間にかフィルター近くまで火が迫っていた。最後に一度吸い込んで、煙草を吐き捨てる。
 ふぅ、と吐き出した紫煙が、一瞬だけ目の前の宿屋を霞ませて消えていく。

「あ?」

 不意に宿屋の入り口から気配を感じたと思えば、目の前に間抜けなフォルムをした白が現れた。

「こいつァ、」

 気の抜ける様なそれは、間違いなく桂が常から共に行動しているものだった。
 一体、これが何なのか―自身の意思で動いているようだから、生物であることは確かであろうが―この状況になって初めて疑問に思う。
 危うくこの謎の生命体について考え込んでしまいそうになった彼らに対し、それ―エリザベスは一枚の紙を差し出した。

「何だ?」

 綺麗に折りたたまれたそれを広げる近藤の脇から内容を読もうと、土方と沖田が覗き込む。
 そこにあったのは、つい先程に見慣れた文字。

「エリザベスが案内をする。って、こいつの事か?」

 簡潔な文章を読み上げ、近藤は目の前のエリザベスへ視線を移した。
 近藤の問いのような独り言に、エリザベスは全身で頷いて見せる。そして、ついて来い、と書かれたプラカードを掲げて後ろを向いて歩きだした。
 その背を慌てて追いかけようと踏み出した三人だったが、不意に近藤が足を止める。それに釣られるように二人も止まれば、至極真面目な表情の彼が居た。

「いいか。こっちから手は出すなよ」

 再度の言葉。そこに、彼自身も今の状況に困惑していることが窺える。
 攘夷志士である桂が敵である真選組の自分たちに会いたいと言ってきた、その意味と待ち受ける未知の事態が現実味を帯びてくる。
 土方と沖田が静かに頷いたのを見て、近藤は今度こそ仕切りを跨ぎ、宿屋へと入っていった。



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